嫉妬2

  男である自分が、同じ男であるシンドバッドに抱かれることに嫌悪を感じているわけではない。
  どちらかというと、事の最中には快楽を追うことに必死で、余計なことを考える余裕などないというのが正直なところだ。
  男の熱を感じるのが好きだというわけではないが、シンドバッドの体臭も、吐息の熱さも、ジャーファルは気に入っている。
  抱かれた時に彼の体が自分の足の間にぴたりと収まり、律動を伝えてくるのがいい。男同士だというのに違和感なく抱き合うことができるのは不思議だったが、そのことに対して疑問を感じることはあっても否定しようとすることはなかった。
  なんだかんだと言いながらも自分は、シンドバッドのことが好きなのだ。
  嫉妬心を隠したいと思うほどに、彼の前では素っ気ない態度を取ろうとする天の邪鬼だということも、ジャーファル自身、よくわかっている。
  だけどみっともない自分を見られるのは嫌なのだ。いつもいつも、だらしのない彼を叱咤してきた自分だからこそ、こういった色恋絡みで弱みを見せたくないと思ってしまう。
  恋愛というのは格好をつけるような、そんなものではないと言ったのは、誰だっただろう。ドラコーンだったか、ヒナホホだったか……おそらくあの二人のうちのどちらかの言葉だったはずだ。自分は珍しく酔っていてあの時のことはほとんど覚えていないが、あの言葉だけはしっかりと覚えている。口にした当の本人にしてみればどうということのない言葉だろうが、ジャーファルの胸を抉るような鋭い言葉だったのだ、あれは。
  あの時のことを思い出すたびに胸にチリチリとした痛みのような、不快感のようなものをジャーファルは感じている。今もそうだ。ぎり、と唇を噛みしめ、気にくわない記憶を頭の隅のほうへと追いやる。
  自分の弱さを目の前に突きつけられたような感じがして、一度思い出すとそれがいつまでも尾を引いた。鬱屈した気持ちでいっぱいになって、シンドバッドを遠ざけようとしたこともある。
  それでもこうして一緒にいて、枕を共にする夜があるということは、やはり自分はこの男に惚れているのだろう。
  自身の気持ちを認められない天の邪鬼な自分に、果たして人を好きになる資格はあるのだろうか。シンドバッドの傍にいて、ずっと一緒にいたいと望むのは分不相応なことではないだろうか。
  苛立つ気持ちを誤魔化すように、ジャーファルはシンドバッドのものを深く体の奥へと導いた。ズブズブとめり込んでくる楔の太さと熱さに、背中が大きくしなる。だらしなく口を半開きにして、涎を垂らしながら嬌声を上げる自分を、シンドバッドはどう思っているのだろう。
「あ……あ、あぁ……っ」
  ずん、と腰の奥を穿ったシンドバッドのものを根本まで納めてしまうとジャーファルは、はあ、と大きく息をついた。
  すぐにシンドバットの腕がジャーファルの体を抱きしめてくる。
「大丈夫か?」
  尋ねる声は甘く、優しい。
「……女性のにおいがしてます」
  シンドバッドの耳たぶをかぷりと甘噛みしながら、ジャーファルは囁きを吹き込んだ。
「まさか」
  シンドバッドのことだから、女性と寝てもジャーファルに対して罪悪感など微塵も感じてはいない。逆もまたしかり、だ。誰と寝ようと、相手に対して自分が誠実さを欠いているとはこれっぽっちも思っていないらしい。大半の女性はそれでも納得しているようだ。女たちが醜い諍いをしているところを見たことがないということは、きっとそれだけシンドバッドの女性のあしらいかたがうまいのだろう。
  しかし自分は違う、とジャーファルは思う。自分は男だ。数多の女性たちと同じような感覚でシンドバッドを共有しようとは思わない。自分だけのものにしたいと思うし、でなければ彼のことを好きだという自分の気持ちをも認めたくない。
  シンドリアにいる間は自分のものだとジャーファルは思っているが、本音を言うなら、見も知らぬ女たちとシンドバッドを共有するのははっきり言ってお断りだ。
  それに……これはジャーファルには今ひとつ確信するに至らないのだが、男の愛人がシンドバッドにいるかもしれないと思うと、ゾッとする。
  たとえば、ジュダル。あの男とは因縁浅からぬ関係ではあるが、女性に手を出す合間を縫ってシンドバッドがあの男に手を出していないとは言い切れない。ジュダルのあの懐き方からしても、疑われても仕方がないだろう。
  そのうちに尻尾を捕まえてやると、ジャーファルはこっそりと心に誓うのだった。



「今回は違うぞ。誓って俺は潔白だ」
  ヤムライハが昼間、皆の前でシンドバッドの潔白を証明してみせてくれた。あれを信じないわけにはいかないが、それでもまだ、ジャーファルの胸の内はざわめいている。
  何しろ煌帝国を訪れていたシンドバッドの傍には、きっとジュダルの姿もあっただろう。シンドバッドを狙っているのは、紅玉姫だけではないのだ。
「……女性とは何もなかった、ということですか?」
  窺うようにジャーファルは主の目を覗き込む。
「何もなかったと言っている」
  はっきりとシンドバッドは言い切るが、だが、それでは男とは……ジュダルとは、何かあったのだろうか。それとも女性ではなく、ジュダルでもなく、それ以外の男と関係があったかもしれないということだろうか。
「信じられないのか?」
  尋ねられ、ジャーファルは口元に淡い笑みを浮かべた。
「信じていたら、こんなふうに突っかかるわけがないでしょう」
  腕を伸ばすとジャーファルは、男の首にしがみつく。
「どうすれば信じる?」
  信じられるわけがないと、ジャーファルは思った。
  シンドバッドの女癖の悪さは、死ぬまで治ることがないだろう。だったらそこに男癖の悪さが加わったとしても、何ら不思議はない。どこの馬の骨とも知れない男を寝所に侍らせて、まったくいいご身分だ。
  その間に自分はシンドバッドが二度とよその女や男に手を出すことのないように、あれこれと画策するのだ。その作業は、さぞかし楽しいものになるだろう。
「信じてほしければ、私を納得させてください」
  簡単なことだ。この体に、わからせてくれればいいのだ。
  ジャーファル以外に心から好きな相手はいない、と。
  上目遣いに主をちらりと見遣ると、下からぐい、と突き上げられた。
「んっ……は……ぁ」
  潜り込んだシンドバッドの陰茎が、ジャーファルの内壁をめいっぱい圧迫してくる。
  硬くて、熱い……心地よい痛みに、ジャーファルは声を上げた。
「質が悪いな、お前は」
  どことなく困ったようにシンドバッドが言うのに、ジャーファルは満足そうに喉を鳴らした。



  突き上げてくるシンドバットの熱が、ジャーファルの中を掻き混ぜている。
  腰を浮かそうとすると、すかさず逞しい腕に腰を掴まれた。腰を掴んでくるシンドバットの両の手が、熱い。執拗に腰を押し付け、突き上げられ、あっと言う間にジャーファルの高ぶりは溢れ出した先走りでベタベタになった。
  両手でシンドバッドの肩を押し返そうとすると、すかさず胸の突起を吸い上げられた。唇で触れたと思うと、前歯を当ててやんわりと甘噛みをし、硬く凝った乳首をしたで押し潰してくる。
「くっ……んん!」
  弓なりに背中を反らすと、もっと、もっとと、甘えるように胸を突き出した。
  シンドバッドはジャーファルの思いを正しく理解したのか、胸元にむしゃぶりついてくる。その合間に、ごつごつとした大きな手が、ジャーファルの前を握りしめた。強い力で扱かれて、先走りに濡れた竿がクチュクチュと湿った音を立てる。
「ん、ふっ……」
  奥歯を食いしばり、ジャーファルは堪えた。やたらと声を上げるのは、負けたようで気にくわない。自分が、いつもいつもシンドバッドの思い通りになると思われるのは嫌だった。
「あ……あぁ、あ……」
  体中の筋肉という筋肉に、力がこもる。
  男の肩を押し返していた両手はいつの間にか首の後ろに腕を回し、しがみつくような格好になっていた。太股に力が入ると、その動きにつられるようにして体の中に潜り込んだシンドバッドを締め付ける。内壁を擦り上げる陰茎の力強さと、固さにジャーファルの唇は大きくわなないた。
「や……も、イく……!」
  ブルッと大きく体を震わせると同時にジャーファルは、精を放っていた。
  シンドバッドが耳元で笑ったような気がして顔を上げると、唇を奪われた。
  チュ、と音を立てて唇を吸い上げられ、間を置かずして舌が口の中へと侵入してくる。
「ん、ぅ……」
  シンドバッドの舌を口腔内に迎え入れたジャーファルは、すぐさま自分の舌を絡め、唾液を啜った。
「……あ、ふ」
  甘くて熱い唾液を、美味しいと思った。
  舌先を伸ばしてシンドバッドの舌を激しく吸い上げる。そうしながらジャーファルは、自分が鼻にかかった甘えた声をあげているのを感じていた。
  何度目かにシンドバットの舌を吸うと、下からの突き上げがまとわりつくような執拗なものにかわった。体の中におさまっていたシンドバッドの陰茎が固さを増し、内壁を痛いほどに擦り上げてくる。
「……っ!」
  ドクン、とシンドバットのものが腹の中で大きく脈打ち──濡れた感覚が体の中に広がっていく。
  結合部がぐじゅぐじゅに濡れて、気持ち悪かった。その一方で、ジャーファルの心は満足していた。
  これが、欲しかったのだ。
  離れていた間、自分はずっとこれを欲していた。
「満足したか? ん?」
  尋ねられ、ジャーファルは小さく頷いた。
  嫉妬心なぞ、いつの間にかどこかへ消え失せていた。



(2013.3.10)
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