鈴の音響かせて

12/28の栽培少年ワンドロお題【クリスマス】でUPしたボタンのお話の続き。
元のお話「ボタンのクリスマス」はこちらからどうぞ。


  町の灯りに別れを告げて、二人はまた裏山へと戻ってきていた。
  そろそろ皇居へ戻らなければとボタンがもじもじし始めたことに気付き、ソトバが連れ帰ってくれたのだ。
「楽しかったですか、皇女様」
  尋ねられ、鷹揚な態度でボタンは頷いた。
「まあ、そうだな。少しは楽しかったぞ」
  言葉を返すと、ソトバは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「それはよかったです。下々の生活もいいものでしょう?」
  異国のクリスマスという祭りが、思いのほか楽しかったのは事実だ。ソトバに手を引いてもらったことも、見知らぬ老人にプレゼントをもらったことも、皇居にいては経験することのできないものだ。
「……下々の生活は、私のような高貴な血筋の人間には合わない」
  天邪鬼にもボタンがそう答えると、ソトバは怪訝そうに首を傾げた。
「でも、プレゼントもらいましたよね、皇女様」
  言いながら彼はボタンが手にした小箱へと視線を向け、ニヤニヤと含み笑いを浮かべてくる。
「もっ……もらったのではっ……」
  違う、と言いたかった。もらったのではなく、押し付けられたのだ、と。だが、あの時、自分から手を出して受け取ったような気もしないではない。きっと、町の熱気に包まれて、頭がボッーとなっていたからだ。絶対にそうだ。
「まあ、何でもいいですよ。それより皇女様、中に何が入っているか見ませんか?」
  小箱を握り締めたボタンの手を取り、ソトバは微笑んだ。
「箱を開けてみましょう、皇女様」
  何だかんだ言いながらも、ソトバだって実のところ箱の中に何が入っているか気にしているのではないだろうか。ボタンはほぅっ、と溜息をつくと小箱に手をかけた。綺麗な模様の描かれた包みを破り、そっと蓋を開ける。
  中に入っているものをあれこれ想像して、ボタンは一瞬、息を詰めた。
  箱を持った手が微かに震えて、中でまた、カラン、リン、と鮮やかな鈴の音が暗がりに響いた。



  箱の中には、髪飾りが入っていた。
  町の娘が髪にさしているような、髪飾りだった。どうやら細工を施した硝子玉から垂れ下がる小さな木の実の鈴が、箱の中で音を奏でていたらしい。
「……綺麗ですね」
  箱の中を覗き込んで、ソトバが言った。彼の掲げた灯りに反射して、硝子玉がきらきらと光って見える。
「そうか?」
  皇居にいれば、もっと贅沢な髪飾りがいくつでもある。金銀珊瑚、翡翠、瑪瑙などに細工を施し、もっと大きな、もっと派手な飾りをいくつも髪に差した女たちを、ボタンは何人も見ている。男だって、似たようものだ。想いを寄せる相手に贈ろうと、躍起になって見栄えのする髪飾りを手に入れようとする。髪飾りだけでなく、装飾品、鏡などの小物や、絹など、それはもう様々なものを恋人や大切な人に贈るため、男たちは日々奔走している……ように、ボタンには見える。
「こうすれば、ほら」
  そう言うとソトバは、箱の中から髪飾りを取り出した。ごつごつとした節くれだった手が大事そうに髪飾りを掴み、ボタンの髪へとそっとさしてくれた。
「皇女様の髪によく映えます。そりゃあ、皇女様のほうがその何倍も、何十倍もお美しいですけれど」
  うまいこと言う男だと、ボタンは思った。
  初対面の時からこの男は、口がうまかった。だが、腹に何か隠し持っているような感じはしなかった。皇居にいる男たちの中には、腹黒い者がいる。女でも似たようなものだ。それなのにソトバに関しては、そういった腹黒さのようものは感じることがなかった。ただ、あまりにも率直すぎて面喰ってしまうことも時々あるのだが。
「そ……そうか? 似合うか?」
  尋ねると、ソトバはやっぱり嬉しそうに微笑み返してくれた。
「はい。それはもう、とてもよくお似合いです」
  そうか、と言いかけて、ボタンは髪飾りがカラン、リン、と音を立てるのに気が付いた。
  ボタンが頭を動かすと、髪飾りの先端についた鈴が音を立てるのだ。
「あ……」
  髪飾りへと手をやると、指先に鈴が触れた。木の実の鈴だから冷たくはないが、触れるとリン、と可愛らしい音が響く。
「そう悪くはないな、庶民の祭りとやらも」
  照れ臭いのを隠すように、そっぽを向いてボタンは言い放った。
「楽しんでいただけたようで、よかったです」
  嬉しそうにソトバがそう言ったかと思うと、不意にボタンの頬に何か柔らかなものがチュ、と押し当てられた。
「な……」
  慌てて頬に手をやると、ソトバがニヤニヤと笑っていた。
「町へお連れした報酬をいただきました」
  ごちそうさまでしたと真面目くさった顔でソトバは告げる。
  彼の唇のあたりに視線をやると、「へへっ」と誤魔化すようにソトバは声をあげて笑った。
「いっ……今っ……お前、私の……」
  不敬罪だぞと騒ぎ立てると、ソトバはいっそう楽しそうに大きな声を上げて笑い出す。
  頬にくちづけられて楽しいわけがないのに、不意打ちに胸がドキドキしている。
  自分は楽しいのか、こんなことをされて嬉しいのか、それとも嫌で嫌でたまらないのか、いったいどれが本当の気持ちなのだろうと渦巻く思いを隠すように、ボタンは裏山に響き渡るような声で喚き続けた。



(2014.12.30)


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