「誰か来るかもしれませんから、声、抑えてくださいね、ボタン様」
そう言うとソトバは、ごそごそとボタンの衣服を手際よく一枚いちまい、剥ぎ取っていく。
「わっ、私はっ……」
何か言い返そうとするものの、今の状況に動揺してしまったボタンには、うまく言葉を紡ぎ出すことができない。
あー、とかうー、とか口の中でボソボソと言いながら、結局のところ言葉を飲み込むことしかできないでいる。
「ほら、少しだけ腰浮かせてください」
着たままするのは嫌でしょう? と優しく言い聞かせられて、ボタンはそんなものだろうかと思いながらもわずかながら腰を浮かせた。するりと下衣が抜き取られると、腰から下がすーすーとして居心地が悪い。ボタンは身じろいでソトバから体を離そうとした。
「逃げないでください。すぐに気持ちよくしてあげますから」
大丈夫ですよ、とソトバは告げた。
自信満々な表情が、どことなく小憎たらしい。ソトバの脇腹の肉をきゅっと抓るとボタンは、唇を尖らせる。
「私だって……」
世間知らずだとか、お子様だとか、散々ソトバには言われているボタンだが、たまには返上したいと思う。こういう時なら特に。
「私だって?」
意地悪く言葉尻を捉えてソトバが口の端に笑みを浮かべる。
「私だって、知らないわけではないぞ」
ぷう、と頬を膨らませてボタンは言い放った。知らないのは事実だが。それでも、見栄を張りたくもある。
帝室育ちのボタンは、世間のことは知らされず、ひっそりと大切に育てられた。ソトバと肌を触れ合わせることが初めてで、どうして緊張せずにいられると思うのだろう。
「では、どんなことを知っているのか俺にも教えてください、ボタン様」
知っているはずがない。余計な知識は何も聞かされずに育ったのだから、知るはずがないのに。それなのにソトバは、意地悪なことを言ってボタンを困らせようとする。
「む……」
唇を尖らせたままボタンは、ソトバを睨み付けた。
ボタンがこういったことをほとんど知らないことを、ソトバが知らないはずがないのに。
「ソトバは意地悪だ」
拗ねたようにボタンが呟くのに、ソトバは優しく笑いかけた。
「すみません。ボタン様があんまりお可愛らしいから、ちょっと意地悪をしたくなったんです」
低く囁くとソトバは、ボタンの首筋に鼻先を埋めた。
束ねた髪もいつの間にかほどかれて、ソトバの指にもてあそばれている。
さっきから自分はぐだぐだだとボタンは思った。ソトバに誘われるがまま、肌を合わせようとしたが、どうしたらいいのかさっぱりわからない。戸惑うことばかりで、何をしたらいいのかもわからない。
救いを求めるようにソトバの目を覗き込むと、「大丈夫ですよ」と眼差しで返された。
「俺につかまっていればいいんです、ボタン様は」
ソトバの体にしがみつくと、ほんのりと汗のにおいがした。
背中に回した手の下で、筋肉が動くのが感じられた。ひ弱な自分の体とは違って、ソトバの体は武人のように逞しい。かと言ってがっしりとした体格というわけではないのだが、それでも張りのある筋肉が脈打つのを見ると、力強さを感じずにはいられない。
「ソトバ……」
声をかけると、ぎゅっと抱きしめられた。
それから、唇をチュッ、と音を立てて吸い上げられる。
「今のを、もう一回しなさい……」
うっすらと唇を開けてボタンはねだる。
唇と唇を触れ合わせ、吸い上げ、舌先でねぶられると気持ちよかった。
「……っん」
クチュ、と湿った音がして、ソトバの舌がボタンの口の中に潜り込んでくる。ざらざらとした舌がボタンの舌を絡め取り、口の中をひとしきりねぶり回す。おずおずとボタンが舌を差し出してソトバの舌に触れると、ジュッ、と唾液ごと吸い上げられた。
「ん……ぁ」
唇が離れていくのを感じて、咄嗟にボタンは舌を突き出していた。
もっと、舌で触れて欲しかった。口の中をまさぐられ、ソトバの唾液と自分の唾液が混ざり合うことに、奇妙な興奮を感じている自分がいた。
「ソト、バ……」
はふっ、とボタンが息をつくと、それを見てソトバは小さく笑った。
「気持ちよかったですか、ボタン様?」
尋ねられ、ボタンは素直に頷く。
気持ちいいし、もっと気持ちよくして欲しいと思う。そうして、同時にソトバも自分と同じぐらい気持ちよくなればいいのにとも思う。
「唇だけでなく、他にも気持ちがいいところがたくさんあるのですよ」
そう言うとソトバは、唇でボタンの顎の先に触れた。チュ、チュ、と音を立てて唇がゆっくりと喉を辿っていく。喉仏のくぼみをペロリと舌で舐めたかと思うと、そのずっと下、乳首にふっと息を吹きかけられ、ボタンは体を震わせた。
ソトバのこの手馴れた感じが気に入らなかったが、それは自分の無知からくるやっかみだろうとボタンは思った。
悲しいかな、世間知らずの自分には、肌を合わせるということがどういったことで、どんな感じがするのか、さっぱりわからないのだから。
「触れて欲しいところがあったらいつでも言ってくださいね、ボタン様」
「……うむ」
触れて欲しいところがどこかなんて、今のボタンにはわからない。気持ちのいいところというのも、まだよくわからない。唇と唇を合わせるだけでも気持ちよかったが、それよりももっと気持ちのいいことがあるとソトバは言う。そんなに気持ちがよくなるのなら、自分はいったいどうなってしまうのだろう。
たった今、唇を合わせただけで身体中がカッと熱くなって痺れるような感じがした。あれはいったい何だったのだろう。
「気持ちいいところも、ちゃんと教えてくださいね」
そう告げるソトバのほうは余裕綽々といった様子で、それがまたボタンの癪に障る。
「なぜ、いちいちソトバに言わなければならない」
ムッとして返すと、誤魔化すようにチュ、と唇を塞がれた。
悔しいのに言い返すことができないから、余計に腹立たしい。
「ソトバは意地悪だ」
腹立ちまぎれにボタンは、ガブリとソトバの首筋にかぶりつく。
ソトバの首筋に可愛らしい歯型がついた。
(2015.1.14)
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