花びらのユウウツ

「うわぁ、おっきーい!」
  テーブルに出されたパフェを目にした小さな綱吉が、感嘆の声をあげた。零れ落ちそうなほど大きな目をさらに大きくし、じっとパフェを見つめている。
「ね、大きいでしょう?」
  カフェの店員がニコリと微笑むと、綱吉は勢いよく頷いた。
「うん、大きい! 」
  目をきらきらとさせながら綱吉は、店員と獄寺の顔を交互に見遣る。
「お姉たん、これ食べれるの? ツナ、食べていいの?」
  綱吉が尋ねる。子守り役の獄寺は、ヒヤヒヤしながら綱吉を見つめている。
「もちろんです。どうぞ召し上がれ」
  店員の言葉に安心したのか、綱吉はぎゅっと握りしめたスプーンを、真っ白な生クリームに差し込んだ。
「おい、この人に何かあったらお前のせいだからな」
  ちらりと店員に目を馳せて、獄寺が凄んで見せる。
「何かあったら、って、失礼です! ハルがそんな妙なパフェを出すわけないです!」
  よく通る声で店員が言い返してきた。まさか自分に言い返す女が姉以外にいるとは思いもしなかった獄寺は一瞬、気色ばんで彼女の顔を覗きこむ。
  つぶらな瞳に、すらりと通った鼻筋。ポニーテールが活発そうな印象を見る者に与える。口うるさそうだが子ども好きらしく、獄寺たちが店先のテーブルについた時から、しきりと様子を気にしてくれているようだった。
「お姉たん、名前、なんて言うの?」
  不意に綱吉がパフェを口に運ぶ作業を中断し、店員に声をかけた。
「私はハルって言うんです。ボクのお名前は?」
「ツナ、ってゆーの」
  すかさず、嬉しそうに綱吉が声をあげる。
「ハルたん、明日もツナと会ってくれる?」
  普段は人見知りの激しい綱吉がいつになく懐いていることを不思議に思いながらも獄寺は、二人を交互に見た。
  マフィアの跡継ぎの綱吉と、三下の自分。それにしがないカフェの店員。
  はあぁ、と深い溜め息をつくと獄寺は、テーブルに突っ伏した。
  大人になりきれず、かと言って子どもでもない自分のこの中途半端な立場や環境が嫌になる。
  同じ年の山本は、マフィアの構成員として既にいくつもの抗争に参加している。近いうちに幹部として取り上げられるだろうとの噂も獄寺の耳に入ってきている。
  それなのに、自分は昼の日中から四歳児の子守りとは、悔しいやら腹立たしいやら。
「ねえ、獄寺くん。明日もハルたんに会いに来ようね」
  少し舌足らずな言い方で、綱吉が告げる。
  ああ、と獄寺は口の中で小さく呻いた。
  半人前の自分には、女子どもが似合ってるのだろう。どうせ自分はしがない三下だ。
  今日も明日もあさっても、こんなふうに女子どもに囲まれて過ごすしかないのだ。
「……十代目の命令でしたら、いくらでも従います」
  弱々しく獄寺が返すと、綱吉は嬉しそうにハルと指切りげんまんをし始める。二人の声がカフェの店先に響く。
  低く呻きながら獄寺は、頭を抱えて目をぎゅっと閉じる。
  四歳児の子守に加えて明日は、この馬鹿女の子守までしなければならないのだ。
「頭いてぇ……」
  呟いた獄寺の声はしかし、二人には聞こえなかったらしい。
  それぞれ楽しそうに好き勝手に喋りながら、明日の約束をしている。
  自分だっていつか、山本のように構成員になって第一線で抗争に携わりたい。ボンゴレのため、そしてすぐ目の前で呑気にパフェを食べているボンゴレ十代目のために、いつかは大きな抗争で名をあげたいと思っているというのに。
「花びらだよ、ハルたん!」
  スプーンを振り回しながら綱吉が声をあげる。パフェのてっぺんに舞い降りてきたピンク色の花びらを見て、嬉しそうにしている。
「わあぁ、綺麗ですねえ」
  四歳児と一緒になって喜んでいる店員にちらりと目を馳せ、獄寺はもういちど大きな溜息をついた。
  ダメだ、このままでは自分はまだしばらくは三下のままだろう。
  だいたいこのお坊ちゃんが呑気にしているから悪いのだ、こんなことだから自分がいつまで立っても出世できないのだと剣呑な眼差しをした途端、ピュッ、とスプーンごと生クリームが飛んできた。
「おわっ……!」
  綱吉の手からすっぽ抜けたスプーンは獄寺の頬に生クリームを飛ばし、ついでお気に入りのジャケットにペタリと白い染みを残してテーブルにポトリと落ちた。
「あ……」
  こんな時、子守役としては四歳児にどんな反応を示せばいいのだろう。目を吊り上げ、口元をヒクヒクと引きつらせながら獄寺は、テーブルの上に転がったスプーンを取り上げる。
「おい。これ、新しいのに取り替えてくれ」
  いろいろと口に出して言いたいことはあったが、それら全てを飲み込んで獄寺はつっけんどんに店員に声をかけた。
  よほど慌てているのか、彼女はバタバタと店の奥へと駆けていった。



  新しいスプーンを用意してもらった綱吉は、再びパフェの山に挑んでいる。
  獄寺のほうは、くだんの彼女にジャケットについた生クリームを取ってもらったところだ。頬についたクリームは、彼女が持ってきてくれたおしぼりで拭い取ったばかりだ。
  何やらすっきりしない気分だが、仕方がない。
  自分はマフィアの三下で、目の前の四歳児はゆくゆくぱボンゴレ・ファミリーの十代目になるお人だ。
  ぶすっとむくれたままの顔でカフェの前の道を眺めていると、春の風がさーっ、と吹きつけてくる。
  まだ少し冷たい風だが、暖かな日差しのおかげでそう寒く感じることはない。
「あ、また花びら!」
  今度はスプーンをしっかり握ったまま、綱吉が声をあげた。
  どこで咲いているのか、ピンク色の小さな花びらが、次から次へと風に乗ってひらひらと飛んでくる。
「わあ、本当です。綺麗ですね、ツナさん」
  いつの間にかちゃっかり綱吉と獄寺の間の椅子に腰を下ろしていたハルも、降り注ぐ花びらにうっとりとしている。
  まったく、これだから女子どもは……と苦虫を噛み潰したような顔をしている獄寺の頭上へも、ひらひらと花びらが舞い降りてくる。
「獄寺君、髪の毛に花びらがついてるー」
  綱吉がスプーンを獄寺のほうへと向けると、またしても生クリームが飛んできた。ほんの少し前に汚れを拭ったばかりのジャケットに、白い染みが点々と飛び散る。
「あ……」
  綱吉の顔を見て、それからハルの顔を見て。
  どうにもやりきれない気持ちの獄寺は、大きな溜息をつくしか他、なかった。



(2014.3.2)
END



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