StrawberryRed

  赤い赤い、鮮やかな瑞々しい赤に魅せられて、獄寺は一瞬、ボーっとしてしまった。
「……はひ? どうかしましたか?」
  声をかけてくるのは、元同級生の三浦ハルだ。獄寺はぶん、と頭を一振りして、「いいや、何でもねえ」と、何もなかったように返す。
「じゃあ、行きましょうか」
  にこやかに微笑むとハルは、獄寺の腕に自然に自分の手をかける。
  いつからだろうか、ごく当たり前のようにハルが自分の隣にいた。
  プライベートな時間を過ごす時にすぐそばにいてくれて、獄寺が安らぎを感じることのできる人となっていた。
  好き……なのかも、しれない。
  まだ、二人の気持ちに名前はなかったが、それでもこんなふうに休日が合えば一緒に出かけることもしばしばあった。
  大人になってしまったら別々の道を行くのだとばかり思っていたが、そうではなかったらしい。彼女はいつの間にか獄寺の胸の隙間に入り込んでいた。
  元々、ハルは綱吉のことが好きだったはずだ。それがいつの間にか、綱吉と笹川京子がつき合い始めたことから、獄寺とハルがつき合いを始めるに至るまでは、そう時間はかからなかった。
  ハルと一緒にいれば、ボンゴレ十代目である綱吉のそばにいつでもいることができた。ダブルデートだと言えば、それだけで綱吉は獄寺が後をついてくることを許してくれた。
  自分の虚栄のためにハルを利用していることになるが、それでも彼女は何もかも知った上で、獄寺とつき合いを続けている。今も。
  甘やかされているなと時々、思うことがある。
  だいたい、居心地がよすぎるのだ、彼女のそばは。
  こんなに居心地良くしてどうするのだと思わずにいられないほど、ハルのそばにいると心地良い。離れたくないと思ってしまうほど、心が穏やかになるのはどうしてだろう。
  腕にかかるハルの手は優しい。腕に触れるあたたかな手のひらが、二人が繋がっていることを感じさせてくれる。
「急がないと、ツナさんも京子ちゃんも待ちくたびれてるかもしれませんね」
  ぽそりとハルが呟く。
「んなの、だいじょーぶだよ」
  絶対に、と獄寺は返す。
  綱吉はともかく、京子のほうは必ずハルを待ってくれているはずだ。
  何しろ今日の約束は、ハルと京子の交わした約束だ。遅刻しようがどうしようが、必ず二人は獄寺とハルが待ち合わせの場所に来るまで待ってくれているはずだ。
  かと言って、堂々と遅刻していくつもりも獄寺にはない。
「ほら、乗れよ」
  駐車場に停めておいたバイクを引っ張ってくると獄寺は、どこかつっけんどんにハルに言った。



  獄寺の運転するバイクにタンデムして、約束の場所へ向かう。
  密着するハルの体は思った以上に柔らかくて、華奢に感じられた。
「間に合いそうですか?」
  背後にピタリとはりついたハルが、心配そうに尋ねてくる。
「間に合う、っつってるだろ、バカ女」
  ヘルメット越しにくぐもった声で獄寺が返すと、ぎゅっと脇腹をつねられた。
「いてぇ!」
  ハンドルを操りながら声をあげると、背中越しにハルが笑った。屈託のない笑い声に、獄寺はなんとなく幸せを感じる。
「ちゃんと時間に間に合わせてくださいね、獄寺さん」
  そう言われ、言い返そうかと獄寺は口を開きかけ、やめた。今ここで喧嘩をするよりも、ハルが笑っているところを見ているほうが楽しいに決まっている。
「じゃあ、しっかり掴まっとけよ」
  自分の腰に回されたハルの腕に力がこもると同時に獄寺は、アクセルをふかした。綱吉と京子の待つ約束の場所を目指して、バイクを走らせる。
  果たして目的地には、綱吉と京子が二人を待ってくれていた。
「ツナさん、京子ちゃん!」
  タンデムシートからピョン、と飛び降りたハルは、小走りに二人のところへと駆けていく。
  女同士の会話が始まると、男たちに入る隙はなくなってしまう。遠巻きに女二人を眺めていると、そそくさとその場を逃げ出した綱吉が獄寺のほうへと寄ってくる。
「遅くなってすんません、十代目」
  声をかけると綱吉は、小さくニヤリと笑い返してきた。
「獄寺君、最近ハルと仲いいよね」
「え、あ、まあ……その……」
  仲がいいというのとは、少し違うかもしれない。
「まあでも、正直なところ、助かってる。だってさ、京子ちゃんと二人きりだとどうしたらいいかわからなくなることがあって……」
  言いながら綱吉の顔が、ほんのりと赤らんでいく。照れているのだ。
「俺も、おんなじっスよ、十代目」
  ハルと二人きりでいると、どうしたらいいかわからなくなることがある。
  好きの種類は綱吉と京子のそれとは異なるものかもしれないが、時々、ハルのことを本当の恋人のように思うことがあった。いや、本心ではハルとちゃんとした恋人同士になりたいと思っているのだ、獄寺は。
「へえ……本当?」
  意外だというように綱吉の目が、わずかに大きく見開かれる。
「本当です」
  語調を強めて獄寺が返すと、綱吉は納得したように頷いてくれた。
  二人して何気なく女性陣へと視線を移すと、獄寺の視線に気づいたのか、ハルが小さく手を振ってくれた。
  そしてやはり獄寺は、ハルの赤い唇へと視線が釘付けになってしまう。
  赤い赤い、苺のように鮮やかな、赤い唇。
「ツナくん、早く!」
  不意に京子が、綱吉を呼んだ。
  その隣でハルも、獄寺を呼んでいる。
「行こっか、獄寺君」
  仕方ないなと言いたそうに軽く肩を竦めて、綱吉が一歩踏み出す。
「そうっすね」
  獄寺も、ハルのほうへと向かって歩き出す。
  視線はハルの赤い赤い唇に、釘付けだ。
  瑞々しい苺のような赤い唇に視線を合わせたまま、獄寺はゆっくりと歩を進めた。



(2014.3.12)
END



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