「ツナさん!」
小さく声をあげたハルが、背後から追いかけてきた。
力任せにドン、と背中にぶつかってきたかと思えば、全身でしがみついてくる。
華奢な腕に背後から抱きしめられてしまえば、綱吉は立ち止まるしかなかった。
振り返らずに行こうと思っていたのに、こんなふうに泣きつかれたら、たまったもんじゃない。
だらりと脇に垂らした両手をぐっと握りしめ、綱吉は俯いた。
ハルを不安にさせたままで、出かけるわけにはいかない。
「……ハル」
何と言って宥めよう。言葉を探しながらゆっくりと綱吉は口を開きかける。
「行かないでくださいなんて、そんなこと、ハルは言いませんからね」
掠れるハルの声は、涙声だ。
全身で「行かないで」と訴えているのに、言葉と態度は裏腹で、それがいっそう愛しさを募らせる。
「だけど……無事で戻ってきてくださいね、ツナさん」
待っていますと背中越しに声をかけるとハルは、コツン、と額を押しつけてくる。
「ハル……」
言いたいことはいろいろあった。
それでも、今、この場で告げるべき言葉ではないような気がして綱吉は、喉元まで出かかっていた言葉をぐっと飲み込んだ。
「戻ってきたら、ハルの手料理が食べたいな」
ハルの笑顔がそこにあって、テーブルには所狭しとあたたかな料理が並んでいる光景を綱吉は、瞼の裏に描いた。
「ツナさんの好物ばかり用意して、待ってますから」
しがみつくハルの手に、力が籠もる。
綱吉はその手を取ると、ほっそりとした指先にそっと自分の唇を押しつけた。
「……すぐに、戻る」
そう告げると、一度も振り返らずに綱吉は表へ出ていった。
後に残してきた人たちのことを思うと心が痛んだが、それは誰しも同じことだった。自分一人が辛いわけではない。特に、今は。
「十代目、大丈夫っスか?」
表へ出た綱吉の顔を覗き込みながら、獄寺が気遣わしげに声をかけてくる。
「ああ……うん」
気持ちを切り替えなければ。
握りしめた拳にさらに力をこめ、綱吉は歩き出した。
(2014.3.18)
END
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