『雪夢』



  ──夢を、見た。
  甲板で騒ぐルフィの声があまりにも無邪気だったから、うたた寝をしながら夢を見ていたらしい。
  ワーワーと騒ぐ声ではっと目が覚めた。どれぐらいの時間、眠っていたのだろう。サンジは背筋をピンと伸ばし、キッチンの入り口に目を向ける。
  薄曇りの空の下、年少組の三人が甲板を駆け回っている。単調な航海の日々、何がそんなに嬉しいのかと尋ねたくなるほど楽しそうにしている。
「サンジ君、あたたかい紅茶が飲みたーい」
  ドアを開けるなり、ナミがにこりと微笑んで告げる。
「はい、はい、ただいま」
  慌てて椅子から立ち上がると、サンジは甲斐甲斐しい動きで紅茶の用意をし始める。
  背後で、ナミの後からキッチンに入ってきたロビンの小さく笑う声が聞こえた。何を笑っているのだろうかと、サンジはちらりとテーブルの二人を振り返った。二人は何事かを話しながら、楽しそうに微笑んでいる。
  紅茶を用意しながら、もう少ししたら男共がおやつをほしがってここへ飛び込んでくるだろうとサンジは考える。
「どうぞ、レディたち」
  紅茶と、一口サイズのクッキーを二人の前に並べると、ロビンがにこりと笑ってサンジの頬を指さした。
「疲れているの?」
  尋ねられ、サンジは首を傾げる。
「ついてるわよ、ボタンの跡」
  言われて、サンジは怪訝そうに頬に手をやる。
「違うって。サンジ君、反対側」
  ナミの言葉でサンジは、反対側の頬に手をやった。
  なるほど、女性陣二人に言われた通り、頬にボタンの跡が残っているのが手触りでわかった。
  決まり悪そうにサンジは、その場を笑って誤魔化した。



  甲板に出ると、ルフィたちはまだあたりを駆け回っているようだった。
  ひんやりとした空気に、ふと冬島の寒さを思い出す。
  雪でも降るのではないかと空を見上げると、どんよりとした厚い灰色の雲が幾重にも空を覆っていた。
  こんな空を見ていると、気分まで落ち込んできてしまいそうだ。
  サンジはすっかり冷えてしまった手を擦り合わせながら、ルフィたちに声をかけた。
「おい、おめぇら。キッチンにおやつがあるから、食べていいぞ」
  もう少し外の空気にあたってからキッチンに戻ろうと、サンジは甲板の縁に手をついて煙草を燻らした。
  こんな日は、体があたたまるような汁物や鍋物がいいかもしれない。確か朝のうちに誰かが魚を釣っていたはずだ。あの魚を使おうか、それとも何か別の料理にしようか……などと考え出したところで、小さな物音がした。
  カタン、と、船の横っ腹に何かがぶつかる微かな音がして、サンジはふと我に返った。
  微かな音だから、おそらく仲間たちが気付くこともないだろう。
  振り返ろうとして、あたたかな空気がサンジの体をふわりと包んだ。
「──よ、元気か?」
  そんな何気ない言葉だったが、サンジの体温は一気に上昇する。背後から包み込まれたのは男の胸の中だったが、サンジはそのぬくもりに笑みを返した。
「……俺は、元気だ」
  唇が震えそうになるのは、久しぶりの逢瀬だからだ。
「そうか」
  甘ったるい男の声が、サンジの耳元をくすぐる。
  目を閉じて、サンジは男のぬくもりを自分の肌に覚え込ませようとした。



  ほんのわずかな時間の逢瀬だと、サンジは理解していた。
  エースの唇がサンジの頬に触れ、すぐに離れていった。
  これは夢だと、心の中でサンジは何度も何度も自分に言い聞かせた。エースが去った後の寂しさを感じないでもすむように、これは夢なのだと、口の中で呟いてみる。
  自分に都合のいい夢を見ているのだ。このぬくもりは、自分の想いが作り出した幻影なのだ、と。
  しかし幻影は、サンジの頑なな気持ちを裏切って、勝手気ままに優しい夢を見せようとする。
  耳元にあたたかな息を吹き込まれ、サンジは体を震わせた。
「エー、ス……」
  弱々しく声をあげると、エースの力強い腕にしがみついていく。
「今日は、そんなにいられないんだ」
  そう言ってエースは、サンジのシャツの裾をスラックスから引きずり出し、その隙間から中に手を入れる。
「震えてるのか?」
  尋ねられ、サンジは首を横に振った。
  確かに、自分は震えているかもしれない。だが、この震えは寒さからくるものではない。
  サンジが目を閉じてエースのぬくもりに浸っていると、スラックスの中にあたたかな手が忍び込んでくる。
「悪いな。今日は、時間がないんだ」
  もう一度、エースが囁いた。
  サンジは目を瞑ったまま、エースの胸の中に背中を預けていった。



  エースの体温を感じた瞬間から、サンジの股間は熱く滾っていた。
  それを知られてしまうのが恥ずかしくて、サンジは小さく身を捩る。
  抱いてほしいと思いながらも、羞恥心の方がどうしても先に立ってしまう。
  竿の部分にじかに触れるエースの指の熱さが、サンジの吐息を乱していく。根本をきゅっ、と締め付けられると、サンジの膝がカクカクと震え、立っていられないほどだった。
「ぁ……や、エース……」
  はぁ、とサンジは溜息を吐いた。
  甲板の縁に手をついたサンジは、エースにぐいぐいと腰を押し付けていく。時間がないのはお互い様だ。押し殺した声が自分の口の端から洩れるたび、キッチンの仲間たちに声が聞こえないだろうかとサンジは気にかけていた。自分では声を抑えているつもりだったが、今、ここで誰かが甲板に出てきたらと思うと、思わぬところでポロリと声が洩れてしまう。
「今日は、いつもより感じてるのか?」
  喉の奥で、エースが笑う。
「ち……が……」
  サンジは首を横に振ると、エースの手の動きにぐっと息を詰めた。
  いつの間にかスラックスは膝のあたりまでずり下げられ、前と後ろを同時に触られていた。
「挿れられねぇのが残念だ」
  ぽそりと、耳元に息を吹き込まれ、サンジは咄嗟に首を竦めた。
「い……からっ……指で、いい、から……」
  は、は、と、息が洩れる。
  シャツの肩越しに、エースの唇を感じた。





To be continued
(H19.12.12)



      


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