月の光に焼き焦がされそうだと思ったことがある。
深くて暗い水面には眩いばかりの青い光が降り注ぎ、あたりはシンと静まりかえっていた。
青い炎の中でゾロがじっと身を潜めていると、自由気ままでしなやかな体躯の獣がやってきた。悠々とした態度でどっしりと目の前に座りこむと、歯をむき出してニヤリと笑う。
手を伸ばすと、指先をペロリと舐められた。
慌てて手を、引っ込めた。
ピリピリとした痺れるような感覚が、指先から腕を伝い、全身を駆け巡っていく。
「何しに来た?」
低い声で尋ねると、このほっそりとした若くて美しい獣はじっとこちらを見つめたまま、ごろんと甲板に寝そべった。
「眠れないから、ここに来た」
そう言うと、澄んだ眼差しでじっと見据える。
危険な眼差しだと、ゾロは思う。
目の前の男の目は、澄み渡っているがために、その向こう側の内面が見えない。左目の下の古傷が、彼の本心を隠すのにうまく役立っているようだ。
「しばらく涼んでいけ」
そう言ってゾロは、男の背をトン、トン、と軽く叩いてやる。
「シシッ……くすぐってぇ……」
そう言ってルフィは、ゾロの手を掴んだ。
その瞬間、月の光が男の頬に降り注ぎ、それがまるで青い炎を纏っているかのようにゾロには見えた。
掴まれた手をそっと引っ張られ、ゾロはルフィの上に覆い被さるような姿勢になった。
チュッ、と音がして、気付いたら唇を吸われていた。
「あ……」
初めてではなかったが、不意を狙ってしかけられる悪戯の延長のようで、ゾロはこのキスがあまり好きではなかった。
「も、いっかい」
ルフィの掠れた声に従い、ゾロはゆっくりと唇を近づける。
今度はしっとりと唇を合わせた。
上唇をやんわりと噛むと、歯の隙間からルフィの舌が侵入してきた。歯の裏に舌を這わされ、舌を吸い上げられた。
「ん……」
手を、いつの間にかルフィの手に取られていた。指を絡めて、まるでゾロがルフィを押し倒しているかのようだ。
「っ……ぅ……」
唇をはなすと、思い切り吸われた舌がジンジンとしていた。
「──オマエは、俺のものだからな」
真顔で言われると、ゾロには返す言葉がなかった。どう返そうかとじっとルフィを見つめると、ルフィはニヤリと口の端だけで笑った。
「約束だぞ」
そう言うとルフィは、ゾロが答えるよりも早く起きあがり、部屋へ戻ろうとする。
月の光が、青い炎のように揺らいでいた。
甲板を去る若い獣は、振り返り、ニシシッと笑った。
所有欲を剥き出しにした若い獣は、笑いながらも鋭い刺すような眼差しでゾロを凝視している。
燃え立つような青い炎をその身に纏った獣が舌なめずりをしたような気が、ゾロはした。
身体に走る震えを感じ、ゾロは唇を指でなぞった。
唇も、そして指先も、体中が熱かった。ルフィの触れた部分は特に、酷く熱く感じられた。
青く輝く月の光の下で、ゾロはその身が焼き焦がされるのではないかと思わずにはいられなかった。
END
(H19.8.22)
|