『月に、キス』
唇の感触を味わいたくて、キスをした。
鮮やかな緑色の短髪の中に指を差し込み、散々かき乱してから唇の感触を味わった。堪能した。
ゾロの薄い唇は彼の体温を感じさせるほどあたたかく、少しかさついていた。
一度、甘い味がすると言ったことがある。好きな男とのキスは、ほんのり甘いハチミツの香りがしていた。サンジがそう言うと、ゾロは驚いたような顔をして、「そりゃ、オマエのほうだろ」とぶっきらぼうに返してきた。
いつもいつも穏やかなわけではなかったが、そんなふうにして二人の時間を過ごしてきた。
時に仲間たちからの横やりがあったり、二人の関係が皆にばれてしまいそうなこともあったが。それでもおそらく、二人の恋は比較的穏やかで、満ち足りたものだったと思われる。
口づけをかわしながらサンジは、ゾロの背を掻き抱いた。
強く、しなやかな背の下では、男の筋肉が隆起していた。
押し殺した喘ぎが耳に届いてくる。
唇を噛み締め、睫毛の先を微かに震わせているコックの艶めかしい様子を目にした途端、ゾロの腹の底に眠っていた熱の塊が大きく脈打ち始めた。
体の下にある華奢な白い肌がほんのりと色付いて、淡い緋色に染まっている。女のように白い肌をしているが、しかしゾロの体の下で乱れているのは間違いなく男だった。
「──……」
名前を呼ぼうとして、ふと思い直した。
名前を呼ぶかわりに、男の額に軽く、くちづけた。
「あ……っ……」
目尻をほんのりと朱色に染めて、サンジはゾロを見上げている。
部屋の灯りを煌々とさせて抱き合うことに抵抗はあったが、サンジに強請られれば断れないゾロだった。
「なあ。キス、して?」
唇に──と、サンジが囁く。
ゾロは、サンジの唇に舌で触れた。
すぐさまサンジは舌を突き出し、ゾロの舌を絡め取る。
息が上がるまでキスをかわし、ようやく唇を離した。
「オマエって、よくわかんねぇな」
小さく笑って、サンジが言った。
不思議そうな顔をして、ゾロが片方の眉をピクリとつりあげる。
「なんか、アレだよな」
どこか楽しそうに、サンジはゾロの頬に手を這わす。
「ほら、オマエって、いつ、どこに行っちまうかわかんねえ、糸の切れた風船みたいでさ……」
そう言いながら、また、キスをする。
「なんだ、そりゃ」
よくわからん、と、ゾロは呟いた。
「いいさ、わかんなくても」
体の中に潜り込む感覚は、不快ではない。
最初の痛みをやり過ごせば、後はよくなるだけだ。
サンジはめいっぱい足を開いてゾロを中に受け入れた。
灯りの下で体を繋げる行為にゾロは初めの頃は難色を示したものの、サンジが何度も灯りの下でのセックスを望むからか、最近は慣れっこになってしまったようだ。
ゾロに言ったことはなかったが、暗がりでの行為をサンジは嫌っていた。
特に理由はなかったが、暗がりで抱き合うのは怖かった。
別段、暗闇が苦手というわけでもなく、眠る時は真っ暗なほうが寝付きのいいサンジだったが、ことセックスとなると、灯りの下でなければ落ち着かなかった。
ただ、それだけのことだ。
「あ……そこ、あたってる……」
ゾロの肩口に唇を押し当て、サンジが呟く。
「ここか?」
まるでどこかのエロオヤジのような言いぐさで、ゾロが尋ねてくる。
「んぁっ……そ、そこ……」
膝をカクカクと揺らしながら、サンジはゾロにしがみついていく。
「ん、キモチい……」
筋肉質なゾロの肩口に歯を立てて、サンジは幸せそうに微笑む。
ゾロは、肩口に噛みつかれているのも気にならないほど切迫しているのか、必死になってサンジの奥を突き上げている。
「な、出せよ」
はあ、と、熱い息を吐きながら、サンジが言う。
「全部、中に……」
ちらりと下から覗くように見上げられ、ゾロの体が更に熱くなった。同じようにサンジの中も熱かった。キリキリと締め付けてくるその感覚に、眩暈がしそうだ。
ぐじゅぐじゅになったサンジのペニスは反り返り、二人の腹の間で擦れている。ゾロは手を伸ばしてサンジのペニスを素早く擦りあげた。
「あっ、あ……ん、ふぁ……っ……」
甘い声がサンジの口から洩れ、掴んだゾロの二の腕に爪を立てた。
そのままゾロは、サンジの中に迸りを叩きつけた。
行為が終わると、サンジはさっさと灯りを消す。
セックスの最中は明るいほうが好きだと言うくせに、この男は事後は暗いほうがいいと勝手なことを言うのだ。
だから今、部屋の中は窓から入り込んでくる月明かりで薄ぼんやりとしていた。
「なあ。勝手にフラフラ行っちまうなよ」
サンジが呟く。
「なんだ、まだ言うか、オマエは」
呆れたようにゾロは返す。
「だって、手に入らないと思ってたんだぜ、俺は」
そう言ってサンジはゾロの体の上に乗り上げる。
「俺は、独占欲と所有欲が強いんだ。一度手に入れたものは手放したくない質なんだよ」
ニンマリと笑って、サンジは告げた。
「一生、俺の傍にいろ」
サンジの言葉にゾロは頷いていた。
「──…ああ。一生、オマエの傍にいる」
窓から外を見上げると、月が出ていた。
サンジは隣で眠る男の体温を感じながら、月を眺める。
絶対に手に入らないと思っていた。水に映した月の影のように、手に入れることは難しいものだと思っていた。
なのにこの男は、あっさりと自分の一生をサンジにくれた。
本気なのだろうかと、疑い深いサンジは考えてしまう。
本気でこの男が自分の傍にいてくれるのなら、こんなに嬉しいことはない。
たとえ夢でも、嘘だとしても、こんなに嬉しい言葉は、ない。
眠る男の頬に口付けると、サンジはそっと寄り添い目を閉じた。
自分は今宵、あの月と同じぐらい手に入れるのが困難なものを、手に入れたのだ──
END
(2007.8.23)
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