『キスとコーヒーカップ 3』
床に胡座をかいて座るゾロの上に腰を下ろしたサンジは、胸元への微かな刺激に喉の奥を鳴らした。
脂っ気の抜けたパサパサの猫毛のような緑髪ごと頭をぎゅっと抱きしめると、お返しとばかりに指の腹で乳首を軽く押し潰された。ちゅっ、と湿った音がして、上唇にゾロのあたたかい唇を感じた。
「は……っ……あ……」
深い溜息を吐きながらサンジは、もぞもぞと腰を動かす。
勃起したサンジのペニスが、同じようにサンジの腹にあたるゾロのペニスになすりつけられる。先端にじんわりと滲んだ先走りは濃いミルク色をしており、竿全体が痛いほどに張り詰めている。
鼻先をサンジの肌に押しつけたゾロは、舌の先で軽く乳首を舐め上げた。
「んっっ……」
舌先でサンジの乳首を何度もつついた。ざりざりと乳輪ごと大きく舐めると、くすぐったいのかサンジは首を竦める。その仕草に誘われるように、ゾロはサンジの顎にうっすらと見える顎髭をそっと撫でた。
眉の間に皺を寄せたサンジはきつく目を閉じて、小刻みに震えながらゾロの指を感じていた。
ゾロの腹にはサンジのペニスがあたっている。下腹にあたる二人の先走りで肌がヌメヌメとして、快とも不快ともつかない感触に、ゾロは焦れったそうに身体を揺すった。
「あぁ……」
ゾロが低く溜息を吐くと、サンジが嬉しそうに喉を鳴らして緑色の頭をしっかりと腕に抱える。
「挿れろよ……奥まで。中に、たっぷり出せよ」
甘えるように、サンジが言う。
幸せだと思った。
二人の気持ちが重なったと、一瞬、柄にもなくゾロはそんなことを思ってしまった。
挿入の瞬間の痛みにも慣れたのか、サンジはゆっくりと自分から腰を落としていく。
互いの先走りを潤滑油代わりにして腰を沈めたサンジは、身体の深いところへとゾロを導いた。
先走りでぬめるペニスが、ゆっくりと肉を抉り、沈み込んでいく。固くて張りのあるゾロのペニスが、サンジの内壁を擦り上げ、より深いところを目指して這い進んでいく。
「……あ……んぁっ」
内壁の一点をペニスの先端が通過する瞬間、サンジの背が大きくしなった。きゅっ、と唇を噛み締めて、これ以上は声が洩れないようにと必死に堪えている姿が愛しくて、ゾロはその華奢な背に手を回した。
「ゆっくり動け」
そう言うと、サンジの背中をするりと手のひらでひと撫でする。
両手でサンジの腰をがっしりと固定すると、サンジが動くのに任せて小さく揺さぶりをかけてやる。
「ん…く……あっ、あっ……」
揺さぶられるたびにサンジは、小さく悲鳴のような声をあげた。ゾロの頭を抱えていた腕がするりと離れ、首に肩に、しがみついてくる。
「ひっ……ぁ……」
片手でゾロにつかまったまま、サンジは大きく背を弓なりに反らした。すかさずゾロが胸の朱色の飾りを甘噛みした。かぷりと噛みつき、強く吸い上げると、サンジはもっともっとと強請るように胸を突きだしてくる。
ちゅう、と乳首のそばに鬱血の跡をつけたゾロは、舌先で焦らすようにサンジの乳首を舐め上げた。
しばらくのあいだゾロは、サンジの胸を舐めたり甘噛みしたりしていた。そのうちにサンジが感極まったような低く艶のある声でゾロの名を呼びはじめた。あいていたほうの手を床につき身体を支え、もう一方の手でゾロにしがみつく不安定な体勢になったサンジは、自ら腰を大きく揺すっている。唇の乾きが気になるのか、何度も舌で唇を湿らせる仕草が卑猥だ。
「は……んぁっ……」
不意にサンジの身体が大きく曲線を描き、床に肘をついた。両の太腿でゾロの胴を挟み込むと、痙攣を起こしたかのようにヒクヒクと締め付けてくる。
「気持ちいいか?」
尋ねながらゾロは、サンジの腰をがっしりと両手で掴み、激しく揺さぶった。
「あ……あ……いいっ……いい、気持ちいいっ!」
ヒクッ、と、しゃくり上げるようにサンジの喉が鳴った。
ひんやりとした空気の冷たさに、サンジは小さく身震いをした。
いつの間に眠っていたのだろうか。男部屋のハンモックではなく、キッチンの床の上で裸のままで眠っていたため、身体の節々が痛む。
ゾロはいなかった。
億劫そうに起きあがるとサンジは、衣服を身につけた。
キッチンの窓から入ってくるのは月明かりではなく、朝の光だった。もうそんな時間なのかと、朝食の用意を始める。サンジ自身は食欲はなかったが、ゾロは違うだろう。
テーブルに食器を並べていると、ゾロがキッチンに入ってきた。
「よお。早いな」
くわえ煙草のままサンジが声をかけると、ゾロは何やら口の中でもそもそと呟く。そんなゾロを横目に、サンジは言った。
「腹が減っただろ。食えよ」
夕べは、予定していた以上に運動をしたような気がする。日頃から身体を鍛えているゾロにはどうということもないのだろうが、サンジは微かな身体の怠さを感じていた。しかしそれが不快なものかというと、そういうわけでもなく。どちらかというと、満足感を伴う気怠さに、サンジの頬はついつい緩みがちになっていた。
二人で向かい合って食事をすることは、滅多にない。いったん海に出てしまうと常に仲間たちと一緒の生活だ。狭い船の中では、二人きりになることなど意識して時間を作らなければなかなかできないことだ。それが今日は、二人きりで朝食ときた。過去に付き合ったことのある女の子たちは決まって、身体を繋げた特別な日の次の朝は、朝食を一緒に食べたがった。それは女の子にとって一種のステータスなのだと教えてくれた女性がいる。身体を繋げた翌朝は、幾つになっても特別な朝だと、彼女は言っていた。そうなのかもしれない。今になってやっと、彼女の言っていたことがわかるような気がする。
マグカップを両手で包み込むと、サンジは幸せそうに溜息を吐いた。
トーストを頬張りながらゾロは、サンジをちらりと盗み見る。
夕べは、無理をさせてしまったかもしれない。そんなつもりはなかったのだが、つい、サンジを抱いてしまった。何かというとセックスに持ち込もうとするサンジが、ゾロは苦手でもあった。男同士でありながら恋人という特異な関係を持つようになってからゾロは、サンジに対して一歩引いた位置での付き合いをするよう心がけていた。夕べはたまたま理性のたがが外れてしまったのだと、自分自身にそんな言い訳をしながらゾロは、眉間に皺を寄せる。
決して嫌いというわけではないのだ。
むしろ、抱いてくれと強請ってくるサンジを見ていると、なかなか触れてやることのできない自分を歯痒く思ったりもするのだが、どうもこういった色事が絡んでくるとゾロは引いてしまうようだった。
本音では嬉しいのだ。男同士でありながらも、自分のことをここまで気にしてくれる男はやはり、サンジしかいない。仲間だとか友人だとか、またはライバルだとか、そういったものすべてをひっくるめた関係が、サンジとの関係だった。その頂点にあるのが、恋人というわけだ。
当の本人ですら忘れかけていた誕生日を祝ってくれたサンジが愛しいと思う。もちろん、同じように祝ってくれる仲間たちにも感謝している。しかしこうしてサンジと二人きりで向かい合って食事をとっていると、つい、素っ気ない態度をとってしまいそうになるのもまた事実だった。
それが照れ隠しのポーズだということは、もう随分と前からゾロ自身も気付いている。
素直になればいいのにと心の中で思いながらも、そうすることのできない自分にジレンマを感じている。
目の前のサンジはコーヒーを飲んでいる。仲間たちがいる時とは違い、緊張のかけらもない緩みきった表情で、じっとこちらを見つめている。
「あー……と……」
言いかけてゾロは、口ごもる。「ありがとう」とたった一言、口にするだけだというのに、こんなにも緊張してしまうとは。
「なあ、愛してるか?」
不意に、サンジのほうから尋ねかけてきた。
にっこりと笑っているものの、その眼差しは酷く真剣だ。
「う……」
突然の問いかけにゾロがしばらく押し黙っていると、サンジは席を立ち、ゾロの背後に回った。
背中からふわりと抱きしめてくるサンジは、いいにおいがする。清潔な石鹸の匂いと、煙草混じりのコーヒーの匂い。ゾロは目を閉じて、肩口を抱きしめているサンジの手に自分の手を重ねた。
「……時々、な」
照れ隠しのポーズで、せいいっぱいの素直な気持ちを口にした途端、サンジの喉が満足そうに鳴る。
それでいいのだと返すかのように、サンジは低く笑った。
END
(H16.11.4)
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