望みのままに

  今夜は少し酒が過ぎたかもしれない。
  この歳になってと思いながらも誕生日を仲間たちに祝ってもらった。山本と了平とディーノの三人にビールのジョッキやカクテルを押し付けられ、気付いたら意識がぽやん、となっていた。きっと、嬉しかったのだろう、自分も。久々に羽目を外したような気がする。
  しばらく外の風に当たってくると言い置いて、綱吉は部屋を後にする。
  仲間たちが集まると自宅では狭すぎることもあって、少し前から綱吉は並盛の一角に屋敷を構えている。イタリアのボンゴレ邸には遠く及ばないが、こぢんまりとしたながらもなかなか趣のある建物となっている。
  綱吉が屋敷に移り住むと時を同じくして、母の奈々はイタリアにいる父の元へと行ってしまった。日本に残ったのはフゥ太、ランボ、イーピン。その三人と、獄寺、それに綱吉を含めた五人でこの屋敷には暮らしている。とは言え、山本と了平も足繁く屋敷に顔を出したし、ほぼ毎日のように誰かしら入れ替わり立ち替わり尋ねてきては屋敷に泊まっていくといったことが繰り返されている。賑やかなおかげでしかし、母の不在も気にならなかったし、マフィア間の抗争などにもそれほど胃を痛めることなくすんでいる。あまり大きな声では言えないが、一緒に住んでくれている人たちがいるおかげで気が紛れることはありがたいことだと綱吉も思っている。
  部屋を後にした綱吉がフラフラと廊下を一人で歩いていると、いつの間にか誰かが体を支えてくれていた。
  ふと見ると、獄寺が傍らにいる。
「……あれ? 獄寺君?」
  ぽやん、とした表情で綱吉が声をかける。
  獄寺はちょっと恐い顔をして、綱吉を見下ろしていた。
「飲み過ぎっスよ、十代目」
  そう言うと獄寺は、綱吉の肩を抱き寄せた。
「あ……」
  足下が覚束ない綱吉はふらり、と、獄寺の腕の中に飛び込んでいた。



「やっぱり飲み過ぎですよ、十代目。山本のヤロー、後でとっちめてやる」
  ブツブツと呟きながら獄寺は、綱吉の部屋へと向かう。
  泥酔状態というのはこういうことを言うのではないだろうか。足下はフラフラしているし、頭はボーっとしているし、それに獄寺の体温が身近に感じられて、衣服越しではあったが体が触れるたびに綱吉の下腹部にドクドクと血が集まってくるような感じがする。
「ん……飲み過ぎた、かもしれない。ごめんね、獄寺君」
  面倒かけるねと言った……つもりだったが、ちゃんと言葉にできたかどうかは定かではない。
  廊下を歩いているうちに意識がふわりと雲の上に飛び乗ったような感じがして、次に気付いたら獄寺に抱き上げられていた。
「獄寺君……」
  呟いて手を伸ばすと、獄寺の頬に指があたる。
  きり、と横一文字に引き結ばれた唇に触れてみたくて、指先でそろりと撫でると、困ったような獄寺のエメラルドの瞳が、綱吉をじっと見つめてくる。
「獄寺君、好き……」
  静かに告げると、獄寺はますます困ったように眉間に皺を寄せる。
「十代目。すごく嬉しいんスけど、そういうことは素面の時に言っていただけませんか?」
  それは無理、と、綱吉は胸の内で呟く。
  素面の時にそんなことを軽々しく口にできるほど、綱吉は色恋に慣れてはいない。
「ダーメ。今だから言うんだよ」
  そう言うと綱吉は、獄寺の頬を両手で包み込み、ぐい、と顔を引き寄せた。
「危ないっ……」
  慌てて立ち止まった獄寺の顔が近付いてきて、唇が合わさる。
  チュ、と音を立てて綱吉が獄寺の唇を吸い上げると、同じように上唇をやんわりと甘噛みされる。
「んっ、ん……」
  もっと、深く……もっとたっぷりと獄寺のキスを感じたいと、綱吉が舌を突き出す。獄寺の唇がパクリと綱吉の舌を口に含み、優しく唾液ごと吸い上げられた。
「ん、ふ……っ」
  チュク、と湿った音がして、綱吉の体が小さく震える。
  唇が離れるのがたまらなく口寂しいような気がして、舌を深く絡めて二度、三度とキスを繰り返す。
「ダメですよ、十代目」
  軽く咎める獄寺の唇が、微かに綱吉の唇に触れてくる。
「……うん」
  まだ、顔も体も熱い。
  頷いたものの綱吉は、獄寺の首筋にしがみついて早く部屋へ連れて行ってと強請った。



  獄寺が少し体を屈めて綱吉の体をベッドにそっと下ろそうとしたところで、首筋に回した腕でぐい、と自分のほうへと引き寄せる。
「うわっ!」
  驚いたような獄寺の声に、綱吉は小さく笑い声をあげた。
「獄寺君にも祝って欲しいな、誕生日」
  フフ、と笑うと綱吉は、獄寺にしがみついていく。
  覆い被さってくる獄寺の体の重みを全身で受け止めながら、綱吉は囁きかける。
「もっと、キスしたい」
  獄寺の耳たぶにキスをする。唇で触れて、舌でペロリと舐め上げる。
  すっと体を離した男が、ネクタイを緩めながら綱吉に覆い被さってくる。煙草と、柑橘系のコロンのかおりが綱吉の鼻先をフワリと掠めていく。
「キスだけっスか?」
  どこか困ったように尋ねてくる獄寺の頬を綱吉は両手で包み込み、引き寄せた。
「キスだけでも、それ以上でも……獄寺君の、望み通りに」
  恥ずかしそうにそう告げると綱吉は、獄寺の唇にかぶりついていく。
  唇を合わせた獄寺は、綱吉の望み通り、深いキスを何度も繰り返した。
  きっと明日の朝は二人とも、精神的な充足感と、肉体的な疲弊感とがごっちゃになった状態で目覚めることだろう。
  だけどそれでも構わないと、綱吉は獄寺の身体を抱きしめる。
  誕生日の日ぐらい、欲しいものを欲しいと言わないで、どうするのだ。そんなふうに思うと綱吉は、もたつく獄寺の手に自分の手を重ね、二人で着ているものを脱がし合う。
「朝まで一緒にいてくれるよね?」
  甘えるように鼻先をすり寄せると、獄寺は低く喉を鳴らして笑った。
「──はい、喜んで」



(2011.10.26)



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