体が疼いてたまらない。
午後のお茶の時間を過ぎた頃からずっとそうだ。
溜め息をつくとフゥ太は、キーボードを叩く手を休めた。
椅子の背もたれに背を預け、伸びをする。
凝り固まった筋肉をほぐすために何度か腕を回してからトン、トン、と肩を拳で叩いた。 「疲れているようですね」
不意に背後で声がした。
夕食の後はずっと自室で作業をしていたが、フゥ太の他には誰も部屋にはいなかった。
誰かが部屋に入ってくる気配もなかったから、これは気のせいだとフゥ太は自分に言い聞かせる。今しがたの声は、疲れからくる単なる幻聴なのだ、と。
知らん顔をして椅子にもたれていると、体中の産毛という産毛がぞわりと総毛立つ。
あの声は幻聴などではなかったのだ。
この感覚は、よく知っている。彼だ。骸がこの部屋に来ているのだ。
フゥ太は目を閉じたまま、微かなうめき声をあげた。
椅子にもたれたまま恐る恐る目を開けると、見知った顔がフゥ太を見下ろしていた。
「少し顔色が悪いようですね」
そう言われて初めてフゥ太は、目の前の男にそっと手を伸ばした。
触れたら、消えてしまうかもしれない。自分の勝手な想いがこの男の幻を呼び出したのだとしたら、指先が届く前に彼は消えてしまうだろう。
仰ぎ見た男の顎先に指を滑らせると、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
「今日はおとなしいのですね、フゥ太君」
猫撫で声でそう言われて、フゥ太は眉間に皺を寄せた。
「今日ぐらいはおとなしくしてようと思ったのに」
と、唇を尖らせた途端に男の唇が額に降りてくる。チュ、と小さな音を立てて、くちづけられた。
気に食わない。この男の何もかもが、フゥ太は気に入らない。
苦虫を噛み潰したような顔で男を見つめ返すと、彼は嬉しそうに喉を鳴らしてクフフと笑った。
そのままの体勢で、唇をペロリと舐められた。
男の舌はざらついていて、まるで肉食獣のようにザラザラとしている。
フゥ太は、体の奥底に微かな欲望の炎が灯るのを感じた。
体の疼きはますます酷くなっている。
何故、こんなにも体が疼くのだろうか。
目の前の男を睨み付け、フゥ太は椅子から立ち上がった。
「今日はもう仕事にならないから、休むことにするよ」
誰にともなくそう呟いたフゥ太は、骸のほうをちらとも見ずに続き部屋になっている寝室へと向かう。
気配で、骸が寝室まで後をついてきていることがわかる。フゥ太はこっそりと溜息をつくと、解いたネクタイをソファの背もたれにポイ、と放り投げた。
「手伝いましょう」
すぐに骸の手が、フゥ太の服の裾をまくり上げた。
「着替えなら一人でできる」
微かに触れた骸の手の感触に、体の奥の疼きがさらに大きくなったような気がする。
シャツを脱いでいるうちに、骸の指がフゥ太のベルトにかかった。
「脱がしてあげましょう」
背中に、骸の吐息がかかった。
くすぐったいような熱いような感覚に、フゥ太は首を竦める。背筋がゾクゾクとした。
「いらない」
冷たくそう言ってフゥ太は、骸から離れようとする。
「どうしてですか?」
カチャカチャとベルトの金具が音を立て、ついでスラックスのファスナーが下ろされる。 「変態」
小さく呟いて、フゥ太は背後から回された手を掴んだ。
骸の手は、少しひんやりとしていた。
首筋に押し当てられた唇の感触が、フゥ太の体の熱を上昇させる。
チュ、と音がして、皮膚を吸い上げられる。微かな痛みに、所有の印が刻まれたことをフゥ太は知る。振り向き、背後の男を睨み付けた。
「嫌でしたか?」
穏やかな声に、吐き気を感じた。
嫌だと言いたかった。だが、心の底から嫌なわけではない。この男が自分のところへやってくるのを、心待ちにしている自分がいる。この男のことは信用してはならないというのに。
「僕は、あなたのものにはならない」
吐き捨てるようにそう告げると、髪にキスを落とされた。
「そんなことはわかっています」
と、骸は穏やかに返す。
お互い、望んでいるものは手の届かないものだ。だからひとときだけでもそのことを忘れるためにこうして寄り添うのだと、以前、骸は言った。
そうなのだろうか?
そんなことを朧気に思い出しながらもフゥ太は、骸の手がスラックスの中に差し込まれるのを感じている。
下着越しに、性器にやんわりと爪を立てられた。
「あ……」
その手の動きが嫌ではないことに、苛立ちを感じる。
この男の吐息が首筋にかかるのも、唇が耳たぶをやんわりと甘噛みするのも、嫌ではなかった。
そうやって触れられるだけでフゥ太の背筋はゾクゾクとして、体が熱くなってくる。
「──…やめろ」
呟いた否定の声は弱々しく、掠れていた。
男の熱をフゥ太は背中に感じていた。
時折、悪戯な唇が首筋や耳たぶを愛撫する。指先はもっと意地悪だった。竿の側面を爪でキリリと引っ掻いたかと思うと、先端の割れ目に爪をねじ込み、きつく擦られた。そのたびにフゥ太の膝はカクカクとなる。立っていられないほどの快感を与えられ、背後の骸に支えてもらわなければならないほどだというのに、いつまでたってもこの行為が続いている。
絶頂に至るほどの快感を骸が与えてくれないのは、わざとだろうか。
ぐっと尻を背後の男に押しつけると、骸は微かに笑った。
「もう少し辛抱しなさい、フゥ太」
そう言われて、フゥ太はムッとした。人を馬鹿にしてと男を睨み付けようとした途端、シャツが肩からずり落ちかける。
この行為が始まった時、ボタンはまだ外してはいなかった。いったいいつの間にボタンが外されたのだろうか。
「時間はまだあります。ゆっくり愛してあげますよ」
裸の肩口に噛みつき、骸は言った。
「ん……」
愛してなんてほしくないと、言いたかった。
自分が望んでいるものは、そんな即物的なものではない。
そうではなくて、もっと……。
この行為に溺れてしまうことがいいのにと、フゥ太は思う。骸の手は優しくて、奔放で、なかなかフゥ太が思うように快感を与えてはくれないが、それでもこの手がいいと思わずにはいられない。 玉袋ごと根本を揉みしだかれ、フゥ太はあられもない声をあげてしまった。
啜り泣くような声でやめてくれと何度も繰り返していると、そのうちに骸の手が離れていった。
「お望み通りやめましょうか?」
そう尋ねられた時には、フゥ太の下着だけでなくスラックスの前までもが先走りでぐしょぐしょになっていた。
唐突に行為を中断されたフゥ太は、ずるずると床にへたり込んでしまった。
はあ、はあ、と粗い息を繰り返しながら、手を自分の下腹へと持っていく。
スラックスの中で先走りを滴らせる性器に触ろうとしたところで、骸が背後から肩を抱きしめてきた。
「見ててあげますから、上手にしてくださいね」
背後から覗き込むようにして骸は、フゥ太の手元を見つめている。
「なっ……」
体を強張らせて骸から逃れようとすると、クフフと耳元で笑われた。
「それとも、少しばかり君のお手伝いをしてあげましょうか」
そんなものはいらないと言いかけたフゥ太の手に、するりと蔓草が絡みついた。
「あっ……!」
ズルリ、と蔓がフゥ太の腕に絡みつき、拘束する。両手の動きを封じられたフゥ太は、なんとか蔓を振り解こうとした。足下から這い上がってくる蔓の動きに、またしても股間が熱くなる。
蔓自体が意志を持っているのだろうかと思われる緩慢な動きで、ゆっくりとフゥ太の体に絡みついてくる。ゆっくりとずり上がってきた蔓は、フゥ太の胴をぐるりと一回りした。蔓の表面に生えた繊毛が、肌を這うたびに骸の指に与えられるものとはまた別の快感をフゥ太に与え、体の奥を熱くした。
「ん……」
蔓の先が、なにがしかの意志を持ってフゥ太の乳首をやんわりとつついた。
「やっ……ぅ……」
逃げようとするが、背後から骸に抱きかかえられ、これ以上フゥ太は身動きを取ることができなかった。
「嫌だ……」
ズルリと、蔓の先端が乳首を締め付ける。繊毛の一本いっぽんがフゥ太の乳首を刺激し、ズルリ、ズルリと動くたびに快感を与えてくる。
「やめて……」
はあ、とフゥ太が息を吐くと、骸の指がつん、とペニスの先端をつついてきた。
「その可愛い声で、もっと鳴いてください」
亀頭の縁を爪で引っ掻かれると、フゥ太の体がビクビクと震えた。そこではない。望んでいる快感は、そこではないと言いかけて、唇を噛み締める。
「い、や……」
もっと強い刺激が欲しいのに、これでは生殺しの状態でしかない。
乳首とペニスを執拗に責められ、フゥ太は頭を左右に何度も振った。
「も、やめて……おかしくなるからっ!」
叫んだ瞬間、骸の手が竿全体を握りしめ、リズミカルに扱き始めた。
「あ、ああ……」
背を弓なりに仰け反らせたフゥ太の顎を、骸のもう一方の手がぐい、ととらえる。
「いい声ですね」
ニヤリと笑った唇がフゥ太の頬を掠めていく。
その感触に、フゥ太は唇を突き出した。
すかさず骸の唇がフゥ太の唇に触れてくる。
その途端、フゥ太は目の前の男の唇に噛みついた。口の中に鉄臭い血の味が広がり、フゥ太は顔をしかめた。
(2010.4.11)
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