案内の男に連れられて、Gは山の中をもう随分と長い時間歩かされていた。
慣れない獣道に足にできたマメがジクジクと痛み始め、案内の男が口にした、あの男からの遣いだという言葉に疑念を募らせながらも黙々と地面を踏みしめていく。
不意に振り返った案内の男を眼光鋭く睨み付けるとGは、唸るように喉の奥から声を絞り出した。
「本当にこの道で合っているんだな?」
威嚇するような眼差しに案内の男は僅かに後退る。怯えているのだろう。
再度Gがギロリと相手を睨み付けると、彼は我に返ったように慌てて首をぶんぶんと縦に振った。
「ま、間違ってなど……」
もうすぐですと悲壮な声で案内の者が言うのに鷹揚に頷き、Gは歩き続ける。
ふと見ると、木立の向こうに少し開けた場所があるようだ。小高い丘へと続くなだらかな斜面の先、薄闇の中に、大きな木が見えてくる。そのすぐ傍らに、人が佇んでいるような気がする。
──あそこか?
口の中で小さく呟きつつも、Gの足は自然と早くなる。案内の者を追い抜き、斜面を一気に駆け上がったところで期待が確信に変わる。
彼だ。
何度も再会を夢に見た、彼がすぐそこにいる。手を伸ばせば届くあと少しの距離のところで、Gの到着を待っている。
ジョットは異国の装いで、しかし雨月が身につけているものとは少し異なるようにも思える出で立ちをしている。どこかしら寂しそうな様子の背中に縋り付きたいような愛しい気持ちが込み上げて、Gは小さく息を吐いた。
彼はすぐそばの木を見上げて物憂げな表情を作った。暗がりの中にぼんやりと白く浮かび上がる花々が、儚くも美しい光を放っている。
「G……お前にもこの景色を見せてやりたかった……」
ポツリと男の呟きが聞こえてくると共に、Gの中に男に対する愛情が溢れ返る。
「……ジョット」
押し殺し、掠れた声でGが名を呼ぶ。
「ジョット、俺はここだ」
Gの声に、男がゆっくりとこちらを振り返る。
まさか、と唇が囁きを形作り、ジョットの瞳が驚きに大きく見開かれる。
すらりと整った顔立ちに、癖のある軟らかな髪。間違いない、ジョットだ。男はG見て、ふんわりとした笑みを浮かべた。
「ようやく来たか……G、遅かったな」
艶のある男の声がGの名を呼ぶ。
恋人の甘い微笑みに、Gの体中に微かな戦慄が走る。
「本当に……ジョット、お前なのか?」
遣いの男の言葉を完全に信じていたわけではない。だが、男の言葉に一縷の望みをかけ、故国から遠く離れたこの異国へとやって来た。
夢ではなかったのだ。
やはりあれはジョット、愛しい恋人からの遣いだったのだ。
「会いたかった」
Gの唇からするりと言葉が零れ出た。
足早に最後の何歩かを進めると、愛しい男の胸の中へとGは飛び込んでいく。
次の瞬間Gは、強い力で抱き締められていた。
「G、オレも会いたかった」
甘えるように頬を擦り寄せるジョットの肩越しに、ぼんやりと闇に浮かぶ淡く光る花々が見える。
綺麗だなと思いながらGは目を閉じ、愛しい男に力いっぱいしがみついた。
(2019.3.26)
(2019.4.30加筆修正)
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