食べ終わった後の食器を下げてもらうと、部屋の中の温度が急に上がったような感じがしてくる。
二人きりだからだろうか。
落ち着かない。
小動物のように綱吉がごそごそとするのに対して、獄寺は苛々と時間を持て余しているように見える。
することが何もないというのは、こんなにも手持ち無沙汰な感じがするものだったのかと、今さらながらに綱吉は思う。
獄寺は煙草を吸いたいのだろうか、先ほどからシャツのポケットにあるシガレットケースに手を伸ばしては膝の上に戻してと、せわしなさそうにしている。
「疲れているのに、ごめんね」
綱吉は言った。
本当は、今すぐにでも休んでもらいたいと思っている。昨日までの強引なスケジュールのことを考えると、今、綱吉の我が儘でここにこうして呼びつけているのも申し訳ないぐらいだ。
「いいえ、十代目のご用とあらば」
にこりと笑う獄寺の頬は、日本を発つ時から比べると少し肉が削げ落ちたのではないだろうか。
「用ってほどのものじゃないんだ」
だから断ってくれても構わないと前置きをしてから、綱吉は改めて獄寺を真正面から見つめた。
綱吉が話しだそうとしたところで、デスクの電話が鳴った。いつになく苛々しながら、受話器を取る。山本からだった。
「どうしたの山本、こんな時間に。……うん。ああ、そう…いや、うん。一緒だよ。うん。……じゃあ、その件はそっちに任せるよ」
のらりくらりとかわしながらも、綱吉にしては早々に会話を切り上げた。向こうの受話器が置かれたのを確認するや、綱吉は大きな音を立てて受話器を置いた。普段は温厚な綱吉が、だ。
ぎょっとして獄寺は、綱吉に視線を向ける。
いつもは穏やかな綱吉だが、感情の波が一定のラインを越えるとめっぽう怖いのだ。
「何かあったんスか?」
怪訝そうに尋ねる獄寺に、愛想よく綱吉は笑いかけた。
「なんでもないよ。それより、俺の部屋に行こう」
言い訳がましく綱吉は、ここだと電話がうるさいからとか何とかブツブツと呟いている。
二人は執務室を出て、綱吉の部屋に向かった。
整頓された執務室に比べると、プライベートルームは散らかり放題だった。
床の上に投げ出された雑誌を目にして、獄寺は小さく笑った。この人は、中学生時代からちっともかわらない、と。
「なに笑ってんだよ」
どこかしら拗ねたような表情で、綱吉が問う。
「いいえ、なんでもありません」
返しながら獄寺は、部屋の鍵がカチリと閉まる微かな音に気付いていた。
もう、後戻りはできない──
手を引かれた獄寺は、綱吉のベッドへと連れていかれた。
「十代目……」
声が掠れているのは、喉がカラカラに渇いているからだ。
ベッドの端に腰かけて、綱吉を見上げる。
立ち尽くしたままの綱吉が、淡い笑みを浮かべた。
「不思議だよね。いつもは見上げる側の俺が、獄寺君を見おろすなんてさ」
そう言って獄寺に近づくと、そっと頭を抱き寄せる。ちょうど綱吉の腹のあたりに獄寺の鼻先がつく。
「身長で好きになったわけじゃありませんから」
獄寺の言葉に、綱吉は目元をほんのりと赤くした。
「俺、も……」
綱吉はぎこちなく、獄寺の髪に唇を寄せた。
中学生時代の綱吉は、身長も低ければ体も華奢だった。平均的な体格だったとしてもなよなよとしていて、一緒にいる獄寺や山本と比べると、小さく見えた。それは十年経った今でも続いている。獄寺と山本はすらりとした長身の青年に成長したが、二人と比べるとどうしても綱吉は背が低く、弱々しく見えた。しかし獄寺は、それが見せかけのものでしかないと知っている。ここぞという時には綱吉は、思慮深くあったし、行動力もあった。仲間を引っ張っていくだけの力を充分持った人だということを、いったいどれだけの人間が気付いているだろう。
獄寺は鼻先をぐいぐいと綱吉の腹に押しつけた。
「ちょっと……獄寺君、こそばいよ」
言いながら綱吉は、ふざけて何度も獄寺の髪にキスをする。
「十代目……あなたのことが、好きです」
ぎゅっと綱吉の腰に手を回し、獄寺が告げた。
表情を見られたくないのか獄寺は、綱吉の腹にしっかり鼻先を埋めている。
「うん。俺も、だよ」
綱吉がそう返すと、獄寺はさらに強い力で腰に回した腕に力を込めてくる。
「あ……愛して、いるんですっ!」
必死になって言葉を紡ぐ獄寺に、綱吉はごめんね、と呟いた。
「ごめんね、獄寺君。こういうことって、俺からも言わなきゃダメだよね」
どう告げたものかと考えながらも綱吉は、獄寺の柔らかな銀髪に指をさしこみ、うなじを軽くなぞった。
「先に獄寺君に言われちゃったけど、俺も、獄寺君のことが好きだよ。愛……してる」
多分、自分は獄寺のことを中学生時代から好きだったのだろうと、綱吉は思う。あの、二人だけで海に行った日にキスされてからずっと、彼のことを想い続けてきた。
言葉にしたこともなく、そういった意思表示をしたこともなかったが、常に彼のことは気にかけてきた。
親友という言葉に逃げようとしたこともあったが、そうではなかった。
自分はいつしか獄寺のことを、恋愛の対象として見ていたのだ。
「キスしてもいい?」
尋ねると、獄寺がゆっくりと顔を上げた。
耳たぶまで真っ赤になった獄寺は、どことなく頼りなさそうな表情をしている。
「……はい」
掠れる声で、獄寺が返事をする。
すっきりとした頬の輪郭に手を這わせ、唇を近づけていく。
「十代目……」
何かいいかけた獄寺の唇に、自分の唇をそっと合わせた。
列車の中でのような慌ただしさは、なかった。
味わうように唇を合わせ、舌を互いの口の中に侵入させた。吸われ、吸い上げられ、唾液を交換し合う。お互いに息が苦しくなるほど何度もキスをして、ようやくどちらからともなく顔を離した。
綱吉の唇に唾液の雫が残り、一瞬、細い糸を引いた。
獄寺は、いつの間にか綱吉のシャツをスラックスの中から引きずり出していた。小柄だが、成長して程良く筋肉のついた腹に恐る恐る手を這わせたかと思うと、ボタンをひとつひとつ外そうとする。
そんな獄寺の様子を綱吉は、愛しげに見つめていた。
もう、お互いに子どもの頃の自分たちではない。
恋愛のひとつやふたつ、経験した。性的な体験だって、きっと獄寺のことだらかとっくにすませているだろう。綱吉はと言えば、そういったことはまだ一度として、経験がない。どうしたものかと思いながら、獄寺のネクタイをぎこちない手つきで解こうとした。
「ねえ、獄寺君。くすぐったい」
ざわざわと、綱吉の肌がざわめき立つ。触れられるだけで体が熱くなっていくのを、止めることができない。
「すみません。俺、我慢できないみたいで……」
悪びれた様子もなく、獄寺が告げる。
うっとりとした眼差しは潤みがちで、濡れたエメラルドのようだ。色っぽいと綱吉は素直に思った。
「ダメだよ」
綱吉ははっきりと言った。
「俺は、ずっと君とこうしたいと思っていたんだ。せっかくもらった君の時間なんだから、大切にしたいんだ」
腰をかがめて綱吉は、獄寺の耳元に囁きかけた。
「とても大切な時間なんだ」
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