空の色は… 3

  キラキラと光るものの正体を確かめに行こうと思ったのは、ここでの生活に嫌気がさしていたからなのかもしれない。
  朝食の後でふらりと中庭に出た獄寺は、林を通り抜け、森の奥へと足を向ける。
  今日も森の奥で何かがキラキラと光っている。
  あの光は、いったいなんだろう。
  陽の光がなにかに反射していることはわかっていたが、それがなんなのかはわからない。なにか建物があるのだろうという憶測の元、獄寺は木々の間を歩いていく。
  あの向こうだ。
  林のずっと向こう、枝々の影に隠れた奥に見える……ぐるぐると林の中を歩き回ったような気がする。遊歩道として整備されたところを歩きもしたが、それよりも藪に潜り込んで獣道を歩いた時間のほうが長かったような気がする。
  いつの間にか額や脇の下や背中が汗でじっとりと湿っていた。そんなに動き回ったわけでもないのに、気がつくと息が上がっていた。
  無意識のうちに肩の傷を庇いながら歩いているから、呼吸が乱れやすくなっているのだろうか。
  獣道を辿っていくと、随分と森の奥へ来たような気がする。
  薄暗い木々の間を縫って歩いて随分と時間も経っている。
  ゴールはどこだろう。
  立ち止まり、獄寺はあたりを見回した。
  重なるようにして覆い被さってくる枝の葉陰に、キラリと光るものが見えた。
「あそこか……」
  掠れた声で呟いて、獄寺はもう一踏ん張りと足に力を込めて歩き出す。
  獣道の向こうには、温室が見えていた。



  足音をひそめて、温室へと近づいていく。
  誰がいるかわからないから、気配もなるたけ消すように注意しながら、近づいていく。
  ここも、ディーノの持ち物のひとつだろう。おそらくはこの森全体が屋敷の一部になっているのだろう。さすがキャバッローネだと獄寺はひとりごちた。
  温室のドアに手をかけると、そっと力を込める。
  鍵はかかっていなかった。
  森の中から見ると小さく見えたが、こうして近寄ってみるとなかなかの大きさをしている。こんなところに温室を造るだなんて、金持ちの考えることは理解できない。そういえば自分の父もこんなふうにわけのわからないことに金を注ぎ込む癖があるが、あれと同じことなのだろう、きっと。
  温室の中は湿気と土、それから花の香りが充満していた。
  ムッとするような湿気が息苦しく感じられ、獄寺は眉間に皺を寄せる。
  ここに自分は、用はない。早々に立ち去ったほうがいいだろう。
  クルリと踵を返すと獄寺は、温室から出ていく。
  光の正体はわかったのだから、もういい。表へ出た獄寺は、気は済んだとばかりに大きな溜息をつく。
  温室から少し外れたところに、遊歩道らしき小道が見えていた。あの道を歩けば、もしかしたらもっと早くにここへ辿り着くことができたかもしれない。だが、屋敷とこの温室とを繋ぐ道は明らかに巧妙に隠されていた。ここへは、他人を寄せつけたくないのだろう。
  微かな罪悪感を抱えた獄寺は、小難しい顔をしたままゆっくりと小道を歩いていく。
  帰りは、来たときの半分ほどの時間で屋敷に辿り着くことができた。
  やはりあの温室は、ディーノにとってなにか特別な場所なのだろう。
  屋敷のドアをくぐり、自室へと獄寺は向かう。
  歩きづめで疲れたからだろうか、今日は周囲の人間の視線があまり気にならなかった。
  部屋に戻った獄寺は早速バルコニーに出ると、あのキラキラと光るあたりをじっと見つめる。
  きっとディーノは、あの場所を大切にしているのだろう。あんな森の奥にある温室だが、丁寧に人の手が入れられていた。
  人は誰しも、大切なものを持っている。
  ディーノにしたって、それは同じはずだ。
  もう、好奇心は満たされた。あの場所へは二度と行くことはないだろう。
  バルコニーの手すりにもたれると、煙草を口にくわえる。
  今日は運動をしたからだろうか、あまり煙草を吸いたいとは思わない。しばらくは煙草を口にくわえたままぼんやりとしていた獄寺だったが、あの温室がキラキラと光る様子を眺めているうちに、いつしか煙草をケースに戻していた。
  何故だか、煙草を吸うような気分ではなくなってしまったのだ。
  かわりに宙を見上げると、青く澄んだ空が広がっていた。
  綱吉のところまでずっと続いている空を見ていると、無性に日本か恋しくて溜まらなくなっていく。
  帰りたいと獄寺は呟いた。
  どうにもならない自分の状況が、悔しくて、たまらなく腹立たしい。



「いったいいつになったら日本に戻れるんだ」
  数日ぶりにディーノと顔を合わせることができた獄寺は、開口一番にそう尋ねた。
  もう、これ以上はここで燻っているわけにはいかない。一刻も早く綱吉のそばに戻りたい。嵐の守護者として、なによりもボンゴレ十代目の右腕として、綱吉のためにそばにいたいと獄寺は思う。
「まあ、そんなに焦るなよ。まだ、傷口が完全に塞がったわけじゃないんだから」
  そう言ってディーノはあっさりと獄寺の言葉を聞き流す。
  まさにのれんに腕押し、だ。どんなに獄寺が日本に戻りたいと訴えたところで、ディーノはこれっぽっちも聞き入れてくれない。だが、綱吉の命令で彼がそうしていると言うのなら、やはりここはディーノの言葉を信じるしかないだろう。
「本当に十代目と連絡を取ってるんだろうな」
  ギロリ、と相手を睨みつけると、彼は人当たりのいい笑みを浮かべて獄寺の頭をポン、と優しく叩いた。
「連絡はちゃんと取ってる。その証拠に、来週の今頃にはツナのやつがこっちに来るって言ってるんだから、安心しろって」
「十代目が?」
  わざわざ、イタリアまで?
  いったいなんの用事で、こんなところまで来るのだろうと獄寺は思う。怪訝そうな顔をしていたからだろうか、ディーノは小さく咳払いをすると、獄寺にこう告げた。
「ハヤト。お前が遂行していた任務は、お前の部下たちが無事に完遂した。ツナのほうも一段落ついたらしいから、直々にお前を迎えに来るって言ってたぞ」
  だからそれまではおとなしくしていろと、ディーノは言う。
  納得するには躊躇われるようなわざとらしい言葉だったが、獄寺は無理矢理に頷くしかなかった。



  自室のベッドにごろりと仰向けになると、天井を見つめる。
  染み一つないきれいな天井だ。
  夕方の風が開け放たれた窓から入りこんでくると、まだ治りきらない肩がほんのりと痛むような気がする。
「十代目……」
  呟いて、じっと天井を睨みつける。
  本当に綱吉は、日本を離れ、イタリアまで来るつもりなのだろうか。
  たかだか部下の一人を迎えにくるために、ボンゴレ十代目が自らイタリアへ出向くだなんて、信じられない。確かに自分は右腕で、守護者の一人でもあるわけだが、だからと言って綱吉が他の守護者にも同じようにするとは思えなかった。
  それに、どうして今なのだろう。
  任務が完了して日本へ戻ったら抱いてもらえる約束になっている今この時期に、どうして綱吉が自分を迎えに来るのだろう。
  納得いかねーな、と獄寺はポツリと呟いた。
  どうも、綱吉らしくない。
  自分の知っている綱吉が、一人だけを依怙贔屓するような真似をするだろうか? もちろん、相手にもよりけりだろうが、自分に対してなら綱吉はきっと、こんなことはしないはずだ。たとえ恋愛感情が絡んでいたとしても、それだけはないだろうと思われた。
  何故なら綱吉は、獄寺がなにを置いても日本へ……綱吉の元へと戻ってくるだろうことを知っているから、だ。
  どこか作為的なにおいがする。
  いったい誰が、なにを企んでいるのだろう。
  いったい、なんのために?
  眉間に皺を寄せたまま目を閉じると、意識が沈みそうになるのを感じた。
  きっと朝のうちに森の奥にある温室を探して歩いたのが、相当こたえたのだろう。
  夕食の時刻までは、まだ少し時間がある。一眠りして、それから食事にすればいい。万が一寝過ごしたとしても、ここでは獄寺は賓客だった。食事ぐらい、後からでも用意はしてもらえるだろう。
  深く息を吸い込むと、いっそう眠気がこみ上げてくる。
  二度、三度とゆっくりと深呼吸をしたところまでは覚えているが、いつの間にか獄寺は眠ってしまっていた。
  窓の外の空は、西の向こうから茜色が広がりだし、沈んだ紺碧の空に少しずつ混ざり合っていくところだった。



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(2012.11.18)


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