予定の日はとうに過ぎていた。結局のところ綱吉は、来なかったのだ。
穏やかな日常がただ粛々とやってきては終わっていく。
ディーノは、もう綱吉のことを口にすら出さなくなっていた。
何かあったのだろうか。
綱吉の声を聴きたいと思いながらも、今更どんな顔をして連絡をすればいいのかが獄寺にはわからない。
「十代目……」
胸がチクチクと痛いのは、怪我のせいではない。
これは……この気持ちは、綱吉に対する恋慕の情だ。
ベッドにゴロンと横になれば、白い天井が目に入ってくる。
染み一つない天井が、目に痛い。
目を閉じると、窓の外から鳥のさえずりが聞こえてきた。葉擦れの音と、風に揺らぐ木々のざわめき。のどかで穏やかな日常が広がっている。
「十代目……」
会いたいと思えば思うほど、気持ちが込み上げてきてたまらなく切なくなる。
迷惑をかけてはいけないと思うものの、会いたいという気持ちを抑えることが出来ない。
「会いたいっス、十代目」
ぽそりと呟くとは、はあぁ、とため息をつく。
このままでは体が鈍ってしまいそうなのも怖かった。ここでは、一日中寝て過ごそうが、ブランチをベッドの上で食べようが、誰も何も文句を言うことはない。ただ、鍛錬をしだすとどこからともなくディーノの部下たちが現れて無理をしないようにと口を出してくる。運動らしい運動もできず、傷を治すことを最優先にここで過ごすというのは、獄寺には物足りなくもつまらない日常でしかなかった。
「つ……な、ょし、さん……」
目を閉じたまま小さく呟いてみる。
こんなに味気ない日々を、あとどれぐらい過ごせばいいのだろう。
そんなことを考えながら獄寺は、ウトウトと眠り込んでしまう。一日のスケジュールは、特に決められてはいない。何も考えず、獄寺の好きなように過ごせばいいのだから。
心底つまらない日常だ。
一日も早く、綱吉の隣に立ちたい。綱吉の横で守護者として、やるべきことを果たしたい。
何より綱吉に、会いたい。
目が覚めたのは、人の気配を感じたからだ。
気配に気づくと同時に飛び起きた。
と、同時にガッ、と額を何かにぶつける。
「いっ……?」
片手で額を押さえながら顔を上げると、ごめんごめん、と苦笑する綱吉がいるではないか。
「じ……十代目……!」
息を飲んでまじまじと目の前の人を見つめる。
夢ではないだろうか。会いたいと思う気持ちが高じて、幻を見ているのではないだろうかとポカンとしていると、目の前の人がクスッと笑う。
「元気そうでホッとした」
そう言って綱吉は、手を伸ばしてきた。
「遅くなってごめん。迎えに来たよ、獄寺くん」
差し伸べられた手が、獄寺の頬を優しく撫でる。
「本当に、十代目……っスか?」
信じられないとでも言うかのように獄寺は、頬をなぞる綱吉の手に自身の頬を押し付けていく。
「ディーノさんに何度も連絡をもらっていたんだけど、なかなか来れなくてごめん」
本当はすぐにでも来たかったんだけど、と綱吉が告げる。
きっと、綱吉には綱吉の事情があったのだろう。獄寺は首を横に振り、微笑んだ。
「いえ、十代目が来てくださっただけで俺は……」
綱吉に会うことができた、それだけで獄寺は十分だった。
あとは、日本に……並盛に、二人で戻るだけだ。
「明日のフライトで帰るから、今夜はゆっくり休むといいよ」
そんなふうに綱吉が声をかけてくるのが、どことなくこそばゆいような感じがする。
獄寺はベッドに座りなおすと綱吉の顔を見た。
あの約束を、綱吉は覚えているだろうか。別れ際にした約束のことを、綱吉はどう思っているのだろう。
「あの……」
「ん?」
気まずそうに獄寺は口を開こうとしたが、結局のところやめてしまった。
自分だけが物欲しそうにしているのではないかと思うと、急に怖くなったのだ。
「あ、いや、何でもないっス」
その後、少し早いディナーを用意してもらい、綱吉を交えてディーノ、雲雀の三人と一緒にテーブルを共にした。
いつになく賑やかな食事の席に、獄寺は日本が心底懐かしいと思った。
早く、帰りたい。
明日だ何て言わず今すぐにでも、並盛に帰りたい……。
夜も更けてきたものの、なかなか寝付くことができないのは興奮しているからだろうか。
遠足前日の子どもかよと自分で自分にツッコミを入れつつ、獄寺はベッドの上でゴロンと寝返りを打つ。
明日は早朝に屋敷を出て、空港まで行く。昼過ぎの便に乗れば翌日の夕方には日本に到着しているはずだ。
もうすぐなのだと思うと、それだけで気持ちが昂ってくる。
もう一度ゴロンと寝返りを打つと、不意にあの約束のことが頭の中に蘇ってくる。
「あ……」
並盛に戻ったら、あのときの続きをしてくれるのだろうか、綱吉は。
胸がキュッ、と苦しくなるのはどうしてだろう。
自分に自信がないというわけではない。しかしあのとき、綱吉に最後まで抱いてもらうことができなかった自分が情けないような、恥ずかしいような気がしてくるのだから仕方がない。
寝転んだまま自分の頬をそっと指でなぞる。
綱吉に触れられた頬が、ほんのりと熱いような気がする。
なかなか寝付くことができないのも、昼間、綱吉に触れられたからかもしれない。綱吉の指先の温かさが自身の頬にまだ残っているような感じがして、なんとなく気恥ずかしい。
「十代目……」
呟きが部屋の中に小さく響く。
綱吉が迎えに来てくれたことは嬉しいが、獄寺にとっては新たな悩みが出てきてしまった。
あのときの続きをすることになったら、また失敗するのではないだろうか。前回のように気持ちばかりが先走ってしまい、挙げ句緊張して綱吉を受け入れることができなかったらどうしよう。また、お預けになるのだろうか。そんなことを考え始めると余計に目が冴えて、眠れなくなっていく。
ベッドの上でゴロゴロしていると、控えめなノックの音が聞こえたような気がした。
慌ててベッドに起き上がり、息を殺す。
「あの……獄寺くん、まだ起きてる?」
かすかな声が聞こえてくる。
綱吉だ。
獄寺は慌ててベッドから降りた。
「じゅっ……十代目、どうなさったんですか」
そっとドアを開けるとその向こう側には綱吉が佇んでいた。
「や、ごめん……あの、なんだか眠れなくて」
綱吉の言葉に、獄寺は淡い笑みを浮かべた。
「実は俺も、眠れなくてゴロゴロしていたところです」
そんなふうに獄寺が返すと、綱吉もフフッ、と照れ臭そうに笑う。
まるで学生の頃に戻ったような気分がする。綱吉と同じ一つのベッドに潜り込んで、朝まで語り合ったこともあった。体を寄せ合い、泥のように眠ったこともある。
どれも懐かしくも甘酸っぱい思い出だ。
「よかったら、少し話でもしませんか、十代目」
部屋の隅に置いてあった椅子を持ってくると、綱吉に座るようにとすすめた。獄寺自身はベッドの端に腰を下ろす。
「わざわざ迎えに来てくださって嬉しいっス、十代目。連絡も……しなかったのに……」
言葉を選びながら獄寺はポツリ、ポツリ、と話し始める。
「ううん、オレのほうこそ。連絡はしないほうがいいだろう、って、ディーノさんから言われてたから」
聞けば、本当は毎日でも連絡を取りたいぐらいだったと綱吉は言う。その気持ちを押し込めて、連絡を取らずにいたのだそうだ。
綱吉のイタリア入りに関する詳細も獄寺は知らされていなかった。もしかしたら、あまり期待をもたせるようなことはしないようにというディーノの計らいだったのかもしない。
「あの……あの、俺……」
それよりも、だ。
綱吉に聞きたいことがあった。今までずっと、怖くて尋ねることのできなかったことだ。
「……期待、しててもいいんでしょうか」
本当に最後までしてくれるのだろうか。
男の自分を、綱吉は抱いてくれるのだろうか。
「え……っ、と……長期出張が終わったら、って話……だよ、ね?」
確かめるように綱吉は獄寺の顔を覗き込んでくる。
「……はい」
恥ずかしい。
こんなことを綱吉の目の前で言わなければならないなんて、どうして自分から尋ねるようなことをしてしまったのだろうか。
そう思いながらも、尋ねずにはいられなかったのだ。
本当に最後までしてらえるのか、抱いてもらえるのかと、不安で仕方がなかったのだ、獄寺は。
「オレは別に、今してもいいんだけど?」
真剣な眼差しで、綱吉が言う。
「えっ……あっっ?」
しまった、と獄寺は思う。
自分のほうからわざわざ話題を振ってしまったのは間違いだったかもしれない。
「我慢して、わざわざ言わないようにしてたのに」
そう言いながら綱吉は椅子から立ち上がった。
「なんで寝た子を起こすようなことをするのかなあ、獄寺くんは」
はあっ、と溜息をつくと綱吉は、獄寺の頬に手を当てる。
「獄寺くんがいいのなら、今から、する?」
少し困ったような綱吉の顔が近付いてきて、掠めるようなキスをされた。
チュッ、と音がして、乾いた唇の感触が獄寺の下唇に残る。
「して欲しい……っス、十代目。今、してください、ここで!」
みっともないなと自分でも思いながら、気持ちが止まらない。
縋りつくようにして綱吉の胸の中に飛び込むと、獄寺は自分から唇を押し付けていく。
クチュッ、と湿った音を立てながら、今度は互いに舌を絡めて深く唇を合わせた。
綱吉の腕がすぐに獄寺の体を抱きしめてくる。
互いにもつれ合ってベッドに転がると、どちらからともなく激しく唇を求めあった。
|