全力疾走の後のような心地よい倦怠感の中で、獄寺は目を覚ました。
目の前には綱吉の顔があり、目を開けた途端に優しく唇をついばまれた。
「大丈夫?」
尋ねられ、獄寺は小さく頷く。
自分が気を失ってから、いったいどれぐらい時間が過ぎたのだろうか。床の上で綱吉に抱かれたのはついさっきのことだと思うのだが。
身じろぎをしようとして、ふと獄寺は気付いた。体が自由に動かないのだ。
「あ…──?」
身動きができないなりに、獄寺はあたりの様子を確かめる。
服は、着ていなかった。両腕を頭の上に掲げた状態で縛られている。頭を反らして手首のあたりへ視線を馳せると、ネクタイの模様が見えた。手首を縛ったネクタイを留めているのは、おそらくベルトだ。ネクタイに巻き付けられたベルトは、ベッドの支柱へと伸びている。
「十代目、これは……」
尋ねかけた唇を、綱吉はやんわりと甘噛みした。
「お仕置きだよ」
低く、笑いながら綱吉は言う。
「お仕置き……?」
力無く獄寺は呟いた。
時々、綱吉の考えていることがよくわからなくなることがあった。今もそうだ。何故、自分はお仕置きをされなければならないのだろうかと、獄寺は怪訝そうに綱吉を見つめた。
「あの、十代目。おうかがいしてもよろしいですか」
眉間に皺を寄せ、獄寺は尋ねる。
「俺、なにかしましたか」
心当たりがまったくないとは言わないが、こんな仕打ちを受けるようなことをした覚えはない。
腕を引き抜こうとすると、綱吉に優しく押さえつけられた。
「そのままじっとしてて」
綱吉とのキスは、いつも甘い。
柔らかいのに少しかさついた唇が、はじめは遠慮がちに、獄寺の唇をやんわりと塞いでくる。焦れた獄寺のほうから深く唇を合わせていくと、ようやく綱吉はホッとしたように口の中に舌を差し込み、激しく蹂躙しはじめる。
つきあいだしてもう何年にもなる。遠慮するような仲でもないというのに、いつもこんな調子だ。
初めの頃は、自分が男だから嫌われているのかと悲観したこともあった。もしかしたら男同士の恋愛に後ろめたいものを感じているせいで、綱吉がなかなか自分に触れてきてくれないのかとも思ったが、そうではなかったらしい。
遠慮しているというのではなく、獄寺の様子を見ているのだということに気付いたのは、つい最近のことだ。
肉食動物が獲物を狩る時のように、綱吉は見ている。獄寺がどう感じ、どう逃げようとするのかを、ひとつひとつ確かめながら触れてくる。
もしかしたら、自分は試されているのかもしれない。恋人として、相応しいのかどうか。この先、共にいることをひとつひとつ、確かめられていかなければならないのかもしれない。
綱吉の唇が、ゆっくりと獄寺の顎先に触れてくる。
「十代目……」
自由になる足でシーツを蹴ると、綱吉の手が片方の太股を掴んだ。
「じっとして」
やさしい命令に、獄寺は息を潜める。
いったい、どうしようというのだろう。
怪訝そうに獄寺は、綱吉を見つめた。
「痛いことはしないから大丈夫だよ」
そう言われたものの、獄寺は安心することができない。
綱吉を信じていないわけではなかったが、何故だか恐かった。
自分が彼を、怒らせてしまったのだろうか。
不安で不安でたまらないというのに、綱吉は笑っている。大丈夫だよと言って、獄寺を安心させようとしている。
「十、代目……」
ニッと口元に笑みを浮かべて、綱吉は唇を寄せてくる。
食われると、獄寺は思った。
咄嗟に目を閉じると同時に、生暖かい感触が胸の上を這い回った。
薄目をあけて見ると、綱吉の舌がベロン、と獄寺の乳首を舐めあげる様子が視界に飛び込んでくる。
「ん、っぁ……」
痺れるような感触がして、腹の底がむず痒いようななんともいえない感覚でいっぱいになっていく。
乳輪に沿って舌先でベロベロと舐めていたかと思うと、唇が乳首を挟みキュッと吸い上げる。与えられる刺激は唐突で、気紛れすぎて、獄寺はついていくことができない。
「ぁ……」
腕が自由だったら、すぐにでもこのもどかしさをなんとかすることができるのにと、獄寺は唇を噛み締めた。
ぐい、と腕を引くものの、すぐにベルトに動きを阻まれてしまう。体を捩ろうとすると綱吉が体重をかけてきて、これまたどうにもすることができない。いっそこの腕の戒めを引きちぎってしまおうかと思ったところで、綱吉が言った。
「じっとして、隼人」
言われたとおりにじっとすると、綱吉の手が、もう片方の乳首を摘み上げた。
「んっ……」
指の腹で押し潰しては元に戻ろうとするのをぐいと引っ張り、なんどもピリピリとした痛みのような快感のようなものを獄寺は感じた。
「十代目……も、やめてください」
体を震わせながら獄寺が訴えると、綱吉は口元に微かな笑みを浮かべた。
「駄目だよ、お仕置きなんだから」
そう言って、ベロリと乳首を舐める。赤い舌がちろちろと先端をつつき、獄寺はヒクッと喉を鳴らした。
「や……」
体を捩って綱吉の愛撫から逃れようとすると、太股を押さえていた綱吉の手が、するりと股間を撫で上げた。
「あ…──」
慌てて立て膝にしたほうの足に力を入れて綱吉から逃れようすると、後孔に指を突き入れられた。
痛みよりも、羞恥の気持ちが強かった。
唇を噛み締め、獄寺は体を捩った。
全身に力を入れて綱吉から逃れようとすると、体の中に潜り込んだ指が、ぐちゃぐちゃと中を掻き混ぜてくる。
「やめっ……十代目、やめてください!」
口走った声が震えていたのは、怒りのせいだろうか。
綱吉に視線を向けると、彼は無表情な瞳で獄寺を見つめていた。
「やめないよ」
怒っているのとは少し違うような声色で、綱吉は言う。
「せっかく……十年前の君に出会うことができたんだ。今ここで、十年前の君にちゃんと気持ちを伝えておきたいんだ」
そう言って笑う綱吉の、なんと辛そうなことか。
十年前、獄寺の告白で二人は恋人同士になった。男同士ではあったがつきあうことを決心したのは、その頃から既に互いを必要としていたからだ。綱吉がいつも一歩退いたような感じで獄寺に接していたのは、てっきり自分が男だからだとばかり思っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれない。
ふとそのことに気付いた獄寺は、少しずつ抵抗を緩めていく。
「……十代目のお気持ちなら、ちゃんとこの俺が受け止めています」
いつだって獄寺は、綱吉のことを想っている。それが綱吉にはわからないのだろうか?
「そういうことを言ってるんじゃないんだ」
獄寺の額に唇を押し当て、綱吉は告げた。
「本当は十年前に、俺のほうから気持ちを伝えたかった。ただそれだけだよ」
その言葉が獄寺の中のなにかを刺激した。目の奥が熱くなり、ヒリヒリとしてくる。
そんなことをされたら、今、ここに存在している自分はいったい、どうなるのだろう。あの時、獄寺の告白に応えてくれた綱吉は、嘘だったとでも言うのだろうか。
この十年間で積み重ねてきた日々は単なる幻想にしか過ぎず、綱吉はそんな獄寺の幻想にお情けでつきあってくれていたとでも言うのだろうか。
ここにいる獄寺に対する気持ちというのは虚像だったと、綱吉はそう言おうとしているのだ。
「──…そんなことをしてもらっても俺は喜びませんよ、十代目」
今さら、あの時の気持ちを覆すようなことを言われても嬉しくはない。
それよりも、大切な想い出を汚されたような感じがして、たまらなく悲しかった。
「あなたは、狡いです」
そう言うと獄寺は、ギッと綱吉を睨みつけた。
拘束されたままの格好で獄寺は、綱吉の指に犯された。
体の中に潜り込んだ指が、執拗に内壁を引っ掻いてくる。床の上で抱き合った名残が潤滑剤のかわりとなって、ぐちぐちと湿った音を立てている。できることなら、耳を塞いでしまいたかった。目を閉じて目の前にいる綱吉の視線を避けることはできても、腕を拘束された状態では音を聞かないようにすることはできない。ただ目を閉じて体を捩り、首を左右に振り続けることしか今の獄寺にはできなかった。 綱吉の指は的確に獄寺の中を突いてくる。擦り上げ、引っ掻き、翻弄する。まるで獄寺の体が自分のものだと主張するかのように、綱吉は我が物顔で指を動かす。
「ぃ……あ、あ……」
爪先でシーツをぎゅっと押さえ込み、ベッドにしがみついてはみたものの、体の中に沸き起こるむず痒いような感触はチリチリと燻るばかりだ。
そのうちに、ほとんど触られてもいない性器が硬く張り詰め、先端から先走りを垂らし始めた。
綱吉の指が割れ目を擦り、白濁した液をゆっくりと掬い上げる。くちくちと音がして、獄寺は恥ずかしくてたまらない。
「ひっ、ぁ……」
腰が跳ねそうになるのを必死に堪えていると、綱吉の唇が先端をパクリと銜えた。ぬるりとした感触がして、きゅっと締めた口角を押し開き、獄寺のペニスが口の中に飲み込まれていく。
「や……十代目、やめてください!」
ぐい、と拘束された腕を引こうとすると、ベルトに元の位置に引き戻された。仕方なく獄寺は、足を使って体をずりあげようとする。
「お仕置きだって言っただろう」
苛々とした声で綱吉はそう言うと、またしても獄寺の性器を口に含む。そうしておいて、後孔に潜り込ませた指でぐりぐりと中を掻き回す。
「あ……ああ、あ……」
獄寺の尻の筋肉が、きゅっと締まった。
綱吉の指をくわえこみ、内へ飲み込もうときつく締め上げる。
「このまま、ここで待っててくれる?」
不意に顔を上げて綱吉は、尋ねた。
ヒリヒリと痛む喉でどう返したものかと獄寺が考えあぐねている間に綱吉は、後孔に差し込んだ指を引き抜いた。ギリギリと引っ掻かれた内壁に焼けるような痛みが走り、獄寺は悲鳴を上げていた。
「今から十年前の君に気持ちを伝えてくるよ」
たらたらと先走りを溢れさせる先端にチュ、と音を立ててキスをすると、綱吉はベッドから降りた。
「おやすみ、獄寺君。よい夢を」
そう言うと綱吉は、部屋を出ていってしまった。
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