静まりかえった廊下を獄寺は歩いていく。
つい今し方、この腕に抱えた十四歳の自分はなんと幼いのだろう。華奢な体格に、強がりだらけの表情。そう言えば、と獄寺は思う。縋るものを探して、いつも周囲に対して敵意をむき出していたような気がする。綱吉と出会うまでは、ずっとそうすることが当たり前だった。綱吉と出会い、少しずつ気持ちが和らいでいったことを獄寺は覚えている。
あんなにも十四歳の自分は、幼かったのだ。
あんなにも頼りなく、子ども子どもしていたとは思いもしなかった。あれでボンゴレ十代目の右腕になろうと意気込んでいたのだから、当時の自分はなんと身の程知らずだったのだろうか。
今まで、そんなことにも気づいていなかった。
口元に微かな笑みを浮かべて、獄寺はドアの前で立ち止まった。綱吉の部屋だ。
一瞬、躊躇うようにあげかけた手を止めて、獄寺は息をそっと吐き出す。それから、様子をうかがうようにドアをノックした。
「十代目?」
声をかけると、だいぶん経ってからドアが開いた。
「……獄寺君」
怒っているかと思ったが、意に反して綱吉は怒っていなかった。
「どうかした?」
綱吉が尋ねるのに、獄寺は「いいえ」と静かに答えた。素知らぬふりをしているものの、綱吉はどことなく落ち込んでいるようだった。きっと、手に入れたと思っていた十四歳の獄寺が自分の手の中からすり抜けていってしまったことがショックだったのだろう。
「もうお休みかと思っていたものですから」
言いながら獄寺は、ドアの前で逡巡した。
「気にかけてくれてたんだ」
綱吉はドアを大きく開いた。
「どうぞ」
そう言うと、獄寺を部屋の中へと招き入れる。
なにも言わずに獄寺は部屋に入った。
部屋の中は薄暗かった。
灯りはついていたものの、かろうじてあたりの様子が判別できる程度だ。
「我ながら馬鹿なことをしでかしたものだと思ってるよ」
ポソリと綱吉が告げる。
後悔しているのだろうか?
十四歳の獄寺を抱いたことを、綱吉は悔やんでいる?
驚いて獄寺が綱吉の顔を覗き込もうとすると、それよりも素早く綱吉の腕に抱きしめられていた。
「……君がいてくれてよかったよ、獄寺君」
喉の奥から押し出したような掠れた声で、綱吉は呟いた。
「君がいてくれたから、オレ、目が覚めたよ」
ぎゅう、と抱きしめる綱吉の腕の力は、痛いほどに強い。
獄寺はそっと綱吉の背に腕を回した。
「もう、俺のことなんていらなくなったのかと思ってました」
心の中では否定したがっていたが、それが獄寺の本心だった。二十四歳の自分よりも、十四歳の自分のほうを綱吉が選んだのだと思っていた。ついさっきまでは、そう信じていた。
「ごめん」
弱々しく綱吉が謝罪の言葉を口にする。
「今さら謝ってもらっても……」
精一杯の虚勢を張ってもごもごと口の中で獄寺が言い募ると、綱吉はもういちど「ごめん」と呟いた。
綱吉の癖のある髪に指を差し込んだ。
そっと髪を梳くと、くすぐったそうに綱吉は首を竦めた。
「ところで獄寺君は、オレに愛想が尽きて別れを切り出しに来たの? それとも、慰めに来てくれたの?」
抱きしめた獄寺の体をやわやわと探りながら、綱吉は首を傾げる。
「オレはどっちでもいいんだけどさ」
どこか投げやりな綱吉の様子に、獄寺はムッとした。あれだけ皆を引っかき回しておいてと思わずにいられない。しかしそれでも獄寺は、彼を憎むことはできなかった。
「どっちでもないっス」
うつむいて獄寺は静かに切り出す。
どちらもできない。愛想を尽かすことなんて考えられなかった。それだけは決してないだろう。一方で、綱吉を慰めようとも思わなかった。今回のことは綱吉の一方的な想いからきたことだ。散々周囲に迷惑をかけたはずだ。だから、慰めることなどできない。
「なんで?」
獄寺だって当事者でもある。十四歳の綱吉も、十四歳の獄寺も、今回のことでは被害を被った側だが、二十四歳の獄寺はと言うと、綱吉にそんな愚かな考えを抱かせてしまった非があるはずだ。だから慰めるなどできない相談だと、獄寺は思うのだ。
「それは……」
言いかけて獄寺は、唇をぎゅっと噛み締めた。
綱吉の気持ちを汲むことができなかった自分は、もしかしたら右腕失格なのではないだろうか。もっと早くに綱吉の気持ちに気づいていたらよかったのに。そうしたら、もっとこう、綱吉の気持ちを理解することができていたのではないだろうか。
目をすがめて綱吉を睨みつけると、何故だかぎゅっと抱きしめられた。
「ごめんね、獄寺君。オレ、君を傷つけたね」
耳元で囁く綱吉の声は、ひどく優しかった。
「そんなこと…──」
言いかけると、くい、と顎を持ち上げられた。すぐに綱吉の唇がおりてきて、獄寺の唇はチュ、と甘く吸い上げられる。
「ありがとう、獄寺君」
耳に響く綱吉の声は優しい。嬉しくて獄寺は目の端に涙を滲ませた。
ゆっくりと時間をかけて、着ていたものを剥ぎ取られた。
慎重な手つきの綱吉は、真剣な表情をして獄寺を見つめている。
「……十代目」
手を伸ばして綱吉の頬に触れると、てのひらに唇を押しつけられた。綱吉の唇が触れたところから熱が生まれて、じわりじわりと獄寺の身体に広がっていく。
「っっ……」
吐息をつくと、口の端にキスをされた。角度をかえてなんどもなんども、綱吉の唇がおりてくる。
「ん、ふ……」
鼻にかかった声をあげると、優しく胸の先端を摘み上げられた。
快楽の波はあっという間に獄寺を包み込み、高みへと追い上げようとする。
「苦しい?」
尋ねられて初めて獄寺は、自分が眉間に皺を寄せたままだったということに気づいた。
「いいえ」
小さく首を横に振ると、ホッとしたように綱吉が笑った。
「じゃあ、まだ怒ってる?」
しつこく食い下がってくる綱吉に、獄寺は「いいえ」と真摯に返す。怒ってなどいなかった。間違った方向へ向かいながらも綱吉は、最後には正しい道を見つけだしていた。自分が間違っていたことに気づいたのだから、それを獄寺がとやかく言う筋合いではないだろう。
ほんの少し怒ってしまったのは、あれは単なる嫉妬心からだ。二十四歳の自分よりも十四歳の自分自身のほうに、綱吉が若さと魅力を感じてしまったのではないかと心配していたからだ。
「俺がいつまでも十代目のことを怒っていられるはずがないっスよ」
そう獄寺が告げると、綱吉はうう、と小さく呻いた。
「ね、獄寺君。それってサイコーの褒め言葉だよ」
そこは怒るところだろうと、綱吉は言った。しかしそう言いながらも綱吉の頬が嬉しそうに緩んでいることに獄寺は気づいている。
ぎゅう、と綱吉の体を抱きしめた獄寺は、顔と言わず唇と言わず、ところ構わず綱吉にキスをした。
綱吉はと言うと、じゃれついてくる獄寺に笑ってキスを返してくれた。
「好きです、十代目」
ポソリと呟くと、綱吉が喉を鳴らして笑う。
チュ、チュ、と音を立てて綱吉の唇がゆっくりと獄寺の肌の上を這い回る。
喉の窪みや鎖骨、乳首の周囲にキスをされ、獄寺の身体は熱く熱く、高ぶっていく。
「十代目……」
綱吉の首の後ろをそっとなでると、乳首をきゅう、と吸い上げられた。痛いようなむず痒いような焦れったい感触に、獄寺の体がビクン、と跳ねる。
もっと触れて欲しいと思った。
全身、余すとこなく触れて欲しい。前も、後ろも、全て。
目を閉じると、綱吉の唇が獄寺の耳たぶに触れてくる。
「オレの右腕は獄寺君ただ一人だよ」
そう言いながら綱吉は、耳の中に舌を差し込む。クチュ、と湿った音がやけに大きく獄寺の耳の中で響く。
「ん、あ……」
身震いをした獄寺が綱吉の体をやんわりと押し返すと、今度は硬くなり始めたペニスをすっぽりとてのひらで包み込んできた。
「あっ……や……」
慌てて獄寺が綱吉の手を剥がそうとする。綱吉はそれには構わず、竿を上下に扱き始める。
「あ、あぁ……」
声があがるのは、気持ちいいからだ。
綱吉の手は的確に、獄寺のいいところに触れてくる。もう一方の綱吉の手が亀頭の縁をなぞると、獄寺の腰に痺れるような疼きが走った。先端の割れ目にじわりと滲む先走りを目にした綱吉は、嬉しそうに笑った。
「ずっと、オレの側にいてくれなきゃだよ、獄寺君」
言いながらも綱吉の手は、休むことなくリズミカルに上下に動いている。そのうちに先走りをてのひらになすりつけるようにして、亀頭をすっぽりと包み込んだ。グチュグチュと音を立てながら、綱吉のてのひらが弧を描くようにして亀頭全体をなぞり始める。獄寺の腰が大きく揺れて、綱吉の腕を掴んだ。
「や……っ!」
はあ、と息を吐き出すと、綱吉が唇にキスをする。口の中に流し込まれた唾液を音を立てて飲み下すと、獄寺のほうから舌を突き出し、綱吉の口の中へと侵入していく。
「ん、ふ……ぁ……」
綱吉の手は、いつの間にか先走りのぬめりを獄寺の後ろへ塗り込めようとしていた。
「んっっ」
ぐい、と指が体の中に突き立てられた。先走りに濡れた指の感触は痛みではなく、快感を与えてくれるものだ。獄寺はおとなしく指を受け入れ、さらに強く綱吉にしがみつく。
「……て、くださ──」
口走る獄寺のうなじが、ほんのりと緋色に染まっている。
「いいの?」
綱吉の言葉に、獄寺はコクコクとなんども頷く。
十四歳の自分がやってきてから、実のところ獄寺は、気の安まる暇がなかった。十四歳の自分の出現で、もしかしたら自分はお払い箱にされてしまうのではないかと思っていた。二十四歳の綱吉の側には、若くて素直な十四歳の自分のほうが似合うのではないかと、そんな馬鹿なことを考えていたのだ。 だけど、そうではなかった。
自分が心配したようにはならなかった。
十四歳の自分は十四歳の綱吉の元へ、二十四歳の自分は二十四歳の綱吉の側へと、パズルのピースがピタリとはまるように、自然と元の鞘に戻ったのだから。
「い、から……早くっ……!」
悲鳴のような声でそう告げると、綱吉の指がようやく獄寺の中から出ていった。中壁をやわやわと引っ掻きながら引きずり出されていく感覚に、排泄感がこみあげてくる。
早く、早く、と、体が綱吉を欲している。熱い塊で早く体を貫いて欲しい、満たされたいと、獄寺はなんども粗い息をついた。
「じゅ……代、め……──」
体の中に穿たれた性器は、容赦なく獄寺を苛んだ。
待ち焦がれ、渇望していた質感と痛みに獄寺は喘いだ。なんども息を吐き出し、吸い込む。ヒッ、と喉が鳴った。
「大丈夫?」
綱吉の声は優しかった。まるで獄寺を労るかのように顎の先から唇へと、綱吉のキスが降りてくる。
「ん、あ……」
ぐい、と膝を押し広げられ、綱吉の腰がいっそう密着してくる。熱い塊に中を抉られ、擦り上げられると、獄寺の口はだらしなく開き、唇の端からは涎がたらりと零れ落ちた。
気持ちいいのは、綱吉に抱かれているからだ。少し前までの胸の痛みや不安までも、綱吉に抱かれるだけで溶けていくような感じがする。
「離さな…で、くださ……」
子どものように呂律の回らないままに獄寺は呟いた。
「うん、わかった」
頷き、綱吉はぐいぐいと腰を押しつける。内壁を突き上げたかと思うとズルズルと引きずり出されていく綱吉の性器をきゅう、と締めつけると、くぐもった小さな呻き声が聞こえた。
「……十代目?」
獄寺が声をかけると、綱吉は困ったような笑みを浮かべた。
「ごめん。オレ、も、イキそ」
それだけ言うと綱吉は、本格的に獄寺を追い上げにかかる。激しくなっていくピストン運動に、獄寺の頭の中が真っ白になる。
なにも、考えられない──
あられもない声を散々あげさせられた。綱吉の汗と精液の強いにおいを鼻の奥に感じながら、獄寺は達した。
これでもう、十四歳の自分に嫉妬を感じることもないだろう。
「十代目は俺のものです」
口の中で呟くと、獄寺は目を閉じた。
全身を包む疲労感と達成感とに、今はただなにも考えずに眠りたかった。
END
(2011.1.29)
|