やさしい月の恋人

  青白い月の下で、キスをした。
  獄寺の唇は柔らかくて、甘くて、かすかに煙草の香りがした。
  綱吉と獄寺がつきあい始めて一ヶ月が経つ。自分たちの気持ちに気付いたのは綱吉のほうが先だったが、告白をしたのは獄寺のほうからだった。
  獄寺のこのさりげなさが好きだと、綱吉は思った。
  この一ヶ月の間に何度かキスをした。
  校舎の影に隠れてしたこともあったし、綱吉の部屋でしたこともあった。帰り道、薄暗くなってきた公園でキスをした時には、たまたま通りがかった同じ学校の生徒に見つかりそうになったこともある。
  なんでこんなにも獄寺のことが好きなのだろうと、綱吉は思う。
  いつも自分のそばにいるなら、山本だって獄寺と似たようなものだ。にも関わらず自分は、獄寺が好きなのだ。この、少しおっちょこちょいで、たまに不真面目で、自分一筋の男が好きなのだ。
「十代目……」
  キスの余韻に浸っていると、獄寺が掠れた声で呟いた。
  ああ、やっぱり俺は獄寺君のことが好きなんだ──そう思うと、綱吉の胸は甘酸っぱい想いでいっぱいになる。
  綱吉の誕生日の前日にやってきたかと思うと、泊まらせてくれと獄寺は言いだした。
  別に構わないと、母は返した。たまには友達同士で話したいこともあるだろうからと言って、快く獄寺を迎えてくれたのだ。
  だから今夜、綱吉の部屋には、綱吉と、獄寺の二人だけしかいない。
  育ち盛りの中学生には少し狭苦しいベッドの上で、キスをする。
  獄寺の頬に窓から差し込む月明かりが照りつけている。青白いその頬に、綱吉はそっと触れた。
「誕生日、おめでとうございます」
  獄寺が囁く。
  綱吉の指先があやすように獄寺の唇をやんわりとなぞる。チュ、と音を立ててキスをすると、無意識にだろうか、獄寺は物欲しそうに唇をさらに突き出してきた。



  夕食の後、部屋に引き上げた綱吉に、獄寺は受け取ってほしいものがあると告げた。
  綱吉の目の前に差し出されたほっそりとした長方形の箱には、ラッピングが施されている。包装紙がよれないように、丁寧な手つきで獄寺は、綱吉に小さな箱を手渡した。
「……あけてもいい?」
  逸る気持ちを抑えながら、綱吉は尋ねる。
  獄寺が頷くのを見てから、長方形の小さな箱にかけられたリボンをそっと解いた。包装紙を外そうとすると、セロハンテープのところからビリビリと破けてしまった。綱吉が小さく舌打ちをするのを見て、獄寺はこっそり笑っている。
「いいですよ、十代目。思い切って破ってください」
  そう言われて、綱吉は遠慮なく包装紙を破り取った。長方形のケースの蓋を丁寧に開けると、中に腕時計が入っていた。
「わ…あ……」
  プレゼントにもらったのは、獄寺がたまにしているのと同じデザインの腕時計だった。今日も丁度、獄寺の腕にはその腕時計がつけられていた。ただし獄寺が身につけている腕時計のベルトは黒い革のものだが、綱吉がもらったものは金属のベルトになっていた。
  いったい、いくらぐらいするものなのだろう。綱吉自身、母から買ってもらった子どもっぽいデザインの腕時計しか持っていない。プレゼントをもらったこと自体も嬉しかったが、獄寺が自分のために選んでくれたのだと思うと、なおさら嬉しく思う。大事にしまっておいて、ここぞという時に身につけたいと綱吉は思った。
「お祝いしたい気持ちはいっぱいなんですが、たいしたものじゃなくてすみません」
  獄寺はそう言った。
「そんなことないよ、獄寺君。俺、すっごく嬉しい」
  こんなふうにして誰かに誕生日を祝ってもらうことは、あまりなかったような気がする。
  もちろん、母は誕生日などの節目節目にはおいしい手料理ととっておきのプレゼントで綱吉を祝ってくれたが、友人と呼べる誰かから誕生日を祝ってもらうことがあまりにも久しぶりな気がして、綱吉は目頭がじんわりと熱くなったような気がした。



  もらった時計は、ひとしきり腕につけて、つけ心地や見た目を何度も確かめた。
  嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。
  しつこいほどにいろんな角度から腕時計を眺め回していると、獄寺は呆れたように笑った。
「よくお似合いです」
  その言葉に綱吉は、またしても嬉しくなる。
「獄寺君、ありがとう。学校にしていこうかな、この腕時計」
  どう思う? と、綱吉が尋ねかけるのに、獄寺は嬉しそうにパッと顔をあげた。
「いいですね、十代目。お揃いですね」
  そう言われて、綱吉は自分の腕と獄寺の腕を交互に見つめる。
「……本当だ」
  ベルトが異なるから、気付かない者もいるかもしれない。そもそも他人の腕時計など、誰が気にすると言うのだろう。
  綱吉はもらった腕時計を机のいちばん上の引き出しにしまった。
  大切にケースごと引き出しにしまい込むと、改めて獄寺にありがとうと告げる。
  こんなに嬉しい誕生日は初めてかもしれない。
  ベッドの上でどことなく決まり悪そうにしている獄寺は、伏し目がちで静かだ。いつもなら賑やかな獄寺がどうしたのだろうかと綱吉は顔を覗き込んだ。
  顔が少し赤いような気がするのは、部屋の灯りのせいかもしれない。
  驚かさないようにそっと手をさしのべて綱吉は、獄寺の頬に手をあてた。
「嬉しくて、なんて言ったらいいのかわかんないよ」
  綱吉の言葉に、獄寺はうっすらと笑みを浮かべる。
  お礼ならさっきから何回も言われていると呟きつつも、獄寺は言った。
「お礼なんていいです。それよりも、キスしてください」



  ベッドの上で、キスをした。
  部屋のドアには、さっき、鍵をかけておいた。リボーン相手に施錠が有効となるかどうかは怪しかったが、気休め程度にはなるだろう。
  キスをして、唇をはなすと、完全に唇がはなれる寸前に獄寺の舌先が綱吉の唇をつついてきた。
  ペロリと舐めあげる獄寺の舌は滑らかで、吸い付きたくなる感触をしている。
  綱吉はおずおずと舌を突き出して、控えめながらも獄寺の舌に自分の舌を絡めた。
  加減がわからずにやんわりと吸い上げると、獄寺は鼻にかかった声をあげた。色っぽい。普段の獄寺からは考えられないような甘ったるい声に、綱吉の体温が上昇する。
  しばらくの間、舌先を絡め合って相手の口内を堪能した。歯の裏を舌でなぞってやると、相手の舌はそれ遮ろうとする。追いつ追われつで、相手の舌を捕まえようとひとしきりふざけ合った。
  唇をゆっくりとはなすと、唾液が糸を引いていた。月の光がその糸に反射して、銀青色に光っている。
「もっと……」
  綱吉が、呟く。
「もっと、キスしてもいい?」
  ポロリと洩れた綱吉の本音に、獄寺はどことなく嬉しそうに頷いた。
「……はい」
  綱吉は、返事をした獄寺の唇にかぶりついていく。勢いよく唇を合わせ、噛みつかんばかりの勢いで獄寺の口の中に舌を差し込む。唾液を交わし合い、舌を絡め、吸い上げる。
  いつの間にか、獄寺の手が、綱吉の背中に回されていた。
  しがみつくようにほっそりとした指が綱吉のパジャマをぎゅっと掴んでいる。
「もっと、触ってもいい?」
  獄寺の着ていたスエットの裾から手を差し込んで、綱吉は尋ねた。
「……俺も、もっと十代目に触りたいです」
  獄寺は、悪戯っぽい共犯者の眼差しをして笑った。



  いつの間にか二人は裸になっていた。
  獄寺の白い肌に、窓から差し込む月の青白い光が反射している。きれいだと、綱吉は思わずにはいられない。このまま夜の闇に迷い込んでしまったなら、自分はますます獄寺から離れることができなくなってしまうのではないだろうか。
  キスの余韻が残る甘い吐息には、煙草のにおいが混じっている。獄寺のにおいだ。
  唇をやんわりとついばむと、綱吉は獄寺の白い肌に唇を押しあてた。
  湿っぽい音を立てながら、ゆっくりと肌をおりていく。乳首のあたりを舌先でベロリと舐めあげると、獄寺の体がビクンと跳ねた。
「んっ……」
  指でもう一方の乳首をこねくり回すと、気持ちいいのか獄寺は、唇を噛み締めて声を押し殺している。可哀想なぐらいに我慢をさせて、最後に口に含んで吸い上げてやると、獄寺の腕がぎゅっと綱吉を抱きしめてきた。
「十代目……」
  甘えるような獄寺の声に、愛しさがこみあげる。
  腰を押しつけ、獄寺の性器に自分の性器をなすりつけた。
  こんなことをしてはいけないと、胸の奥底でもう一人の自分が囁いている。男同士で、しかも未成年の自分たちがこんなことをしてはいけないのだ。間違っている。そう思いながらも、獄寺に対する気持ちは日ごとに膨れあがり、もう、これ以上は押さえておくことのできないところまできてしまっている。  男同士でどうするのかは、この年頃の子どもの知識としてはうわさ話程度にしか綱吉は知らない。
  どうしたらいいのだろうと思いながらも、性器をなすりつけていると、獄寺の手が互いの性器をひとまとめにしてきゅっと握りしめてきた。
  ふと見上げた窓の外では、月が青白く光っている。
「……溺れそう」
  ポツリと綱吉は呟く。
  青白い月の光の中で自分は、いつか溺れてしまうのではないだろうか。獄寺と言う名の海に溺れて、いつの間にか、彼以外のことはなにも考えられなくなっているのではないだろうか。
「俺に掴まっててください、十代目」
  掠れた声で獄寺が言うのに、綱吉は微かに笑った。
  月の光はどこまでも青くて、獄寺の体を抱いたまま、溺れてしまいそうな錯覚を綱吉はふと感じた。



END
(2009.10.15)


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