抱き合った時の熱のあつさを、覚えている。
体の芯がじわんとなって、どこもかしこも触れられた部分から敏感になっていく。
熱くて、くすぐったくて、気持いいということを教えられた。
自分のつたなさを、愛しいと言ってくれた。
思い出すたびにもどかしいほどに甘酸っぱい気持が胸の中に広がっていき、めまいがしそうだと獄寺は思う。
デパートのスイーツ売り場で女の子たちに紛れて買ったチョコを手に獄寺は、逸る気持ちを抑えることなく綱吉の執務室に飛び込んでいく。
やや乱暴にドアを開け、獄寺は買ったばかりのチョコを差し出した。
「こっ…これっ、十代目!」
そう口にするのがやっとだった。
二人が知り合って十年が経っているが、獄寺が想いを告げたのはつい最近のことだ。こういうイベントごとに綱吉と二人で過ごすことにも、いまだ照れがあるらしい。
「どうしたの、そんなに慌てて」
落ち着いた声で綱吉が問うと、獄寺は顔を真っ赤にしてきれいにラッピングされた箱をずい、と差し出した。
「デパートでチョコを買ってきました。ここの会社のチョコがおいしいと聞いたので、是非、十代目にと思って……」
どうぞ、と差し出され、綱吉は素直にチョコレートの箱を受け取る。
「ありがとう、獄寺君。それにしてもたかがチョコレートだよ。デパートなんかでわざわざ買わなくてもいいのに」
もったいないよと綱吉が言うと、獄寺は拗ねたように口元を尖らせた。
「せっかくのバレンタインです。少しぐらい奮発したいと思ったって……」
言いながら、獄寺の声が少しずつ小さくなっていく。
「あ、バレンタイン!」
そうだっけと、綱吉は声をあげた。
仕事は一時中断だと、獄寺を伴って綱吉は自室へと戻った。
苦みの利いたコーヒーを飲みながら二人で食べるチョコレートは、とても甘い。
「おいしいね」
チョコをつまんで綱吉がニコリと笑う。
恥ずかしそうに獄寺は顔を赤らめ、わずかに俯いた。
こんなふうにして二人でバレンタインを過ごすのは、初めてのことだ。これまではバレンタインデーなど自分には関係のないことだ、無縁のものだと思っていた。仮にバレンタインに気付くとしても身近な女性からチョコをもらった時ぐらいしかなかったから、こんなふうに二人だけで過ごすことが妙に気恥ずかしく感じられる。
「……照れますね、なんか」
照れ隠しに獄寺は呟いた。
「そうだね」
改めて自分たちがつきあっているのだと認識すると、照れるどころか恥ずかしくてたまらなくなる。
「あ、これ、ウイスキーボンボンだ」
別のチョコレートを摘んで囓った綱吉が、嬉しそうに声をあげる。
「ほら、獄寺君も食べてごらんよ」
そう言って綱吉は、囓りかけのチョコを獄寺の口元へと差し出した。
「いや、俺は……」
言いかけた唇に、チョコが押しつけられる。
「おいしいから」
綱吉が囓ったところから、トロリと中身の洋酒が溢れてくる。唇に落ちた洋酒が、獄寺にはどことなくエロチックに感じられた。
「はい、アーンして」
耳元で囁かれ、獄寺は目をぎゅっと閉じると小さく口を開けた。
口の中にチョコレートが押し込まれた。
チョコの味と、洋酒の微かな甘さに獄寺は少しばかりむせ込んだ。喉を降りていく洋酒の熱さに、驚いたのだ。
「ごめん、大丈夫?」
獄寺の背中をさすりながら、綱吉は尋ねる。
「は…い、大丈夫です」
少しむせただけですと獄寺が返すと、綱吉は銀髪に指を絡めた。こめかみのあたりに唇を何度も押しつけ、獄寺が落ち着くのを待つ。
「無理に食べさせてごめんね」
綱吉が言うのに、獄寺はそんなことはないと首を横に振った。
「あの、おいしかったです、チョコレート」
甘すぎず、上品な味だと思った。洋酒の甘さと相まって、おいしいと思った。
「そりゃ、当然だと思うよ。獄寺君がここの会社のチョコがおいしいからって買ってきたんだし」
そう言うと綱吉は、獄寺の唇を指の腹で拭った。
「チョコ、ついてた」
ニヤニヤと笑いながら、獄寺の唇をペロリと舐める。
「んっ……」
驚いて獄寺が咄嗟に目を閉じると、了解の合図だと思ったのか、綱吉は唇を合わせてきた。
深く、角度をかえながら何度も唇を合わせられ、獄寺は息が上がってきた。
綱吉のスーツを掴むと、皺になるのではないかと思いながらもぎゅっと手に力を入れる。 「ん、ん、ぅ……」
離れかけた唇を引き止めようとして獄寺が唇を開けると、すかさかず綱吉の舌が潜り込んできた。
深く深く合わせた唇の隙間から逃した息は、甘ったるいチョコレートの香りがしていた。
唇を合わせるだけでは飽き足らなくなったのか、いつの間にか獄寺はソファの背もたれに体を押しつけられていた。
体をまさぐる手に、獄寺の体が熱を孕み始める。
熱いのは、食べたばかりのチョコレートボンボンのせいだろうか。それとも、綱吉のせいだろうか。
はあ、と溜息を洩らすと獄寺は、綱吉から逃げるようにほんのわずかに体をずらした。
「獄寺君のキス、チョコの味がする」
顔を上げた綱吉が、嬉しそうに笑って言った。
どことなく決まり悪そうに獄寺は、頬を赤らめる。
あまり臆面もなく言われてしまうと、かえって気になってしまうものだ。黙り込んで顔を背けたところで、首筋に唇を落とされた。
「あっ」
綱吉の背中に回した手に力を入れた獄寺は、自分の口元にもう一方の手を持っていって手の甲で唇を押さえた。いくら恋人同士でも、真っ昼間からこういうことをするのは自重すべきだと獄寺は頭の隅で、自分を諫めた。
綱吉の手はしかし、獄寺のシャツの裾を引きずりだし、バックルを外し始めている。
「じゅ…代、目……」
掠れた声で獄寺は、綱吉を呼ぶ。獄寺の首筋に舌を這わせていた綱吉は顔を上げた。
「まだ昼間です、十代目」
泣きそうな顔をして獄寺は告げた。
綱吉の手や唇に触れられて、それだけで獄寺の体は熱っぽく火照りだしている。
「でも、ここは俺の部屋で、ドアには鍵がかかってるよ?」
さらりと綱吉は言い放った。
テーブルの上に開けたままになっている箱の中から、チョコを一個摘み上げて獄寺の口元へと持っていく。
唇にチョコが押し当てられた。獄寺は弱々しく口を開けてチョコを食べようとした。
「まだ、駄目だよ」
そう言うと綱吉は手にしたチョコをするりと滑らせて、獄寺の肌をなぞった。
体温で溶けかかったチョコが、獄寺の白い肌に褐色の軌跡を残していく。
ゾクリと、獄寺は体を震わせた。
白い肌に残されたチョコの跡を、綱吉は舌で丁寧に舐め取っていく。
「ぁ……」
綱吉の舌が肌に押し当てられ、チョコを掬い取る。ついでとばかりに舌先で肌をつつかれると、獄寺の体はそのたびにビクビクと震えた。
「十代目、も、やめてください」
懇願すると、唾液に濡れた皮膚にフーッと息を吹きかけられた。ヒクン、と獄寺の体が痙攣するかのように大きく震える。
「ん、ふ……」
体の熱が、少しずつ獄寺の自由を奪い取っていく。火照りだした体は綱吉の手によって追い上げられ、さらなる熱を求め始めている。
今の獄寺の目にはもう、綱吉しか見えていない。
「もっと……」
掠れ気味の声で獄寺が口早に呟くと、綱吉は優しく微笑んだ。
「もっと、してあげる」
唇をペロリとひと舐めすると綱吉は、獄寺の白い肌に顔を埋めた。
熱が、獄寺の体の中を駆け回っている。綱吉の髪に指を差し込むと、獄寺は大きく背を仰け反らせ、甘い声をあげた。
「もっとしてください、十代目!」
綱吉はそれには何も返さなかった。
ただ獄寺の肌に小さな赤い跡をいくつか残して、その体をさらに熱く甘く、追いつめただけだった。
END
(2010.02.12)
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