そんな朝もある

  二度寝の後の頭はボーっとしていた。
  何とか起き出したものの、目が覚めたような気がしない。
  ケットを体に巻き付けたまま綱吉がじっとしていると、獄寺の唇が額をさっと掠めていった。
「起きてください、十代目」
  クロゼットから綱吉のための服を選び出した獄寺は、今朝は上機嫌だ。
「……起きてるよ」
  そう言いながらもさっきから少しも綱吉は動いていない。ベッドの上に座り込んだまま、目を閉じてうつらうつらとしている。
「昨日のパーティでお疲れですか?」
  尋ねられ、「少し」と綱吉は返した。
  綱吉がボンゴレのボスになってから何度か催されているとはいえ、同盟ファミリーとの懇親会を兼ねたパーティには、いつまでたっても慣れることはないだろう。精神的な気疲ればかりで、少しも楽しめた気がしない。場違いな自分に、いつも綱吉は気後れを感じていた。
「今度は山本にでも代理で出てもらうことにするよ」
  ポソリと呟いて、綱吉はのろのろと目を開ける。
  窓から入ってくる朝の光が、目に眩しい。目をしばしばさせていると、綱吉の様子に気付いた獄寺がレースのカーテンをさっと引いた。わずかに光が遮られた分、目が開けやすくなる。
  何度か瞬きを繰り返す綱吉に、獄寺は柔らかな笑みを向けた。
「そりゃ、いいっスね」
  その瞬間、獄寺の白い首筋に、昨夜、綱吉のつけた跡がシャツの隙間からちらりと見えた。



  ドキリとせずにはいられなかった。
  白い肌に残る鬱血の跡が、まるで綱吉を誘っているかのように見えないでもない。
「獄寺君……」
  どう言おうかと考えながらも綱吉は口を開いた。
「はい?」
  まるで警戒心のない獄寺が、綱吉のほうへと近付いてくる。
「ココ。見えてるから、気をつけたほうがいいよ」
  そう言って綱吉は、自分の首もとを指さしてみせた。
「え?」
  怪訝そうに首を傾げる獄寺の手を取り、綱吉はほっそりとした体を引き寄せた。
  獄寺の体からは清潔な石鹸のにおいと煙草のにおいがしている。
「……襟元から、キスマークが見えてるんだけど」
  ボソリと、獄寺の耳元に囁いた。
  途端に獄寺の顔が真っ赤になる。首筋や耳まで真っ赤にして、獄寺は俯いた。
「まさか……」
  気恥ずかしいのか、綱吉の顔さえも見てくれない。
  キスマークどころか、それ以上にもっと恥ずかしいことを夕べはたくさんしたはずだ。そういった諸々が獄寺の脳裏をよぎったのだろうか。真っ赤になった顔を隠すかのように、獄寺は頬を両手で覆った。
「いちばん上までボタンをとめて、きっちりとネクタイをしてれば大丈夫だよ」
  たぶんね、と、綱吉は小さく呟いた。



  顔を赤らめたままの獄寺は、借りてきた猫のようにおとなしい。
  いつもの賑やかさはどこへやら、決まり悪そうにしょぼくれている。
「……ねえ、獄寺君。そんなに気にしなくても」
  躊躇いがちに綱吉が言うのに、獄寺はノロノロと顔を上げた。
「でも……」
  半分涙目でじっと綱吉を見つめる獄寺が、どうにも可愛らしくてならない。
  いい歳をした男に可愛いもへったくれもあったものではないが、実際に可愛く見えるのだから仕方がない。
「君がネクタイをしっかりしていれば問題ないよ」
  そう言うと綱吉は、獄寺の銀髪に唇を寄せた。
  チュ、と音を立ててキスをすると、そのまま獄寺の体を抱きしめる。石鹸のにおいに、頬が自然と緩んでくる。
「先にシャワー浴びたんだね」
  夕べは、一緒にシャワーを浴びようと言いながらそのまま寝入ってしまった。疲れていたのだ。二度寝さえしなければ、朝から獄寺と一緒にシャワーを浴びることができたのかもしれない。
「……すみません」
  申し訳なさそうに目を伏せる獄寺のまぶたに、綱吉はキスを落とした。
「いいよ。いいにおいだからそう思っただけだよ」
  その気になりさえすれば、いつだってシャワーを一緒に浴びることができる。ボンゴレ十代目のたまの我が儘ぐらい、何人かの仲間と部下に目をつぶってもらえばいいことだ。



  いつまでもウジウジとしている獄寺に慰めの言葉をかけようとしたところで、首筋のキスマークが綱吉の視界に飛び込んできた。
  白い肌に残された跡がエロチックで、綱吉は一瞬、目のやり場に困ってしまった。
「あの……ネクタイ、したら?」
  慌てて声をかけると、獄寺は素早く喉元を押さえた。
「やっぱり目立ちますか?」
  尋ねる獄寺の眼差しがどことなく綱吉を責めているように思えるのは、多少なりとも罪悪感を感じているからだろうか。
「……ごめん」
  低い声で、綱吉は告げた。
「加減できなかったんだ」
  夕べは、少し羽目を外しすぎたようだ。慣れない懇親パーティだったからだろうか、綱吉の神経は高ぶっていたのかもしれない。
「謝らないでください」
  ムスッとした表情で、獄寺が返す。
「じゃあ、なんて言ったらいいんだよ」
  と、綱吉がやり返すと、獄寺は口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「そういう時は、キスしてください」



  唇を寄せると、獄寺の下唇をやんわりと甘噛みした。
  柔らかくてぷっくらとした唇の感触に、綱吉は喉を鳴らした。
「甘い──?」
  歯磨き粉のにおいだろうか、合わせた唇の隙間から甘い香りが漂った。
「んっ……」
  焦らすように唇を舐めると、獄寺の舌が舌先にするりと絡みつく。
「ん、ふ……ぅ」
  クチュ、と湿った音がする。
  唾液ごと滑らかな舌を吸い上げると、獄寺の体がビクン、と震えるのが感じられた。
「十代目……」
  離れた唇の隙間から、獄寺が懇願する。
「好きです、十代目」
  啜り泣くような声は不安でいっぱいで、綱吉はそんな表情をする獄寺が可愛くてたまらなかった。
「うん……」
  頷いて、獄寺の体を抱き寄せた。
「好きです……」
  掠れた獄寺の声に、綱吉は何度も頷いた。
「うん、わかってるよ、獄寺君」
  抱き寄せた体が、縋りつくかのように強い力で綱吉にしがみついてくる。
  綱吉は、強く強く、獄寺の体を抱き返した。
  カーテンの向こうから爽やかな風が流れ込んでくる。穏やかで、やさしい風だ。
  獄寺は、しっかりと綱吉にしがみついた。
  何がそんなに不安なのだろうかと思いながらも綱吉は、獄寺を抱く腕の力を緩めることができないでいた。



END (2010.3.9)


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