「十代目!」
ビルの向こうから駆けてきた獄寺にちらりと視線を馳せると、綱吉は頷いた。
「よかった。無事だったんだね、獄寺君」
お互い、体のあちこちに怪我を負っているものの、なんとか無事だったようだ。
チョイス会場となっているこの場所には自分たち以外に人はいないと言うものの、見慣れた並盛の景色はいつもとかわらないように思われた。今、自分たちがミルフィオーレと戦っていることが嘘のような気がしてくる。
綱吉はホッと息を吐き出すと、獄寺の上着の裾から見え隠れしている匣を指さした。獄寺の腰にぐるりと巻かれたいくつもの匣には、蔦がぐるりと巻き付いている。この蔦のせいで、獄寺は匣を開匣することができず、存分に戦うこともままならなかった。
「それ、なんとかしないとね」
そう言うと綱吉は、獄寺の手を引いてビルの陰へと連れていく。
こんな時になにをと言いかけて、獄寺はぎょっとした。すぐ近くに綱吉の顔があった。近すぎると、獄寺は一歩、後退する。
気恥ずかしいような感じがして、どうにもこの距離感がたまらない。
ちょうど、ビルに隠れるようにして二人は立っていた。
綱吉は、獄寺のジャケットの裾から見え隠れする匣に手を伸ばした。
驚いた獄寺が後退さろうとすると、足の間にぐい、と綱吉の片足が差し込まれる。
逃げかけた肩がビルの外壁にぶつかり、獄寺はどこにも逃げ場がないことを悟った。
「すぐすむから」
珍しく強い調子でそう言われたものの、このままじっとしてていいものなのだろうか。
至近距離で目にした綱吉の癖のある髪が、ふわん、と揺れて獄寺の鼻先をくすぐる。
「だ…大丈夫です、から……」
心臓がドギマギして、獄寺の声が柄にもなく掠れる。
「ちょっと黙って」
そう言うと綱吉は跪き、匣の一つひとつに絡みついた蔦を外していく。丁寧に、素早く動くその指に、獄寺はじっと見入っていた。
ドクン、ドクン、と胸の鼓動がうるさく鳴っている。
この鼓動が綱吉に聞こえてしまわないだろうかと、獄寺はわずかに眉間に皺を寄せた。
ドキドキしているのは、綱吉との距離が近いからだ。時折、綱吉の手が衣服越しに獄寺の体に触れると、そのたびごとに体がビクン、と震える。
「ほら、もう終わったよ」
顔を上げて、綱吉が満足そうに笑っている。
「これで大丈夫だろ?」
見ると、獄寺の匣に絡みついていた蔦はきれいに取り除かれていた。
あっという間のできごとだった。
頬をほんのりと上気させた獄寺は、ビルの壁に背中を預けたまま、綱吉を見つめている。 「あ…ありがとうございます、十代目!」
ボンゴレのボスとして、自分ごときに構っている暇などないはずの綱吉が、わざわざ匣を封じた蔦を取り除いてくれたのだ。それだけで獄寺の気持ちは舞い上がってしまっている。
立ち上がった綱吉はというと、どこか照れたような控え目な笑みを浮かべて獄寺を見つめ返した。
「たいしたことないよ、これくらい」
穏やかに告げられ、獄寺はドキッとした。この控え目な笑みが自分は好きなのだと、ふとそんなふうに思った。
「それよりも、入江の野郎が……」
言いかけた獄寺の言葉につられて綱吉は、ビルの向こうへと視線を向ける。それを合図に、どちらからともなく歩き出した。
二人がいた地点からビルをの角を曲がった先には、入江が倒れている。
地面に倒れた入江の腹からは、ドクドクと血が溢れ出していた。着ていた服を赤く染め、それだけでなく地面をも今、赤く赤く染めようとしている。
「正一君……!」
不安そうな表情で綱吉は、声を荒げた。
地面に倒れたままの正一の顔色は、腹から流れ出す血のせいだろうか、紙のように白い。 ちらりと盗み見た綱吉の横顔は、厳しい表情をしていた。こんな時に不謹慎なと思いながらも、心臓がせわしなく騒ぎだすのを獄寺は止められない。こんな大事な場面だというのに、いったい自分はどうしてしまったのだろうか。
獄寺は、誰にも気付かれないようにこっそりと溜め息をついた。
END
(2010.3.24)
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