夏の終わり

  カラン、とグラスにあたった氷が涼しげな音を立てる。
  目を閉じているからだろうか、やけに物音がよく聞こえる。今の音はきっと、テーブルの上に置かれたコーヒーの氷が立てた音だろうと獄寺は思う。
  フローリングの床の上にあぐらをかいて座る獄寺の意識が一瞬、小気味よい音に逸らされた。
「よそ見しちゃダメだよ、獄寺君」
  優しい声が、やんわりと獄寺を咎める。
「ほら、早く口あけて」
  急かすように言われて、獄寺は躊躇いながらもうっすらと口をあけた。
「ダメダメ。もっと大きく」
  途端に、綱吉の声が飛んだ。柔らかなもの言いだが、どこか焦れったそうでもある。
「ほら、早く」
  言われて獄寺は、心持ち大きく口を開けた。あ〜ん、と口を開けてじっとしていると、唇にひんやりとした感触のものがあてがわれる。
  アイスキャンディが口の中に入ってきた。丸棒タイプのものだ。下唇にあたる冷たさに、獄寺の背筋はゾクゾクしている。
「んっ……」
  冷たくて、今はまだ固い。舌を伸ばして舐めると、甘いミルクの味がしている。綱吉がさっき、コンビニで買ってきてくれたものだ。
  口を閉じようとすると、アイスがするりと引き抜かれそうになった。
  慌てて獄寺は口を閉じ、アイスをくわえた。途端に、唾液に濡れたアイスが、唇に甘さを残してゆっくりと引き抜かれていく。
「んんっ!」
  歯を立てようとしたが、すんでのところで取りあげられてしまった。
「十代目ぇ……」
  我ながら情けない声だと思うが、半泣きの声が出た。
「唇が濡れてる」
  そう言って綱吉は喉の奥で笑う。
  今日の十代目は意地悪だと、獄寺は思った。



  夏休みの宿題を一緒にしようと綱吉と約束したのが始まりだ。
  夏ももう終わりに近く、要領のあまりよろしくない綱吉の手元に残った宿題の山を、可能な限り獄寺が手伝いながらひとつひとつ片付けていっている。
  右腕としては当然のことだと獄寺は思う。
  それから、恋人としても当然だ、と。
  二人は夏休み前につきあい始めた。性的なものにあまり縛られない性格なのか、獄寺は男同士であることに戸惑いは感じなかった。だから、綱吉のほうから告白してきた時もキスをしてきた時も獄寺は、舞い上がりこそすれ、二人の関係がマイノリティな関係だということには気を払わなかった。
  一緒にいることができるのなら、なんでもよかったのだ。
  うっすらと目を開けると、悪戯っぽく微笑む綱吉の顔が目に飛び込んでくる。
「最後まで食べさせてあげるから、もう一回、口あけて?」
  そう言いながら綱吉は、アイスキャンディを獄寺の口元へと持っていく。綱吉が手みやげに買ってきたのは、アイスキャンディ一本だけ。食べさせてあげると綱吉が言った時点でなにかがおかしかったのだが、獄寺はこれっぽっちも気には留めなかった。
「舐めて」
  綱吉が言う。
  獄寺はおずおずと口をあけ、アイスに舌を這わせた。
  先っちょのほうをなんどか舌先で舐める。最初は冷たかったが、すぐにアイスは溶けてきた。
  獄寺の唾液と混ざりあったアイスが、ポタリと胸元に落ちる。
「ん、ん……」
  溶けて、肌の上に落ちてくるまでにぬるくなったアイスはベタベタとした感触を残して獄寺の肌を伝う。
  不快感に顔をしかめると、舌の上にアイスの先端を押し付けられた。



  シャツの上にもポタリ、ポタリとアイスがこぼれ落ちる。
「あ……」
  後で洗わないとと、獄寺はぼんやりとそんなことを考えた。甘い、むせかえるような濃いミルクのに味を、獄寺は舌の上で味わう。
  獄寺の喉元に零れたアイスを、綱吉が指で掬い取った。
「甘いね」
  指をペロリと舐めながら、綱吉は無邪気に言う。
  獄寺の手を取ると、綱吉はその手にアイスキャンディを握らせた。
「あとは、自分で食べて」
  そう言うと、獄寺の肩を引き寄せ、喉元に残る溶けたアイスをペロリと舌で舐める。ペロペロと舌先が獄寺の肌をなぞる。丁寧にアイスを舐め取った綱吉は、次は胸元から少し下、シャツの上に零れたアイスを舐めだした。
「ほら、獄寺君、早く食べないとアイスが溶けてくるよ」
  ポタリ、とアイスがまた、零れる。ふと見ると、白い筋が指を伝い、腕に伝い落ちていた。
「うわっ」
  慌てて獄寺は、手首に伝い降りてきた白い液体を自分で舐め取った。
「甘っ……」
  ジュル、と音を立てて手首からてのひら、指へと舌を這わせ、アイスキャンディへとようやく辿り着く。
  アイスの棒を伝う溶けかけのアイスをペロリとねぶり、ジュッ、と汁気を吸う。ふと気付くと、綱吉がじっと獄寺の様子を見つめていた。
「どうかしましたか、十代目?」
  早く食べてしまわないと、あちこちがベタベタになってしまうと獄寺はアイスを口にくわえる。
「オレもちょっと味見させて?」
  ね? と、綱吉は獄寺の顔を覗き込む。
  慌てて獄寺が身を引くと、綱吉はぐい、と 身を乗り出した。チュ、と音を立てて獄寺の唇に軽くキスをすると、ついでアイスキャンディに舌を這わした。赤い舌が蠢いて、チロチロと白いアイスを舐めあげる。
「ぁ……」
  獄寺は、体がカッと熱くなるのを知らず知らずのうちに感じていた。



「甘くて、冷たいね」
  少し掠れた声で綱吉が言う。
  クーラーがかかった部屋の中はよく冷えているが、獄寺の体は熱かった。
「は…い。そう、ですね」
  ピチャ、と音がする。綱吉がアイスキャンディを舐めた音だ。
  ふたりで一本のアイスキャンディを舐めた。
  溶けかのアイスが、たらたらと零れてくる。アイスの棒を伝い、獄寺の手を伝い……二人で零れるアイスを舐めているうちに、舌が触れていた。
  舌先を合わせながら、あいだにあるアイスキャンディを舐める。アイスの甘さと、冷たさと、それから時々触れる互いの舌先のあたたかさに、獄寺はドキドキしている。
  アイスキャンディにねっとりと舌を這わせた。ミルクで白くなった舌を突き出して、綱吉の舌に触れてみる。
「ん……」
  ゾクリと、獄寺の背筋が震える。
「……上から、舐めて」
  綱吉に言われて、獄寺はアイスキャンディを先端から口の中におさめる。唇をきゅっと締めて、まるで……アイスキャンディではないものを舐める時のように。見せつけるかのようにじりじりと焦らしながらアイスキャンディを口にくわえると、獄寺はちらりと綱吉を見た。
「すげ…エロい」
  綱吉は溜息をついた。
「持っててあげるから、最後まで舐めていいよ」
  そう言うと綱吉は、獄寺が持っていたアイスキャンディを取り上げた。



  獄寺がアイスを舐める。
  零れたアイスを舐める綱吉の顔が、次第に下のほうへとおりていく。
  アイスが、そんなところにまで零れたのだろうか? 怪訝に思いながらも獄寺は、綱吉に言われた通りアイスを舐めている。今やアイスはドロドロに溶けだしていた。ベタベタとした白く甘い液体と、獄寺の唾液とで形自体も崩れかけてきている。
「最後まで食べられたら、ご褒美をあげるからね」
  獄寺の股間にチュ、と音を立てて綱吉は、キスをした。ジーンズにアイスが零れた形跡はなかった。それよりも布地の下が熱くてたまらない。
「ん、ん……」
  アイスを舐めようと獄寺が首を傾げる。綱吉も同じように首を傾げ、股間に鼻先をすり寄せた。
「ぁ……やめっ」
  獄寺が身を引こうとすると、するりと綱吉の手が、腰に回された。逃げられないわけではないが、がっちりと腰を掴まれ、獄寺はその手の感触にうっとりとした。
「ほら、零れちゃうよ、獄寺君」
  そう言って綱吉は、獄寺の手首に伝う白い液体を、指で拭い取る。
「ご褒美がほしかったら、頑張って舐めて」
  そう言うとまた綱吉は、獄寺の股間にくちづける。なんどもくちづけられ、獄寺の股間は次第に硬くなってくる。ジーンズの生地が厚いとは言え、こんなふうになんども触れられたら盛り上がった部分が綱吉に丸分かりだ。
  獄寺がアイスキャンディに齧り付くと、綱吉も同じようにジーンズの上から盛り上がった部分を口に含んだ。
「ああっ!」
  体が揺れて、獄寺は慌てて片手を後ろについた。
「ダメです、十代目」
  今にも泣き出しそうな顔をして、獄寺が懇願する。もう、これ以上は触らないでほしかった。このまま触られ続けたら、自分は今にもどうにかなってしまうだろう。
「……じゃあ、やめる?」
  尋ねられ、獄寺は慌てて首を横に振った。
「ダメです!」
  このまま触られるのは嫌。だけどやめるのも、嫌。
  軽く唇を噛んで綱吉の顔を覗き込む。
「どっちも、ダメ?」
  尋ねながら綱吉は、やんわりと獄寺のジーンズの膨らみをてのひらでなぞった。
「どっちも……」
  押し殺したような声が、獄寺の喉の奥から出る。
  触ってほしい。やめないでほしい。もっと、気持ちよくしてほしい。
  滴り落ちるアイスの汁に舌を這わせて綱吉は、仕方ないなと小さく笑った。それからアイスの白い汁でベタベタになった獄寺の唇を指で拭って、ペロリと舐める。
「あとで一緒にシャワー浴びようね」
  そう言うと綱吉は、獄寺の手首に唇を押しつけた。ざらりした感触の舌が、獄寺の肌を舐めあげた。綱吉の口元についた溶けたアイスが艶めかしい。
「──はい、十代目」
  この調子だと明日も綱吉の宿題に付き合わされそうだ。そんなことを思いながらも獄寺は、幸せそうに笑みを浮かべたのだった。



END
(2010.8.19)


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