誕生日には、キスをしよう。
とっておきのディープなキスをして、抱き合って過ごしたい。
一日中イチャイチャして、甘いケーキを食べさせてあげたいし、あわよくば食べさせてもらいたいとも思っている。
いや、その前に誕生日のプレゼントだと獄寺は思う。
敬愛するボンゴレ十代目、綱吉に、なにをプレゼントすればいいだろう?
新作ゲーム? 漫画本? それとも、ミュージックプレイヤー?
あれこれと考えるものの、どうも今ひとつプレゼントとしてはしっくりこない。
獄寺は低く呻きながらボリボリと頭を掻きむしる。
綱吉が欲しいものは、いったいなんだろう?
きっと綱吉のことだから、獄寺がリサーチを始めたらいろいろと気づかれてしまうだろう。どうしたら、綱吉に気づかれずにプレゼントを用意することができるだろうか?
頭を悩ませ、悩ませしながら獄寺は、ああでもない、こうでもないと考えている。
たった一人の愛する人の誕生日だから、とことんまで悩みたい。
だけど、時間の余裕はそんなにあるわけでもない。
そこが最大の悩みどころだ。
──ああ、どうしよう。
溜息と共に獄寺は、小さく呟く。
誕生日という日は、一年に一度しか訪れない。一年三百六十五日のうち、巡ってくるのはたったの一度、一日だけしかチャンスはないのだ。
放課後の屋上から、フェンス越しにグラウンドを見下ろす。
吹きつける風が頬に心地よく、獄寺は目を細めて吹きつける風に身を任せる。
綱吉はいない。
担任に呼び出されて、今頃はおそらく補習室でお小言を頂いているはずだ。
綱吉の補習が終わるまで獄寺は、屋上でぼんやりと佇んでいる。そうしながらも、綱吉の誕生日プレゼントについて思いを馳せている。
なにがいいだろう?
綱吉は、どんなプレゼントなら喜んでくれるだろうか?
いくらお金をかけたとしても、気持ちがこもっていなければ綱吉は喜んではくれないだろう。綱吉が本当に喜びそうなもの、欲しがっているものでなければ意味はないと獄寺は思う。
フェンスの向こう、はるか下に見えるグラウンドでは、山本がバットを振り回してはしゃいでいる。あの男は、野球さえできればそれでいいらしい。なんて気楽なヤツなのだろうと獄寺は舌打ちをする。
自分がこんなにも真剣に悩んでいるというのに、当事者である綱吉からしてあまり興味のなさそうな様子だというのが悪いのかもしれない。
いや、そうではないと獄寺は思い直す。
奥ゆかしい十代目のことだから、大々的に誕生日を祝いたい、プレゼントを贈呈したいと言われれば、恥ずかしがるに決まっている。だからこっそりと事を運ぶしかないのだと獄寺は考える。
事前のリサーチは完璧だが、どれもこれもパッとしない。
あまりにもありそうなプレゼントで、意外性がないのが難点なのかもしれない。
そうだ、きっとそうに違いないと、獄寺は拳を握りしめる。
もっと奇抜なもの……そう、例えば綱吉が思いつかないようなものをプレゼントすれば、喜んでれるのではないだろうか。
皆がプレゼントしないような、ちょっとかわったもの……。
ブツブツと口の中で呟きながら、獄寺はフラフラと屋上を後にする。
綱吉へのプレゼントを考えながら、獄寺は一人帰路についたのだった。
綱吉の誕生日パーティは、山本の家ですることになっている。
夕方六時には仲間たちが竹寿司に集合することになっているから、今からプレゼントを用意しようと思うとそんなに時間はない。慌ただしく自宅へ戻ると獄寺は、ああでもない、こうでもないと考え始める。
綱吉へのプレゼントは、ちょっと奇抜なもののほうが目を引いていいだろう。
綱吉が喜んでくれて、かつ目立つなにかだ。
なにがいいだろう。
どうせなら、綱吉があっと驚くようなものがいいだろう。
そうだ、あれにしようと獄寺は思う。
新作ゲームでもなければ漫画本でもなく、ましてやミュージックプレイヤーでもないプレゼントを、綱吉は気に入ってくれるだろうか?
大急ぎで家に帰ると、制服を脱ぎ捨て、私服に着替える。
皆と一緒に綱吉の誕生日を祝うのもいいけれど、その後に二人だけでもお祝いをしたいと獄寺は思っている。
きっと綱吉だって、そう思ってくれているはずだ。
洗面台の鏡を覗き込んだ獄寺は、手櫛でさっと髪を整える。
それから素早く革のジャケットを羽織り、家を後にした。
歩いて行こうと思うのに、自然と足取りが速くなっていく。
綱吉はもう、竹寿司に着いている頃だろうか?
途中から獄寺は、全力疾走をしていた。
走って、走って、息が切れるほど力いっぱい駆け抜けて、竹寿司に辿り着く。
ガラリと戸を開けて店に入ると、綱吉はまだ来ていなかった。今日は綱吉のために貸し切りで、皆でお祝いをすることになっている。
「お、獄寺。早かったのな」
脳天気な笑みを浮かべて山本が声をかけてくる。
チッ、と舌打ちをして獄寺は、店の入り口へと視線を向ける。
やっぱり、綱吉と一緒に帰ればよかったと獄寺は思う。二人で学校を後にして、着替えてから沢田家まで迎えに行けばよかった。そうしたら、綱吉と一緒にいる時間はもっと増えていただろう。
「ツナもそろそろ来る頃なんだけどな」
できあがった料理をテーブルに並べながら、山本がポツリと呟く。
「仕方ない。俺が十代目を迎えに……」
息巻いて獄寺が言いかけたところで、ガラガラと店の引き戸が開けられた。
「遅くなってごめん」
申し訳なさそうに謝りながら、綱吉が店内へと入ってくる。
「十代目……お疲れさまっした!」
獄寺が声をかけると、綱吉はニコリと笑って頷いた。
「遅かったのな」
山本と綱吉が、補習のことでこそこそと言葉を交わしている。自分とは無縁の補習の二文字が憎らしく思えて、獄寺は眉間に皺を寄せた。
「さあ、ツナさん。こっちですよ。お誕生席に座ってください」
言いながらハルが、綱吉の手を取る。その反対側には京子がいて、やはり同じように綱吉の手を取ってニコニコと笑っている。
「ツナ君、みんな待ってたんだよ、ツナ君が来るのを」
ハルと京子の二人に手を取られ、綱吉はお誕生席に座らされた。
先に来ていた他の面々は既にそれぞれ席について、綱吉が椅子に腰をおろすのをじっと待っている。
「さあ、それでは始めましょうか」
綱吉を椅子に座らせたハルが、よく通る声で皆に向かって声をかける。
「おめでとー、ツナ」
山本が笑いながら綱吉の前に特大の大トロを盛った皿を置く。
「ハルたちからは、手作りケーキでぇ〜す」
そう言うとハルは、京子と二人して作った誕生日ケーキを綱吉の前へと持ってくる。
蝋燭は、誕生日の歳の数だけだ。
「俺が点火しますよ、十代目」
ケーキの上にずらりと並ぶ蝋燭に、獄寺は素早く火を点す。
誰かが店の灯りを消した。
フッと暗くなった店の中に、蝋燭に点された炎がゆらゆらと揺らめいている。
「ハッピーバースデーです、ツナさん」
ハルの音頭で、皆が歌を歌い出す。
ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー……柄にもなく、獄寺も一緒になって歌ってしまった。綱吉のためだと思えば、照れくささもなんのその、根性で獄寺は最後まで歌いきる。
「さあ、一息に蝋燭の火を吹き消すんだぞ」
了平の声に、綱吉は照れ臭そうに頭をポリポリと掻いた。
「十代目、一息っスよ」
獄寺が声をかけると、綱吉がスゥーッ、と勢いよく息を吸い込むのが薄明かりに見えた。 一瞬、フッ、と店内が真っ暗になる。
綱吉が蝋燭の炎を一息で吹き消したのだ。
誰かが灯りのスイッチを探し出し、すぐに点灯させた。
パッとついた灯りの下で、綱吉がどこか照れ臭そうに、困ったような笑みを浮かべている。
「おめでとうございます、ツナさん」
「お誕生日おめでとう、ツナ君」
京子の言葉が終わるか終わらないかのうちに、誰かがクラッカーを鳴らした。
ポン、と小気味よい音がして、あたりに色とりどりの紙吹雪が舞い散る。
それぞれにおめでとうの言葉を口にする中で、獄寺はちらりと綱吉のほうへ視線を向ける。
ちゃんと綱吉は、獄寺の意図するところを読みとってくれるだろうか?
「ありがとう、みんな」
ニコニコと笑みを浮かべて、綱吉が言う。
その笑みを目にした瞬間、獄寺はキスも二人きりの時間もどうでもよくなってしまった。 綱吉がいちばん楽しそうにしているように見える場所で誕生日を祝うことが、いちばんのプレゼントなのだということに不意に思い当たったのだ、獄寺は。
「おめでとうございます、十代目」
獄寺が言うと、綱吉は嬉しそうに笑い返してくれたのだった。
(2011.10.15)
END
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