夕暮れ時に、家族総出でやってきたアミューズメント銭湯にチビたちは大喜びだ。
何年か前にオープンした銭湯で、綱吉はこれまで一度として足を運んだことはなかったが、サウナやエステルームがあったり、ちょっとした軽食を食べるコーナーがあるという噂は聞いていた。今月は、りんごの香りのする湯とみんの香りのする湯を隔週で楽しむことができるらしい。
ほんのりと薄暗い入り口にはポツポツと人が行き交い、こんなところで知り合いとバッタリ出会ったりしたらどうしようと綱吉は、ドキドキしながら通路を進んでいく。
いかにもな雰囲気をかもしだす暖簾をくぐり、綱吉は下足箱に履いてきた靴をしまう。
家族全員で受付フロアへゾロゾロと移動する間に、ランボがはしゃぎすぎて転ぶこと数回、よそ見をしてて人にぶつかること数回を繰り返し、最後には綱吉に抱き上げられて脱衣スペースへ連れていかれるに至った。
風呂に入ることよりも、その後のお楽しみでどのジュースを飲むだの、ソフトクリームはなにを食べるだのを喋り続けるランボを尻目に、綱吉は自分の用意をすませる。リボーンもフゥ太も、既に自分の用意はすませていた。
「ほら、行くぞ」
声をかけると、フゥ太とリボーン、ランボを伴って、浴場へと移動する。カラリと音を立てて脱衣スペースとの仕切りになっているガラス戸を開けると、もわっと湯気が立ち込めて、家の風呂とはまた違った雰囲気がする。
空いているシャワーブースを探しながら、知った顔がないかとあちこちをチラチラとうかがい見る。できることなら、ここで知り合いには出会いたくないものだと綱吉は思う。あまりにも無防備すぎる感がしてならない。
とは言うものの、こぢんまりとしたシャワーブースにいる人たちは背中ばかりが目立って、誰が誰だかわからない。これでは、万が一知り合いがいたとしても気づくこともないかもしれないと思って安心しかけたところで、背後から声をかけられた。
「──十代目!」
嫌と言うほど耳に馴染んだ声に、綱吉はビクッとなる。
途端に心臓がバクバクと早鐘を打つように響きだし、意識しているわけでもないのに全身の動きがぎくしゃくとなってしまう。
こっ、心の準備がっ……──胸の内で呟きつつ、綱吉はおっかなびっくり背後を振り返る。
くるりと振り返ったその先にいたのは、思った通り獄寺だった。腰にタオル一枚を巻いた姿で、嬉しそうにニコニコと綱吉を見つめている。
「十代目も風呂っスか?」
尋ねられ、綱吉は小さく頷いた。
「うちの湯沸かしが故障中なんだ。だから、今日だけ……」
ドギマギしながら綱吉は告げる。
獄寺の肌は思っていたよりも白かった。夏に水泳の授業で見た時も、こんなに白かっただろうか? あの時も太陽の下で見る獄寺の肌は白かったが、今日はまた一段と白く見える。
「そうなんスか。俺は話のネタに来てみたんスけど……こんなところで十代目とお会いできるなんて、ラッキーでした」
嬉しそうな獄寺の笑顔が、真っ直ぐに綱吉の心臓に突き刺さってくる。こんなふうに自分だけに満面の笑みを向けられると、困ってしまうことがある。
「オレ、ここに来るの初めてなんだ」
言いながら綱吉は、わずかにうつむいた。獄寺の裸を見ていたら、ドキドキしてくる。このドキドキがなんなのか、その正体を綱吉はとうの昔に知っている。好きなのだ、獄寺のことが。
「じゃあ、こっちです。俺が案内します、十代目。奥のほうだと、のんびり体を洗うことができますよ」
任せてくださいと、自身の胸を叩いて獄寺は告げた。綱吉は小さく苦笑しながらも、シャワーブースがずらりと並ぶ通路を獄寺の後についてつく。
気がついたら、いつの間にかランボとフゥ太の二人はさっさと体を洗い、湯船に浸かっていた。
二人の様子を視界の隅でチラリと確認してから綱吉は、奥まったシャワーブースで体を洗い始める。
隣のブースは、獄寺が使っている。
体を洗いながらチラチラと獄寺のほうを見る。髪を洗っている獄寺は、綱吉の視線に気づいているのか気づいていないのか、鼻歌を歌いながら呑気なものだ。
やっぱり白い。獄寺の肌をじっと眺めながら綱吉は、思った。
触れたら、どんな感じがするのだろうか、あの肌は。白くて、滑らかで……うっすらとついた獄寺の筋肉に触れてみたいと、綱吉は思う。
それに、手を伸ばせば届く距離だと思うと、気になって気になって、自分の体を洗うどころではなくなってくる。
どうしよう。触りたい……ジリジリと手を伸ばし、指先が獄寺の肩先に触れそうになる。 ──もう少し……。
口の中に溜まった唾を飲み込むと、ゴクリと音がした。
あと少しで手が届く。指先が震える。肩まで、あと数センチだ。
フルフルと震える指先を心持ち伸ばすと、獄寺の肩に触れた。
「あ?」
ふと、獄寺が顔を上げる。
「あっ!」
咄嗟に手を引っ込めると、綱吉は誤魔化すように小さく笑った。
「ごっ、ごめん……肩、冷えてないかなと思って……」
言い訳にもならないような言い訳だと自分でも思いながら、綱吉はボソボソと呟く。
「だいじょーぶっスよ、十代目」
獄寺はそう言うと、仕上げとばかりに豪快に頭からお湯を流し、シャンプーの泡を洗い流してしまう。
「それより十代目、お背中流しましょうか」
嬉しそうに獄寺が尋ねてくる。綱吉は、獄寺の唇が動くのについ見とれてしまっていた。ボンヤリとしたまま、尋ねられた言葉の意味もよく考えずに反射的に頷いてしまう。
「じゃあ、後ろ向いてください」
獄寺は立ち上がると自分のシャワーブースを出て、綱吉の後ろに腰掛けを持ってくる。
「あ、頭もまだなんスか、十代目。背中を流し終わったら、髪も俺が洗ってさしあげますね、十代目」 言われるがままに頷くばかりの綱吉だった。
背中を流してもらううちに綱吉は、股間が熱くなってくるのを感じていた。
ちらちらと見える獄寺の膝や太股が気になって仕方がない。普段はガサツで粗野な雰囲気の獄寺だが、背中を流し、髪を洗ってくれる指先はとても細やかで優しい。誰かに髪を洗ってもらうことなんて、いつ以来だろう。子どもの頃、母に洗ってもらって以来だから、随分と久しく感じられる。
「どっか痒いとことかありませんかね、十代目」
「あ…──うん。大丈夫」
「痛くないっスか?」
「……うん」
痛いのは、綱吉の股間だ。今のところタオルで隠して前を押さえているからいいようなものの、どうにかしなければと気ばかりが焦る。
どうしよう、どうしよう……そんなどうにもならないようなことを頭の中でグルグルと考えているうちに、洗髪が終わった。獄寺の指が、綱吉の癖のある髪を丁寧に解しながら、泡を洗い流していく。
「結構硬いっスね」
水音に紛れて聞き取りにくかったが、獄寺は確かにそんなふうに言った。
「えっ?」
尋ね返すふりをして、綱吉は慌てて体を硬くする。
バレたのだろうか? しっかり隠していたけれど、獄寺にはわかってしまったのだろうか? 股間が硬くなって、先端がヌルヌルになっているのを、獄寺は気づいているのだろうか?
ドキドキしながら硬直していると、獄寺の手が一旦シャワーを止めた。耳元でしていた水音がやんだことで、綱吉は自分の心臓の鼓動がいっそう大きく聞こえてくるような気がしてならない。
「あの……今、なんて……」
「え? 髪ですよ、髪の毛」
ドキドキしながら綱吉が尋ねたというのに、獄寺はなんでもないことのようにさらりと返してくる。
「見た目が柔らかそうなのに、結構しっかりしてて硬い髪ですよね、十代目の髪って」
そうだろうか? 癖毛でなかなか思うようにまとまらないのは自分でもわかっていた。しかし今の綱吉にはそれ以上に気になることがある。「そうかな」と気のない口調で返しておくにとどめる。 それよりも、だ。気になるのは股間のこの嵩高さだ。今はタオルで隠していられるからいいが、どうしたらいいだろう。このままでは獄寺に気づかれるのも時間の問題だ。
どうしよう……思った瞬間、獄寺の手がシャワーのレバーを押した。ザア、とお湯が綱吉の頭に降り注ぎ、髪に残っていた泡が次々と流されていく。
「終わりましたよ、十代目」
指でさっと髪を整えて、獄寺は「これでおしまいです」と告げてくる。
「あ……うん、ありがとう、獄寺君」
だけど、まだ湯船に移ることはできない。
綱吉は複雑そうな笑みを口元に浮かべた。
「オレ、顔洗ってから行くから、獄寺君、先にお湯に浸かっててくれる? 顔洗ったらすぐ行くから」 綱吉の言葉に、獄寺は怪訝そうにしながらも「じゃあ、先に浸かってますね、十代目」と言い残してさっとシャワーブースを後にする。
シャワーブースには綱吉一人になった。奥まったところに陣取ったおかげで、おそらく湯船のほうからはなにも見えないはずだ。タオルで隠した下の空間に、綱吉は手を入れてる。既に勃起して硬くにっていた性器をてのひらに包むと綱吉は、さっさと熱を鎮めるべく手を動かした。
どうか、人が来ませんように。そう思いながら必死になって手を動かす。クチュクチュという湿った音は、シャワーの音で誤魔化すことができるだろう。シャワーの勢いが落ちてくるとレバーを押し、桶の中にお湯を汲み続ける。そうしてなんとか処理を終えた綱吉は、最後にざっとシャワーを浴びてから獄寺の待つ湯船へと向かったのだった。
(2012.2.19)
END
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