純愛日和

  学校からの帰り道で、二人だけの時間を堪能する。
  野球部の練習で山本がいないことを密かに喜びながら獄寺は、綱吉と肩を並べて通い慣れた道をのんびりとした足取りで歩いていく。
  手にした傘を振り回しながら綱吉は、面白くなさそうな顔をしている。朝、登校前に母から「今日は雨が降るから持って行きなさい」と渡された傘が、邪魔で仕方がないのだ。
「お持ちしましょうか、十代目」
  愛想よく獄寺は尋ねかける。
  荷物がひとつ増えるぐらい、どうということはない。好きな人の荷物だと思えば、これっぽっちも気にならなくなるから不思議なものだ。獄寺はひょい、と綱吉の手から、傘を取り上げた。
「わ、獄寺君、いいよ、そんな……自分の荷物ぐらい、自分で持つから」
  慌てて綱吉が言うと、獄寺はやわらかな笑みを浮かべた。
「だいじょーぶっスよ、十代目。こんなの、たいした荷物になりませんから」
  傘を理由に、綱吉の家までついていってしまおうか。それとも、いつもの分かれ道に来たらさっと傘を返してしまうべきだろうか。あまりしつこくすると綱吉の心証もよくないだろうから、適当なところでさっさと引き上げるのもひとつの手だ。恋愛の駆け引き……というほどのものではなかったが、それに似たことなら、少し前から獄寺は、いくつも試している。
  少し前……そう、未来の世界から皆で無事に戻ってきて以来獄寺は、綱吉のことが気にかかって仕方がない。
  どうしてこんなに気にかかるのか、ずっと考えていた。
  考えて、考えて……綱吉のことばかりで頭の中がいっぱいになってしまうくらい、綱吉のことを考えて過ごした。
  そうして導き出した結論は、自分が綱吉を好きだという事実だった。
  そう。自分は、綱吉のことが好きなのだ。男が女に対して抱くような気持ちと同じ、恋愛感情を獄寺は、綱吉に対して抱いている。
  綱吉は嫌がるだろうか? 気持ち悪いと言って、獄寺を拒むだろうか?
  わからないけれど、今の自分は、綱吉と一緒にいて楽しいと思っている。
  綱吉もまた、獄寺と一緒にいることを楽しんでくれているようだ。
  だったら自分の気持ちを表に出さないようにして、綱吉のそばにいればいい。バレたらバレたで、その時に考えればいいだろう。
「じゃあ……傘を持ってくれたお礼に、うちに寄ってく? 今日は母さん、チビたちにせがまれてケーキを焼くって言ってたんだ。だから、もしもよかったら……」
  綱吉の言葉に、獄寺は二つ返事で頷いた。
「行きます! 絶対にお邪魔します、十代目!」
  綱吉の母が料理上手なことは、とっくに獄寺も知っている。何度も食べさせてもらったことがあるが、そこらへんのスイーツショップのケーキと比べても遜色はないだろう。
  こうして獄寺は、あっさりと綱吉の家までついていくための理由を手に入れたのだった。



  沢田家の玄関を開けると、ほのかに甘ったるいにおいがキッチンのほうから漂ってきていた。
「おいしそ〜!」
  今にも涎を垂らさんばかりの様子で呟くと、綱吉は無造作に靴を脱ぎ捨て、家へと上がる。
「ほら、獄寺君も上がって、上がって」
  そう言って手を取られれば、同じように獄寺もたたきに靴を脱ぎ散らかしたまま上がるしかない。
  手を引かれて、つんのめり気味に家へ上がると、そのまま二階の綱吉の部屋へと連れて行かれる。
「今、ケーキもらってくるから待っててくれる?」
  適当に座っててねと言われれば、獄寺としてはその言葉に従うしかない。
  ローテーブルを前に、床に腰を下ろした獄寺は手持ち無沙汰にぼんやりと窓の向こうの景色を眺めている。
  すぐに階段を上ってくる綱吉の足音が聞こえてきた。入り口のほうへと顔を向けると、ちょうど綱吉が部屋に入ってくるところだった。
「ケーキじゃなくてアップルパイだったよ、今日のおやつは」
  嬉しそうに綱吉が言うのに、獄寺も満面の笑みを浮かべて頷く。
「十代目のお母様のアップルパイは絶品っスよね、本当に。商店街のケーキ屋のケーキよりも美味いっス!」
  ほんのりと甘酸っぱい、お母さんの味だと獄寺は思っている。幼い頃に亡くした母がどんな人だったのか、獄寺の記憶にはほとんど残っていない。年々、記憶は塗り替えられていく。誰かから聞く母のイメージがいくつも上書きされ、自分の中の母というのは、色あせた写真のようにぼんやりとしたイメージでしかなくなってしまっている。
「そう? 確かにおいしいとは思うけれど……それは誉め過ぎだよ、獄寺君」
  そんなことはありませんと獄寺は返した。綱吉の母の手料理を口にするたび獄寺は、自分の母の手料理を思い出そうとする。もしかしたら彼女は、料理なんてしたことがなかったかもしれない。だがそれでも、日常のこんなささやかなものにまで獄寺は、母の面影を求めてしまう。
「これ食べたら、そろそろ宿題しよっか」
  夕飯も食べていくよね? と綱吉の目が、尋ねている。
「そうっスね、十代目」
  できるだけ綱吉や沢田家には迷惑をかけないようにしている獄寺だったが、こういう時はたいてい、綱吉の母の奈々に押し切られる形で夕飯どころか風呂までいただいて帰るのがデフォルトとなりつつある。綱吉の部屋のタンスには獄寺の着替えも少しなら置いてあるし、いつ泊まりに来てもいいようになっている。居心地がよすきるのも問題だなと獄寺は思う。
  この家は、とても居心地がいい。逆によすぎて、帰りたくなくなってしまうぐらいだ。
  パイのしっとりサクサクとした歯ごたえを愉しみながら、獄寺はアップルパイを平らげてしまう。シナモンの香りはほんのり香る程度だ。それから砂糖なしのアイスコーヒーをゴクゴクと、息もつかずに飲み干した。
  喉も渇いていたし、ちょうど小腹が空いていた。これで夕飯までは宿題に集中できると、獄寺はホクホク顔だ。
「ごちそうさまでした、十代目」
  そう告げると獄寺は、宿題に取りかかるべくそそくさとテーブルの上を片づけてしまったのだった。



  綱吉と一緒に宿題をするのは、楽しい。
  たとえ自分が教えるばかりだろうとも、綱吉と一緒に宿題をしているのだという事実が、獄寺にとっては嬉しくてたまらない。
  二人でこうして頭をつき合わせてなにかをするのは、なんだか特別のことのように思えてならない。
  静かな部屋の中では、互いがノートに走らせる鉛筆の音しか聞こえない。
  時々、綱吉は手を止めて獄寺のほうを見る。
  視線に気づいて獄寺が手を止めると、綱吉のほうはさっと下を向き、ノートに文字を書き始める。
  どうやら宿題の問題がわからないというわけではなさそうだが、それにしてもこの視線の意味を獄寺ははかりかねている。
  綱吉に直接尋ねるには、勇気がいる。もしも自分の勘違いだったら、恥ずかしい。まさか綱吉が、自分のことを見つめているだなんて、自意識過剰にも程がある。そんなこと、あるわけがないだろう。
  問題を解いていると、またしても綱吉の視線を感じる。
  ちらりと顔を上げた獄寺は、綱吉の目を正面から受け止めた。
「十代目、あの……」
  言いかけたものの、なにをどう話せばいいのかがわからない。
  困ったように口をパクパクとさせていると、綱吉がクスッと笑った。
「あ、ごめんね、獄寺君」
  笑ったことを謝っているのか、それともこちらを見ていたことを謝っているのか。獄寺には、綱吉の「ごめんね」がなにに対する謝罪なのかがわからない。
「あの、さっきから十代目、なに見てんですか?」
  自分ではなくて、なにか別のものだろうか?
  怪訝そうに首を傾げると、綱吉の手が、ひょい、と獄寺の髪に触れてきた。
「え……あ?」
  慌てて上を向こうとすると、「じっとして」と綱吉に言われてしまった。
  仕方なく獄寺は、その場でじっとしている。動かないように気をつけて。
  綱吉の手は、獄寺の前髪に触れてきた。おそらく髪が跳ねていたのだろう、サイドに近いところの髪の房を撫でるようにして、なんども指で梳いてくる。
「さっきから気になってさ、この跳ねが」
  そう言った綱吉の手が、獄寺の銀髪を指に絡みつかせる。
「ほら、獄寺君の髪ってきれいな銀色だろ。窓から入ってくる光に反射してきれいだから、どうしても目が、跳ねのほうにいってしまって……」
  そういうことだったのかと獄寺は納得する。
  アップルパイは食べたし、髪の跳ねも直してもらった。この後は夕飯とお風呂をいただいて帰る予定だ。今日はいいこと尽くしだ。おまけに、髪がきれいだと綱吉は言ってくれた。過去に銀髪だからかわっていると言われたことはあったが、それを綱吉はきれいだと誉めてくれたのだ。
「いえ、こちらこそありがとうございます、十代目」
  言いながら獄寺は、自分の心臓がドキドキとうるさいぐらいに響きだしたことに気づいていた。こんなに大きな音では、綱吉に聞こえてしまうのではないだろうか。
「宿題が終わったら夕飯まで少し時間がありそうだから、一緒にゲームでもしようか」
  綱吉の言葉が、獄寺には嬉しい。
  実家にいた頃には、遊び相手になるような年の近い子どもが一人としていなかった。いや、いるにはいたのだが、同じ年頃の子どもと遊んだことはほとんどなかったと言ったほうが正しいだろう。詮索好きで打算的な子どもたちと仲良くするよりも、一人でいるほうがずっと気分的にも楽だった。
  だから日本へやってきた時、沢田家が誰彼構わず家に上げ、挙げ句ちゃっかり居座ってしまっているランボやイーピン、姉のビアンキを快く受け入れていることに少なからず驚きを感じたものだ。
「いいっスね、十代目」
  自分もその一人になれるだろうか?
  ここで、家族の一人のように扱ってもらえることをこの先、夢見てもいいだろうか?
「じゃあ、さっさと片づけちゃおう」
  わからないなりにも一生懸命宿題を解く綱吉の言葉に、獄寺は大きく頷いた。
「はい、十代目!」



(2012.8.4)
END



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