「コッ……コンドーム、く、ください!」
罰ゲームだと囃し立てられ、仕方なく入ったドラッグストアで綱吉は声を張り上げた。
それまで賑やかだったレジ周囲の買い物客がピタリと口をつぐみいっせいに綱吉のほうへと視線を向けてくる。
しかし、少し前からこの店でバイトをしている獄寺は手慣れたもので、ニコリと笑みを浮かべて尋ね返してきた。
「サイズはいかがいたしましょうか」
「サ……サイズ? サイズなんてあるの?」
赤くなったり青くなったりしながら綱吉は聞き返す。
「はい。Sは長時間硬度を保てるストロングのS、Mは無限に持続するメガパワーを見せつけるメガのM、Lは奥まで届いて相手を悶えさせるロングのLです」
淀みなく説明する獄寺に、嘘だ、と綱吉は、すかさず心のなかでつっこんだ。
恥ずかしくて顔から火が吹き出しそうだが、罰ゲームのことを知っている獄寺は、しれっとした顔で説明を続けてくる。
「──……それで、どれにします、十代目?」
ぐい、獄寺がコンドームの箱を突きつけてくるのに、綱吉は涙目で睨みつけた。
「エ……Lサイズでお願いします」
すぅ、と息を吸い込んで一息に言い放ったからか、声が盛大に裏返ってしまった。
静まり返った店内のあちこちで、我に返ったように人々がヒソヒソと言葉を交わしだす。刺すように冷たい視線が綱吉に集中し、いたたまれない気持ちになってくる。
「奥まで届いて相手を悶えさせるロングのLサイズっすね!」
店内に響き渡る獄寺の声に、綱吉は思わず、財布を握りしめた手をふるふると震わせた。 罰ゲームなんてするもんじゃない。いや、そもそもなんで罰ゲームなんてことになったのか、そっちのほうが不思議でならない。
ただ単に、男三人のエロトークではしゃぎすぎただけだというのに、罰ゲームだなんてあんまりだ。獄寺がバイトをするドラッグストアで、大きな声でコンドームのLサイズをくださいと言わないといけないなんて……そんな馬鹿げたことを言い出したのはいったい誰だよ。噛みしめた奥歯をギリギリと摺り合わせて綱吉は、爽やかな笑顔の獄寺を睨みつける。
綱吉の付き添いとしてやってきた山本は背後で笑いを堪えて悶絶しているし、すぐそこの柱の影からこそこそとこちらの様子をうかがっているのは白蘭と正一ではないか。いや、確か店の入り口あたりに骸もいたような気がする。三人だけの会話だったはずなのに、どうして他の人間にまで罰ゲームのことが知れ渡っているのだろう。
「……後で覚えてろよ、隼人」
他の人には聞こえないようにポソリと呟いたもののやはり恥ずかしいことにかわりはなく、獄寺に手渡された紙袋を手に、綱吉は逃げるようにして店を飛び出したのだった。
ドラッグストアを出た綱吉は、途中で山本と別れて一人マンションの部屋に戻った。
大学へ進学し、少し前から一人暮らしを始めた綱吉だったが、部屋にはいつの間にか獄寺が転がり込んできていた。いわゆる同棲というやつだろうか。
中学時代に互いの気持ちに気づき、つき合うようになった。いまだに綱吉にベタ惚れの獄寺はいったい、こんな自分のどこを好きになったのだろうと思わずにはいられない。この奇妙な同棲は大学を卒業した今も続いている。彼の盲信的な気持ちの表し方は時に疎ましく、時に嬉しくもあった。こんなに好きになってもらえるというのはありがたいことだが、それにしても同じ男の自分のどこがよかったのだろうか。綱吉にはさっぱりわからない。獄寺のほうはあまり男同士ということに頓着している様子は見られない。言葉や態度で好きだ、愛しているとしじゅう表現してくるものだから、綱吉に対して愛情は持っているのだろうが、実際はどうなのだろう。獄寺のその気持ちが恋愛感情からくるものなのかどうかは、疑問に思えることもある。
もしかしたら獄寺にはもともとそういった嗜好があって、男同士がいいだけなのかもしれない。昔から獄寺は、十代目の右腕という立場にひどく拘っていた。そう考えると、相手がボンゴレ十代目という立場の人間であれば別に綱吉でなくてもよかったのかもしれない。
「……誰でもよかったのかな」
低く呟くと綱吉は、手に持っていた紙袋をポン、と足下に投げ捨てた。
いちど悪い方へと考えが向かいだすと、どんどん悪い方へ、悪い方へと気持ちが向かってしまう。
眉間に皺を寄せ、難しい顔をしているとそのうちに玄関チャイムが鳴り、ドアの開閉する音が聞こえてきた。
バイトを終えた獄寺が帰ってきたのだ。
「ただいま戻りました、十代目」
礼儀正しく玄関口で声をかけた獄寺が、真っ直ぐに綱吉のいるリビングへとやってくる。 リビングのドアが開く寸前に綱吉は、すかさず爪先で足下の紙袋をソファの下へ押し込んだ。
好きだと打ち明けられて、少しずつ獄寺のことが気になっていった。
同じ部屋で一緒に住むようになって、もっともっと獄寺のことが気になったし、好きにもなっていった。
今まで以上に、だ。
「おかえり、獄寺君」
声をかけると獄寺は嬉しそうに微笑む。
この笑顔が好きだと綱吉は思う。
屈託のない大らかな笑顔に、自分はいつも支えられている。もうずっと昔から。
「今日は大変でしたね、十代目」
さっきの店でのやりとりを思い出したのか、獄寺がクスクスと笑いながら綱吉を労ってくる。最初に罰ゲームを言い出したのは、山本だ。それに乗っかったのは綱吉で、獄寺は最初は無関心を装っていたような気がする。
「ホント、無茶苦茶だったよね、あの罰ゲーム」
元を正せば、調子に乗ってあんなことやこんなことを喋ってしまった綱吉が悪いのだ。とは言うものの、親友に尋ねられたら本音で喋らずにはいられないのは皆同じではないだろうか。
「俺だって恥ずかしかったっスよ」
ほんのりと目元を赤らめて獄寺が言い訳を口にする。
店頭ではしれっと語っていたのはどの口だと聞きたくなる。
「でも獄寺君、楽しそうだったよね。奥まで届いて相手を悶えさせるロングのLサイズっすね! なんて言っちゃってさ」
少し意地悪かったかもしれないが、綱吉は獄寺の口調を真似てみせた。
「や、あれは、その……」
あれは罰ゲームの一環として、購入する綱吉が恥ずかしい思いをするような切り返しをするようにというルールになっていたのだから、仕方がないことはわかっている。
それでも、ひとこと言っておかずにはいられなかった。
「ちゃんとわかってるから大丈夫。獄寺君は、奥まで突かれて悶えるのが好きなんだよね」
ニヤニヤと笑いながら言ってやると、獄寺は可哀想なぐらいに狼狽した。
「ちがっ……」
「違わないよね」
一緒に暮らして夜を共にしていれば、どこをどうすれば相手が悦ぶのかわからないはずがない。
後ろから奥のほうを突いてやると、いつもよがって啜り泣くことを獄寺は自覚しているのだろうか。自分から腰を揺らして、だらしなく開けた口の端から涎を垂らして、身も世もないといった様子で嬌声を上げる自らの乱れる姿を、いつか本人に見せてやりたいものだと綱吉は思う。
「そうだ、さっきのお礼をしなきゃだね、獄寺君」
いいことを思いついたとばかりに綱吉は、獄寺の手を取った。
「寝室へ行こう」
「……っ」
奥まで突いてあげるからと低く囁くその声に、獄寺が小さく震える。
もちろん、コンドームはなしだ。今夜は後ろからではなく、前から、獄寺の顔を見ながら奥まで深く突いてやろう。罰ゲームで恥ずかしい思いをした分、獄寺が悶え、乱れる様子をたっぷりと堪能させてもらうことにしよう。
「おいで、隼人」
いつになく強い口調で綱吉が命じると、耳まで真っ赤にした獄寺は伏し目がちに頷いて、寝室へと足を向けた。
獄寺の後から灯りのついていない寝室に入った綱吉は、ドアをパタン、と閉じる。
その瞬間、暗がりの中で獄寺の微かな期待に満ちた吐息が聞こえてきたような気がした。
(2014.7.13)
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