オレンジの月

  月明かりの道を、獄寺は綱吉と並んで歩いている。
  雲一つない紺碧の空に、丸くて大きな白い月がかかっている。
  綺麗だなと、獄寺は心の中で思う。
  空気が澄んでいるのか、少し肌寒い。それすらも心地よく感じるほど、今夜の月は綺麗に輝いている。
  綺麗だな──もう一度、口の中で獄寺は呟く。
  今日は獄寺の誕生日だったが、現実はそんないいものではなかった。
  同盟マフィアとの取引に失敗したランボの尻拭いであちこちを駆けずり回って、気づけばもうそろそろ日付が変わる頃になっていた。
  はあぁ、と溜息を零すと、隣を歩く綱吉が小さく笑う。
「今日はお疲れさま、獄寺君。大変だったね」
  さらりと労りの言葉をかけてもらうが、本当に大変だったのは綱吉のほうだ。
  弟分のミスだからとボスが直々に出てきたはいいけれど、血の気の多い対抗勢力の連中からは追い回されるし、取引先の幹部からはなじられるしで、いいことは何一つとしてなかったはずだ。
  それでも綱吉は今、どこか楽しそうに獄寺の隣を歩いている。
「……十代目こそ」
  ぽそりと獄寺が呟くと、不意に綱吉は立ち止まった。
  獄寺のほうを向いて、不思議そうに首を傾げている。
「なに言ってんのさ、獄寺君。君、今日が自分の誕生日だってこと、忘れてるだろ」
  こんな時ぐらい、素直になればいいのに。そう言って綱吉は、獄寺の頬に手を添えてくる。
「誕生日おめでとう、獄寺君」
  真っ直ぐに見つめてくる綱吉の瞳が、月の光を受けて僅かにオレンジがかって見える。
「十代目……」
  何か言おうとして口を開いたら、キスで唇を塞がれた。
  優しくて穏やかなキスに獄寺はそっと目を閉じた。



  マンションの二人の部屋へ戻るまで、ずっと後ろを月がついてきた。
  丸くて大きな白い月が、二人のあとをついてくる。
  見られているのだと思うと、手を繋ぐことすら恥ずかしいような気がして、妙に照れくさくなる。ドキドキと高鳴る胸の鼓動を誰かに聞かれるのではないかと、少しだけ不安になる。
  月が見ているだけなのにと、綱吉が耳元でクスクスと笑う。
  それだけのことでも獄寺は恥ずかしくなって、綱吉から身を離そうとする。
「今さら、だろ?」
  そう言った綱吉の横顔がいつもより男らしく思えて、獄寺は一瞬、見とれてしまった。
  つきあい始めてもう十年にもなる。キスだけでなくセックスもする仲だというのに、どうしてこれしきのことでドキドキするのだろう。綱吉のことを、いつも以上に格好いいと思ってしまうのだろう。
「鍵、開いたよ」
  ドアを大きく開き、綱吉が獄寺を呼んでいる。
  そそくさと獄寺がドアを潜ると、「おかえり、獄寺君」と綱吉が声をかけてくれる。
「た……ただいま帰りました」
  ボソボソと獄寺は返す。
  今日はなんだか、綱吉のペースに翻弄されているような気がする。
  玄関のたたきを上がったところで、どちらからともなくお帰りのキスを始めてしまった。
  こんなふうに綱吉にドキドキしたり、甘い気持ちになったりするのはどうしてだろう。
  今日が、自分の誕生日だからだろうか。
  キスを交わしながらゆっくりと部屋を移動して、寝室へと向かう。
  ドアを開けて、そこで上着を床に落とした。ネクタイと、シャツも。
  それから縺れ合うようにして部屋を横切り、ベッドにダイブする。
  枕元から窓のをちらりと見ると、月が見えていた。
  丸くて大きな白い月が、ガラス越しにじっと二人を見つめている。
  しばらく月を見つめていると、綱吉の唇がチュ、と音を立てて獄寺の乳首を吸い上げてきた。
  スラックスは下着ごと剥ぎ取られ、今や獄寺はなにも身に着けていない丸裸だ。
「……ぁ」
  掠れた声が洩れた。
  綱吉の唇はゆっくりと乳首をなぞり、吸い上げ、下のほうへと移動していく。
「十代目……」
  手を伸ばすと、癖のある綱吉の髪に指が触れた。髪の中に指を差し込み、優しく掻き乱す。
  綱吉の指が同じように、獄寺の陰毛を掻き乱し、その中でくたりとなっていた陰茎を探し当てる。
「じゅ……十代目、汚いですから……」
  言いかけた獄寺の言葉を無視して綱吉は、パクリと陰茎を口に含んだ。ふにゃりとした小さな性器が綱吉のあたたかな口の粘膜に包まれ、舌と歯とで愛撫されると、少しずつ硬さを増してくる。
「ん、ぁ……」
  綱吉の体を導くように立て膝にすると、節くれ立った指が獄寺の窄まりを探ってくる。丁寧に爪を整えた綱吉の指は慎重な手つきで獄寺の襞をまさぐり、淵に指を引っかけた。
「ジェル、貸して」
  一旦顔を上げて綱吉が声をかけてくる。
  サイドボードの引き出しから潤滑剤を取り出すと獄寺は、蓋を取って綱吉に手渡す。
「前からと後ろから、どっちにする?」
  掌に垂らしたジェルを温めながら綱吉は尋ねてくる。
  そんなことをいちいち尋ねないでほしい。いつもは、自分の好きなようなするくせにと小さく恋人を睨みつけてやると、綱吉はニヤニヤとした笑いを浮かべて獄寺を見つめている。
「誕生日の主役だから、リクエストがあるならお応えするよ?」
  そんな、綱吉らしくない気の利いたふうな言葉をかけられて、獄寺の頬がカッと熱くなった。



  ゆっくりと綱吉の竿が獄寺の中に押し込まれてくる。
  いつもにも増して圧迫感のあるそれが、獄寺は好きだった。
  硬くて長いそれが自分の腹の中にすっかり収まってしまうのは少し苦しかったが、嫌ではなかった。こうすることで、綱吉の何もかも全てが自分のものだと思えることもあった。
「じゅ……代、目……」
  上擦った声で綱吉を呼ぶと、こめかみに唇が下りてくる。
  足を左右いっぱいに押し広げられ、前から犯されるのは好きだった。綱吉のイく時の顔を見ることができるのが、獄寺はいつも嬉しかった。
「十代目……」
  何度も、なんども、綱吉を呼ぶ。
  そのたびに綱吉の唇が、獄寺の顔や髪やこめかみや唇に下りてきて、優しく啄んでいく。
「……獄寺君」
  掠れた声で綱吉が名前を呼んでくれる。
  恋人の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめると、体の奥深いところを突き上げられた。内壁を擦り上げ、グチュグチュと湿った音を立てながら何度も突かれて獄寺は身を仰け反らせた。
「あっ、あ……」
  息を荒げて目を見開くと、窓の向こうに月が見えていた。
  先ほどよりもほんのりと色づいて、オレンジ色に輝く丸くて大きな月が見えた。
「ああぁ……っ」
  窓のほうへと手を伸ばすと、綱吉の手に捕まえられた。
  指と指とを絡めて、シーツの上にぎゅっと手を繋ぎ止められた。
「こっちだよ、獄寺君。掴まって」
  耳元に熱い吐息ごと囁きかけられ、獄寺はもう一方の手でしっかりと綱吉の背中にしがみついた。両足を綱吉の腰に絡めると、突き上げがいっそう激しくなる。
  肉と肉とがぶつかりあって、淫猥な湿った音が部屋に響く。汗と精液のにおいが充満して、獄寺の頭の中が綱吉でいっぱいになっていく。
  不意に獄寺は、目を見開いて、月明かりに照らされる綱吉の顔を見上げた。
  眉間に皺を寄せ、額に汗の粒を浮かべた綱吉が、真っ直ぐに獄寺を見おろしていた。
  視線が絡み合って、その途端、腹の中の異物が大きく震えた。ドロリとした白濁に獄寺の腹の中が濡らされていく。
「ぁ……」
  声を上げると綱吉の顔が下りてきて、唇ごと声を奪われた。
「ん、ん……」
  クチュ、と音を立ててキスを交わした。
  唇が離れていくと、名残惜しそうに唾液が糸を引いて互いの唇を湿らせる。その様子が、綱吉の口元があまりにもエロチックで、獄寺は口の中に溜まっていた唾をゴクリと飲み干す。
  綱吉が、月の光の中で微かに笑った。
  オレンジ色だと、獄寺は思った。
  月も、綱吉の瞳も、綺麗なオレンジ色をしている。炎のように鮮やかな色だ。
「十代目……」
  手を伸ばして綱吉の体を引き寄せると、獄寺は今度は自分からキスをした。



(2014.9.9)


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