秋の日

  河川敷を歩くと、膨らんだススキの穂が風に吹かれて揺れていた。
  夏の陽射しはなりを潜め、最近では夕方ともなるとひんやりとした風が吹くようになった。そうするとどこかしらもの悲しいような感じがしてくるから秋は不思議だ。
  学校指定の鞄を提げて獄寺は、綱吉と並んで河川敷を歩いていく。
  二人とも黙りがちになると、どうしてだか空気が重くなるような気がする。
  少し前まではこんなことはなかったのに、どうしてだろう。
  喋りかけようとして、数秒おいて、口を噤む。
  獄寺がそんなことを何度か繰り返していると、そのことに気づいていた綱吉がとうとう根負けして立ち止まった。
「あの、さ……」
  喋りかけようとしてもうまく言葉が出てこないのは、なにも獄寺だけではない。
  互いに気まずそうに俯いて、その場で立ち止まるばかりだ。
  おかしいだろう、と獄寺は思う。
  どうして今までのように言葉が出てこないのだろう。
  喋りたいことはたくさんある。聞いてほしいことも、聞きたいことも胸の内にはたくさんあるはずなのに、言葉ひとつ出てこないのだ。まるで、何かの病気か呪いにでもかかってしまったかのように。
「十代目……」
  なんとか声を出そうとすると、掠れて弱々しい声が出た。
  気恥ずかしくなって俯くと、耳のあたりが熱くなってきた。そこから頬へ、首へと熱が伝い下りてきて、獄寺は自分が真っ赤になっていることをはっきりと悟った。
「あ……あの……」
  なんでこんなことになっているのだろう。ただ言葉を発するだけだというのに、こんなに真っ赤になって自分はいったい何をしているのだろう。
  ちらりと綱吉のほうを盗み見ると、どうしてだか彼も赤い顔をして俯いている。
  男が二人、向かい合って真っ赤になって、いったい何をと獄寺は思う。
  言葉が出てこないのがもどかしくて、眉間に皺を寄せる。そうすると獄寺の場合はつられて目を眇めることにもなるから、いっそう顔つきが悪くなる。
「ごっ……獄寺君、顔、恐いよ……」
  ボソリと呟いた綱吉の言葉に、獄寺はガクリと項垂れた。
  男の自分が女の京子やハルのような可愛らしさを追求することはできないが、せめて綱吉に恐がられないようにするぐらいのことはできるはずだ。
  ぐっと奥歯を噛みしめて、それから息を深く吐き出す。
「あ、の……」
  喉がカラカラに乾いて、言葉がうまく出てこない。
  咳き込みそうな感じもしてる。
「あの、俺……」
  もっと綱吉と一緒にいたい。他愛のない話をして、笑い合いたい。綱吉のいろんな表情を見て、言葉を聞いていたい。
  ずっと、ずっと……。
「ま、まだ、もう少し帰りたくないか、な……なんて……」
  ハハハ、と乾いた笑いを零すと、綱吉はホッとしたように息を吐き出した。
「よかった。オレも今、そう言おうと思ってたとこなんだ」
  こんな時でも似たようなことを考えていたのだと思うと、恥ずかしいような嬉しいような感じがした。



  河川敷の道をだらだらと歩きながら、ふと西のほうへと目を向けた。
  オレンジ色の太陽はゆっくりと地平線の向こうへ沈もうとしている。
  目にも鮮やかな夕焼けが空いっぱいに広がって、歩く二人を残照が優しく包んでくる。
  今しがたの気まずい気持ちを抱えたまま、二人は黙って歩いていく。
  隣同士に並んで歩くと、時々、手や指がぶつかりそうになった。
  歩きながら獄寺は、甘酸っぱいようなほろ苦いような切ない気持ちになってくる。
  視界の端では、困ったように少し俯き加減に歩く綱吉の癖のある髪が揺れている。
「俺……」
  ポソリと獄寺は呟いた。
「十代目のことが……その、すっ、好き……なんです」
  いつの間にか、尊敬の念だとか、憧れだとかの気持ちを通り過ぎてしまっていた。
  気がついたら綱吉のことを好きになっていた。男とか女とか、そういう性別に関係なく、彼のことを好きになっていた。最初は恋愛感情とは異なる感情だと思い込もうとしていたが、そうではないことに少し前に気づいたのだ。自分は、これまで綱吉のことを恋愛の対象として見ていたのだ、と。
「あの……」
  言い訳がましく口を開くと、綱吉はきょとんとした表情で獄寺を見つめてくる。
「じゅっ、十……」
「……なんだ、獄寺君もそうだったんだ?」
  ほーっ、と綱吉が深いため息をついた。
「あのっ、違っ、俺が言ってんのは……」
  慌てて獄寺が言い直そうとするのに、綱吉はにっこりと笑いかけてくる。
「大丈夫。獄寺君の言いたいこと、オレ、ちゃんと理解してるつもりだよ?」
  そんなふうに言われたりしたら、いろいろと自分に都合のいいように誤解してしまいそうだ。
  眉間に皺を寄せると獄寺は「本当ですか?」と恐る恐る尋ね返した。



  自分の気持ちを伝えるところまでは問題なく遂行することができた。
  だが、問題はその後だ。
  綱吉から、こんなに簡単でわかりやすい返事が戻ってくるとは思ってもいなかった。
「オレもさ、獄寺君のことがずっと気になってたんだ。でも男同士だし、おかしいよね、って思って、黙ってた。獄寺君に嫌われたくなかったから」
  そう告げる綱吉は、どこか吹っ切れたようなさばさばとした表情をしている。
「だから今、獄寺君のほうから好きだ、って言ってもらえて嬉しかった」
  そう言った綱吉の髪を、吹き抜ける風が大きく乱していく。
  夕方の風は心持ち冷たくて、ほんのりと枯れ草のにおいが混じっていた。
「十代目、俺……」
  こんな時、どう返せばいいのだろう。
  眉間に皺を寄せたまま、獄寺は仁王立ちの姿勢を崩すことができない。あまりにも嬉しすぎて、自分の気持ちが信じられない。
「もうちょっとだけ、一緒にいよっか」
  クスっと笑って綱吉は、獄寺のほうへと手を伸ばしてきた。
「まだ獄寺君と喋りたいことがあるんだ」
  綱吉のほうからの提案はひどく魅力的なもので、獄寺は大きく二度、三度と頷いていた。
  吹き抜けていく風の冷たさも、赤くなった頬には気持ちがいいくらいだ。
  綱吉の手を取ると獄寺は、ゆっくりとした足取りで河川敷の道を歩き出した。



(2015.2.15)



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