「ポケット」

  だ十月だというのに、どうしてこんなに寒いのだろう。薄曇りの空を恨めしそうに睨み上げると綱吉は、大きな溜め息をひとつ、ついた。
  ほぅ、と吐き出す息が、微かに白い。
  両手を擦りあわせながらいつもより十分早い通学路を、獄寺の家に向かって歩いていく。
  それにしても、寒い。こんなことならいつもの時間に家を出ればよかったと、少しだけ後悔をする。
  獄寺の家へ行こうと決めたのは、朝、目が覚めた瞬間だ。思いつきでつい家を飛び出してしまったが、失敗だったかもしれない。
  冷たくなった手を何度もさすり、あたためながら綱吉は足早に道を歩いた。
  見慣れたいつもの十字路を、獄寺の家のほうへと進んでいく。いつもと違う景色を横目に歩くのは、なんだか不思議な感じがする。
  そんなことを考えながら歩いていると、道の向こうのほうに大きく手を振る獄寺の姿が見えた。
「おはようございます、十代目!」
  ピョンピョンと跳び跳ねながら、獄寺は手を振っている。たかが挨拶に大袈裟だなと思いながらも、あのリアクションを嬉しく思う自分がいる。
  そばへやって来るのを待ってから綱吉は、「おはよう」と声をかけた。
  言葉を発すると、またしても息が白く靄って見える。
「今日は寒いね」
  ありきたりな言葉しか出てこない自分が少し恥ずかしい。
  ちらりと窺うように獄寺を見ると、彼は綱吉の胸の内を気にするふうでもなく、楽しそうににこにこ笑っている。
「どうしたんスか、十代目。学校はあっちですよ」
「……迎えに、来たんだ」
  綱吉はポソリと呟いた。
「いつも獄寺君には迎えに来てもらっているから、たまにはオレが、その……」
  うつむいてボソボソと口の中で言っていると、獄寺は今にも泣きそうな、怒っているような、妙な顔をして綱吉を睨みつけてくる。
  獄寺のこんな恐い表情にお目にかかるのは、随分と久しぶりだ。
  失敗したかなと綱吉は思う。
「あ……あのっ、獄寺君?」
  顔を覗き込むと、睨みつけられた。
  ヒッ、と喉の奥で悲鳴があがる。
  怒ってる……獄寺君、絶対怒ってるよね──胸の内で自問自答しながら綱吉は、ビクビクしている。
  じりじりと後退りながら獄寺から距離を取ろうとしたその瞬間、ガシリと手を捕まれた。
「ダメですよ、十代目。こんなに手が冷たくなってるじゃないっスか」
  鋭い眼差しが、ギロリと綱吉を睨みつける。
「ヒィッ!」
  驚いてつい声を上げてしまったが、それは獄寺の表情があまりにも険しかったからだ。
「ほら、ポケットに手、入れてくださいよ」
  言いながら獄寺は、綱吉の手を自分のブレザーのポケットに押し込んだ。すぐに獄寺の手もポケットに入ってきて、綱吉の手をそっと握りしめてくる。
「あったかいっスね、こうしてると」
  あたたかいのは綱吉のほうで、獄寺はもしかしたら冷たいのではないだろうか。
  それでも彼は文句ひとつ口にするでもなく、嬉しそうに綱吉を見つめている。
「う……ん」
  頷いて綱吉は、獄寺の手のぬくもりを感じた。
  ポケットの中で絡み合わせた指先はポッと火が灯ったようにあたたかで、幸せな感触がする。
  ちらりと盗み見た獄寺の横顔は、なんとも幸せそうで、綱吉の指先に灯った炎のようにあたたかな表情をしていたのだった。



(2013.10.21)



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