「君のにおい」

「それじゃあ、先にお風呂、いただきます」
 そう言って綱吉はペコリと頭を下げた。
 慌てて獄寺は自分も頭を下げ、「どうぞ、十代目」と神妙に返してみせる。
「後でバスタオル用意しますから、先に風呂につかっててください」
 獄寺は、リビングで二人して食べた夕飯替わりのコンビニ弁当の空箱を寄せ集めながら横目でちらちらと綱吉の姿を追いかける。
 このところ、週末は必ずと言っていいほど二人は互いの部屋に泊まり合っている。先週は綱吉の家に獄寺が泊めてもらった。だから今日は、綱吉が獄寺の部屋に泊まる。
 つき合い始めて日はまだ浅いが、そんなことなど気にならないほど獄寺は、綱吉にのぼせ上がっている。もともと、綱吉と出会ってすぐに男惚れした獄寺だから、その気持ちが異性に対する恋愛の情に変化してもおかしいとは思わなかった。
 綱吉の気持ちは今ひとつよくわからない時もあったが、それよりもまずは自分の気持ちに正直になることが先だと獄寺は思っている。好きで、好きで、綱吉のものになりたいと思うその気持ちを大切にしたいとも。
 だから時々、妙な行動に走ってしまうことがあるのも自覚している。
綱吉には迷惑をかけないようにしなければと思うのだが、彼のことが好きなあまり、目に余る行動を取ってしまうことがあるのだ。
「おっと、いけね。バスタオル、バスタオル」
 集めたゴミをキッチンの隅のダストボックスに突っ込んで、獄寺はバスルームへと向かう。
 脱衣所の戸棚を開け、洗濯したばかりのバスタオルを取り出すと、綱吉の着替えが入った脱衣籠の一番上にそっと乗せる。
籠の端のほうに寄せてあるのは、綱吉がついさっきまで身に着けていたものばかりだ。トレーナーにジーンズに、下着。
 綱吉のにおいがまだ、濃く残っているはずの……。
 獄寺は口の中に溜まった唾を、ゴクリと飲み込んだ。
「十代目の、パンツ……」
 小さく呟くと獄寺は、見ている者など誰もいないというのにあたりをキョロキョロと窺い、躊躇いがちに手を伸ばしていく。
 パンツの端に指を引っかけると、素早く掴んで両手で握りしめる。
「十代目の……」
 うっとりと、掠れた声で呟いた獄寺は、下着に鼻先を寄せていく。股の部分に顔を埋めて、鼻腔いっぱいに綱吉のにおいを嗅いでみる。
 下着からは甘酸っぱいようなくぐもった綱吉のにおいがして、獄寺は満足そうに溜息をついた。
 まだ、キスさえもしていないような可愛らしいつき合いだが、少しずつ自分は、綱吉のにおいにまみれていくのだ。これから先、どんなふうに綱吉が自分に触れてくれるのか、楽しみでたまらない。
「……これが、十代目のにおい」
 こんなふうに綱吉のにおいを嗅ぐことのできる日は、いつだろう。
 まだまだ先だろうということはなんとなくわかっていたが、あまり待たせないでほしいとも獄寺は思う。
 ひとしきり綱吉のにおいを堪能した獄寺は、ほぅ、と小さく溜息をつくと、洗いものをまとめて洗濯機の中へと放り込む。未来の世界から戻ってきてから、これでもいっそう自活できるように努力を重ねたのだ。悔しいけれども実家から援助をしてもらって、全自動洗濯機も手に入れた。洗濯機の中に洗剤を入れて、ボタンを押せば、洗うだけでなく乾かすところまで全て洗濯機がやってくれるということもちゃんと知った。
「二人で住む時のために、ちゃんと生活できるようにしとかなきゃな」
 そう小さな声で呟くと獄寺は、ドア越しにバスルームの中へと声をかけた。
「十代目、湯加減いかがっスか? 冷たいスポーツドリンク用意しときますね!」
 言いながら、声だけでなく気分がウキウキしてくる。
 なんだか今の自分たちが、新婚さんのように思えて少し嬉しく思えた。
「ありがとう、もうすぐ上がるから」
 不意にドアの向こうからそんな声が返ってきて、獄寺は一人、照れ臭そうに顔を赤らめたのだった。



(2013.10.30)



BACK