「11月11日」

「うまそうなのな、ツナ」
 不意に声をかけられ、綱吉はポッキーを口にくわえたまま、屋上の上がり口へと首を巡らせた。
「朝、京子ちゃんとハルの二人からもらったんだ」
「へえ」
 大股で近づいてくると山本は、はあ、とため息をつきながらコンクリートの上に腰を下ろす。
「あー、腹減った」
 昼休みのチャイムが鳴ると同時に野球部のマネージャーから呼び出された山本は、これから昼食だ。
 綱吉と獄寺は、待たなくていいと言われて先に昼をすませている。ちょうど朝もらったポッキーを食後のデザートに、獄寺とたあいのない話をしていたところだった。
「あ、山本も食べる?」
 よかったら、と、ポッキーをくわえたまま綱吉は手にした箱を差し出そうとする。
「ん、少しだけな」
 ニカッと愛想のいい笑みを浮かべた山本は、素早く綱吉の口元へと顔を寄せた。
 スポーツ選手らしいゴツゴツとした手で軽く綱吉の顎を支えると、くわえたままだったポッキーのお尻のほうをカリ、と囓り取る。
「わ、ちょっ……!」
 慌てて逃げようとすると、背中をフェンスに阻まれた。カシ、とフェンスの軋む音がして、綱吉は背後に逃げ場がないことを知る。
「やっ…山本っ!」
 知らず知らずのうちに声が上擦ってしまう。
 それなのに山本は、綱吉の焦りなどお構いなしで、のほほんとしているのだ。
「てめっ……今、十代目になにしやがった、野球馬鹿!」
 間近で二人の様子を見ていた獄寺が、いつも以上に素早い動きで山本に掴みかかっていく。
 止めようと一度は手を出しかけたものの綱吉は、その激しさに恐れをなし、じりじりと後ずさった。ここは大人しく傍観者を決め込んだほうがいい。山本のことだから、きっと獄寺を軽くあしらって、しばらく遊んだらおしまいになるはずだ。
「ポッキーのおしりの部分、チョコがかかってなくてウマいのな」
 へへっ、と愛嬌のある笑みを浮かべて山本が言う。
「あ、なんだ、そういうことか」
 確かに、山本が囓ったのはチョコのかかっていない部分だけだった。それにしても大概の人ははチョコのかかっているところが好きだと思うのだが、山本はチョコのかかっていない部分が好きなのかと、改めて綱吉は思う。親友だというのに、自分は今までそんなことも知らなかった。
「だったら自分で……」
 言いかけた獄寺に、山本はニィッと笑いかけた。
「羨ましいんだろ、獄寺」
「なにおぅ……!」
 ギリギリと歯ぎしりをしながら獄寺が応戦する。
 山本に敵いっこないのにと思いながら綱吉は、箱から新たなポッキーを取り出し、口にくわえた。
「獄寺君。獄寺君もほら、どうぞ?」
 ポッキーをくわえたまま綱吉が声をかけると、獄寺ははっと我に返ったようにその場に立ち尽くした。綱吉が口にしたポッキーをじっと凝視している。
「あの……獄寺君?」
 名前を呼ぶと獄寺は、ゴクリと唾を飲み込んで、ずい、と綱吉のほうへと前進した。
「ほっ……本当に、いいんスか、十代目?」
 こんなふうに尋ねられ、なんだか嫌な感じの汗が綱吉の背中を伝い下りていく。
 やっぱり前言撤回したほうがよかったのだろうかと後悔しかけたところで山本の手が、綱吉の肩を押さえ込んだ。
「ほら、獄寺。さっさとヤっちゃえよ」
 さすが体育会系だ。山本の手に掴まれただけで、綱吉の体は逃げることはおろか、身じろぎすることすら困難な状態になってしまった。
「え、ちょ……山本?」
「いーから、いーから。ツナはおとなしくしてればいいだけなのな」
 山本に羽交い締めにされた綱吉は、じりじりと迫り来る獄寺から逃れようと力一杯もがいてみせる。しかし日頃から野球部で体を鍛えている山本の力に敵うはずもない。
「十代目、すんません、いただきます!」
 ずい、と顔を寄せ、獄寺がポッキーに齧りついてくる。
綱吉の鼻先にふわりと漂うのは、微かな煙草とコロンの香りだ。子どもっぽい同級生とは少し違う獄寺のにおいにその瞬間、綱吉はドギマギした。



(2013.11.16)



BACK