初詣の帰りに、たまたま通りがかった屋台に並ぶチョコバナナを買った。
一緒にお参りに出かけていた獄寺を連れて綱吉は、並盛神社の境内の裏手へと足を運ぶ。
従順に後をついてくる獄寺に少しだけ腹が立つ。
今から自分は、獄寺を困らせようとしているというのに。
それなのに獄寺は、なにも気づかない様子で綱吉の後ろをつかず離れずの距離でついてくる。
「さすがにこのあたりは静かですね」
ポソリと獄寺が呟く。
境内の裏手はしんと静まり返っていた。
新年のひんやりとした空気はどこか清々しく、喧噪から離れたこの場所では自分の邪な気持ちが恥ずかしく思えてくる。
「ねえ、獄寺君」
くるりと振り返って綱吉は、口を開いた。
「これ……獄寺君、舐めて?」
見たいんだ、と、綱吉は言った。
チョコバナナを舐めるところが見たいと思った。右腕でもあり恋人でもある獄寺が、どんなふうにチョコバナナを舐めるのか、見たかった。表情を知りたかった。
「は……あ」
怪訝そうに小首を傾げながらも獄寺は、綱吉の手からチョコバナナを受け取った。
「舐めればいいんスか?」
従順な様子で尋ねてくる獄寺が、本当に腹立たしい。
「そう。舐めて」
やや強い口調で綱吉がそう返すと、獄寺は躊躇いもせずにチョコバナナに舌を這わせ始めた。
ピチャ、と音を立てて、舌を鳴らしながらバナナにかかったチョコを舐め取っていく。茶色くなった獄寺の舌が蠢く様子がひどくエロティックで、目のやり場に困りながらも綱吉はじっと恋人の姿を見つめている。
「ん……っ」
時折、獄寺の喉の奥からくぐもった声が洩れるのがいやらしい。
熱心にチョコバナナを舐めながらも獄寺は、綱吉に流し目を送ってくる。
「……淫乱」
唇を尖らせて、不意に綱吉は吐き捨てた。
「そんなに一生懸命チョコバナナ舐めて、嬉しいのかよ?」
ふと、嫉妬にも似た気持ちがこみ上げてくる。
チョコバナナ相手に自分はどうして嫉妬なんてしているのだろうと思いながらも、一度口にした言葉は撤回することもできず、ギロリと獄寺を睨みつけた。これではまるで八つ当たりだ。
「……ふ、ぁ」
またピチャリと湿った音がする。
獄寺の口の端から涎が一筋、たらりと零れていく。
「そんなの舐めるより、オレのを舐めてよ、獄寺君!」
勢いよく叫んだ途端、獄寺の動きが止まった。
チョコバナナに舌を這わせたまま、獄寺がまじまじと綱吉の顔を見つめてくる。
恋人とは言え、セックスはまだ二回しかしたことがない。それも、獄寺の部屋でこっそり抱き合っただけだ。口でしてもらったことなどないから、綱吉の嫉妬はいっそう激しくチョコバナナに向けられることになってしまった。
「舐……舐めて、いいんスか、十代目?」
はあっ、と息を吐き出し、獄寺が上擦った声で尋ねてくる。
「いいに決まってるだろ! オレたち、恋人同士だよ?」
そう。綱吉と獄寺は、恋人同士だ。それなのに、自分が言い出したこととは言え、なにが悲しくて恋人がバナナを舐めるところを黙って見ていなければならないのだろう。
「十代目……俺……」
淡い翡翠色の目を潤ませて獄寺は、綱吉をじっと見つめ返す。
「あ、やっぱ、いい。あのっ……こんなとこじゃなくて、もっとちゃんとした場所で……」
言いかけたものの慌てて綱吉は訂正する。屋外でフェラチオをしてもらうだなんて、恥ずかしすぎる。最初はやはり、ベッドの中でしてほしい。できれば獄寺の部屋で、誰にも邪魔されない状態で。
「舐めちゃダメなんスか?」
綱吉の言葉に獄寺は、がっくりと肩を落とした。自分の言動に一喜一憂する獄寺を可愛らしく思う時もあれば、腹立たしく思う時もある。恋心とはなんと我が侭で気紛れな想いなのだろう。
「ごめん。今度、獄寺君の部屋に行った時にでもお願いしようかな」
誤魔化すように綱吉が告げると、獄寺は口の中に溜まった唾をゴクリと飲み下し、深々と頷いた。
「……わかりました、十代目」
屋台で買ったチョコバナナは、そのまま獄寺が食べてしまった。
それは美味しそうにいい顔をして獄寺がペロリと平らげたところを見て、チョコバナナを買ってよかったと綱吉は思う。
こんなふうに無防備な獄寺を見ることができるのは、恋人である自分だけの特権でもある。そう思うと、嬉しくてたまらない。
「帰ったらキスしたいな」
自分だけの特権を振りかざして綱吉が言う。
きっと、チョコの味のするキスになるだろう。もしかしたらバナナの味も残っているかもしれない。そんな甘いキスを、したい。
「俺もしたいです、キス」
獄寺が返してくる。
「じゃあ、早く帰ろう」
獄寺の手を取って、綱吉は足早に歩き出す。
自然と早くなる足は、獄寺の家へと向かっている。
キスだけでなく、その先のこともしたい。それから、舐めてほしい。そんな気持ちを込めて繋いだ手に力を込めると、獄寺も同じ気持ちだったのか、ぎゅっと手を握りしめてきた。
(2014.1.8)
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