今週の単語は「歌」「夜」「カバン」です。
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「夜」

  夜の海岸に車を停めると、それまで助手席にじっと黙って座っていた獄寺がこのドライブに出てから初めて口を開いた。
「お気はすまれましたか?」
  淡々とした事務的な口調に、綱吉はムッとしたのか眉間に皺を寄せる。
「オレ、獄寺くんに何か悪いことしたっけ?」
  不機嫌丸出しにそう尋ねると、獄寺は「そうですね」と静かに返してくる。
  獄寺が何を考えているのかわからない。
  ヘッドライトの先に見える影をじっと睨み付けながら綱吉は深いため息を吐き出す。
「オレたち、このままじゃダメだと思うんだ」
  友達でもなく、単なる上司と部下でもなく。さらにそれらを超えた関係。そんなものが存在するのだろうか。
  綱吉はハンドルにもたれて頭を伏せた。
  二人の関係がぎくしゃくし始めてから、何もかもがうまくいかなくなった。こんなことは今までになかったことだ。
「どうしたらいいんだろう」
  ポツリと、心底困り果てた様子で綱吉が呟くと、獄寺はおずおずと告げた。
「俺は……その、十代目に従います。今のこの関係を続けるにしても、十代目のお側から離れるにしても……俺は、十代目の決めたことなら従います」
  確かに獄寺ならそうするだろう。自分の気持ちを押し隠して、綱吉のために何でもしようとするだろう。
  だが、それでは駄目なのだ。
「オレは、獄寺くんと離れたくない」
「……はい」
  きり、とやや緊張した表情で、綱吉は顔を上げると真っ直ぐ前を見据えた。
  ヘッドライトのその先の暗がりの景色が一瞬、明るく眩い光を帯びたように見えて、綱吉は目をしばたたかせる。
「今の関係のままじゃ、嫌なんだ」
「……はい」
「だから……」
  息を飲み、そこで綱吉は大きく深呼吸をした。
「恋人になってください、オレと」
  はっきりとそう言いきると綱吉は獄寺のほうへ向き直り、微かな笑みを向ける。
「獄寺くん、オレと付き合ってくれる?」
  首を傾げて再び問うと、獄寺は言葉の意味がよく飲み込めていないのか、呆然とした様子で綱吉を見つめ返してくるばかりだ。
「あの……獄寺、くん?」
  声をかけると獄寺は弾かれたように綱吉にしがみついてきた。
「うっ、嬉し…ですっ!」
  ぎゅうっ、と綱吉に全力でしがみつく獄寺が妙に愛しく思える。
「オレ、嫉妬深いから覚悟してよね?」
  そう言いながら綱吉は、窓の外へと視線を向ける。あたりには夜の景色が広がっており、静かな波の音が聞こえてくるだけだ。先ほど見えたように思えたヘッドライトの向こうの明るい光景は気のせいだったのだろうか、探してみてもどこにも見えない。
  恋人となったばかりの青年の肩を抱き返すと爽やかなコロンの香りが鼻先をくすぐる。
  いつも眺めるばかりだった銀髪にそっと触れると、獄寺が顔を上げると。
「恋人になったんだから、キスしてもいいよね」
  誰にともなく断ると綱吉は、獄寺の鼻先にちゅ、と唇を押し付けていく。
「これだけっスか?」
  物足りなさそうな様子で獄寺が尋ねると、綱吉はにこりと笑った。
「続きは今度」



(2017.8.27)



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