「震える指先」

  くちゅ、と湿った音がする。
  口の中に突っ込まれた指がぐちゅぐちゅと音を立てている。音だけを聞いていると、卑猥な感じがする。
  もちろん、まさにそういった行為をしている最中だから、当然と言えば当然なのかもしれない。
  目を閉じたまま獄寺は、口の中を蹂躙する感触に、鼻にかかった甘い声をあげた。
「んっ……ぅ……」
  綱吉の指が口の中を掻き混ぜるたび、獄寺の体は熱くなっていく。
「ん、ん……」
  もう一方の湿った音は、下半身から聞こえてくる。
  獄寺の性器を握りしめた綱吉の手は、焦らすようにゆっくりと竿を扱いている。先端からこぼれ落ちる先走りに、獄寺は痛いほどの熱を感じていた。
  おかしくなってしまいそうだ。
  自分ではなくなってしまいそうな、浮遊感を伴う奇妙な感覚に、興奮している自分がいる。
  さっきから背中にあたっているのは、綱吉の性器だ。熱くて、硬くて、わざと背中をぐいぐいと押しつけたら、ドロリとした先走りが背中を濡らした。
「ぁ……」
  言葉にならない声が洩れた。後ろから抱きかかえてくる綱吉に肩口をカプリと甘噛みされた途端、ビクン、と性器が震えた。
「あ……あ、ぁ……」
  あっと思った瞬間には、綱吉の手の中に精液を吐き出していた。体の中の熱が一気に凝縮してポンと弾けたような感じに、獄寺の呼吸が大きく乱れた。
「気持ち、イイ?」
  どことなく舌っ足らずな綱吉の声が、耳元に尋ねかけてくる。耳たぶを掠めていく吐息ですらくすぐったく感じられて、獄寺ははぁ、と息を吐き出した。



  獄寺が綱吉と付き合いはじめて、何年になるだろうか。
  十年間一緒にいて、気が付くと、お互いの存在が傍らにあって当然のものとなっていた。
  意識せずとも、そばにいるのが当たり前になっていた。
  だから付き合いが始まったのも、ごく自然な成り行きでそうなっていたように思う。
  もちろん、ここに至るまでには様々な障害があった。中学生時代から一緒に過ごしてきた笹川京子と三浦ハルの存在が常に彼らの前にあった。綱吉がどちらを選ぶのかという噂は常にあちこちで囁かれていたし、守護者の一人であるクローム髑髏と綱吉との間に恋愛めいた噂が流れることもあった。そのたびに獄寺は神経をすり減らしてきた。ボンゴレ十代目の右腕というポジションだけで充分だと、なんども綱吉に訴えてきた。綱吉との恋愛を諦めようとしたこともあった。それがここまでずるずると続いているのは、ひとえに綱吉のせいでしかない。
  ボンゴレ十代目の右腕としての獄寺も、恋人としての獄寺も、どちらも必要だとその人は、言うのだ。
  優しい顔をしてなかなかに残酷なことを言う。
  一見したところ軟弱で優柔不断そうな綱吉だったが、実のところ、我が儘で自分勝手な若き暴君ではないかと獄寺は疑っている。
  付き合いだしてからは特にその傾向が強くなったような気がする。
  こうして抱かれている今だって、そうだ。
  まだ口の中を掻き混ぜている綱吉の指が熱くて、獄寺はその指に舌を絡めた。吸い上げてチュウ、と音を立てると、背中にあたる綱吉の性器がヒクンと震えるのが感じられた。
「……隼人」
  少し掠れた声で、綱吉が言う。
「中に、挿れてもいい?」
  躊躇いがちな声色ではあったが、綱吉がそうするつもりなのはわかっていた。質の悪い主人だと、獄寺は密かに思う。
  挿れたければ、挿れればいいのだ。
  獄寺の気持ちなど無視して、強引に挿入すればいい。
  獄寺は、そうされることを望んでいる。
  綱吉の本音の部分が、自分のことをいったいどう想っているのか、それが知りたい。
  右腕兼恋人の自分は、暫定的な愛人役でしかないのか、それとも、自分が想っているように綱吉も自分のことを想ってくれているのか。
  ──それが、知りたい。



  口の中から綱吉の指が引きずり出されていく。
  きゅっと口を閉じて、唇で指を締め付けた。
「煽ってんの?」
  綱吉に尋ねられ、大きく首を振った途端、指がすっぽりと口の中から抜け出た。
「ぁ……ふ……」
  大きく息をつき、獄寺は素早く呼吸を整えた。
  綱吉の唇が背中のそこここに押し当てられ、素早く離れていく。
  好きにして欲しい。綱吉のために自分はここにいる。ボンゴレ十代目の右腕で恋人の獄寺隼人は、身も心も、とっくの昔に綱吉にすべて捧げてしまっている。
  ここにいるのは、その時々で綱吉が望む姿をとる、獄寺隼人という名の生き物だ。
  好きにして欲しいと、思わずにはいられない。
  主の望むまま、自分はそれを受け入れる。
  それこそが自分が欲している至福の瞬間。もっとも、綱吉は獄寺のそういった一面をあまり快くは思っていないようだったが。
「早、く……」
  振り返り、上擦った声で獄寺が口走る。
  背後の綱吉は優しげな笑みを浮かべて頷いた。



  くるんと獄寺の体がひっくり返される。
  正面で向き合った二人はどちらからともなく相手の体にしがみつき、抱き合った。互いの体に手が回される。
  ベッドに押しつけられた背中がむず痒くて、獄寺はごそごそと身動きをした。体がしっくりとくる位置におさまると、綱吉の目を真っ直ぐに覗き込む。
  照れたような笑みを浮かべた綱吉が、チュ、と音を立てて獄寺の唇を吸った。
  お互いの手足が邪魔にならない位置に落ち着いて、ピタリと寄り添った体が心地よい。
  獄寺は、そっと綱吉の頬に手を這わせた。
  輪郭をなぞるようにして指の腹がゆっくりと頬を辿り、おりていく。
「キス、したい?」
  まるで獄寺の気持ちを読みとったかのようなタイミングで、綱吉が尋ねかける。
「は、い……」
  キスしたいです、と、答えようとした獄寺の言葉は綱吉の口の中に奪われた。
  唇が離れると、綱吉は笑って獄寺の手を取った。
「十代目……」
  早く、と言いかけて、獄寺は口をつぐんだ。
  綱吉の唇が、獄寺の指先にそっと触れる。指に触れた唇の熱さに、獄寺の全身が震えた。
「俺のすべては隼人のものなんだから、遠慮することはないんだからね」
  そう言って獄寺を見つめる綱吉の瞳は、悪戯っぽく輝いていた。



  熱っぽい質感が、獄寺の体を割り裂いて侵入してくる。
  唇を噛み締め、眉間には深く皺を寄せた獄寺に、綱吉は困ったような表情を返すばかりだ。挿入の瞬間の痛みを少しでも取り除いてやりたい、獄寺を傷付けたくないと思うものの、なかなか思うようにはいかないようだった。
  それでも構わないと獄寺は思っている。その痛みすらひっくるめて、すべて獄寺にとっては愛しいものなのだ。
  獄寺の手が、綱吉の腕を掴んだ。指先に力をこめ、ぎゅっと腕を掴む。もしかしたらあとで痣になっているかもしれない。それぐらい強い力で獄寺は、綱吉の腕を掴んだ。
「痛い?」
  おそるおそる綱吉が尋ねてきた。獄寺は微かに笑った。綱吉の瞳に映る自らの表情は、なんと弱々しく見えることだろう。
「大丈夫です、十代目」
  痛くても痛くなくても、獄寺は大丈夫としか返さないだろう。そう返すことで、綱吉に気持ちの上での負担をかけないようにしているつもりなのだ。おそらくそれが、獄寺なりの気遣いであり、優しさなのだろう。
  従順な態度は、獄寺を弱い人間に見せる。いつもの気の強さはなりを潜め、今は綱吉に心酔しきる一人の人間でしかない。
「強情っぱり」
  そう囁いて綱吉は、ぐい、と腰を押し進めた。
  途端に、ヒッと獄寺の喉が鳴り、華奢な指先がさらに強い力で綱吉の腕を掴んだ。
  この指が愛しいと、綱吉は思った。従順であろうとする獄寺の本音が見えるような気がして、綱吉は笑った。
「じゅ、だ……い、め……」
  掠れた声で獄寺は、途切れ途切れに綱吉を呼んだ。
  痙攣した指が震えるほどに強く、綱吉の腕を掴む。痛みに続いて快感が、獄寺の体の中にじわじわと広がっていく。どうしようと思いながらも獄寺は、綱吉にしがみついていた。
「ぁ……あ……」
  震える声が、指先が、もどかしげに綱吉に縋りつく。
  この人を手離したくないと、獄寺は思った。
  恋人だろうが愛人だろうが、構わない。こうして自分がしっかりと縋りついている限りは、この人は手を、離さない。ならば、一生ついていってやろうと獄寺は思った。
  もとより、ボンゴレ十代目の右腕としてこの命が尽きるまでどこまでもついていこうと決めている。そうやってついていけば、彼は、自分の手を離すことはないだろう。
  どこまでもこの曖昧な関係が続いていけばいい。
  一緒にいることができるのなら、それでいい、それで充分だと、獄寺は思った。



END
(2009.7.5)


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