学校帰りの公園で、水遊びをする子どもたちを見かけた。
噴き上がる噴水のしぶきが涼しげだ。
きゃあきゃあと叫び声をあげながら、子どもたちは水をはね飛ばしたりかけあったりしている。
「なあ、楽しそうじゃね?」
隣で、誰にともなく呟いた山本がうずうずしているのが感じられて、つられて綱吉もうなずいた。
二学期が始まったとはいえ、日中の気温は夏の間とそうかわることはない。じっとりと汗ばんだ首筋に手をやった綱吉は、うんざりと顔をしかめた。
ふと見ると山本は、夏の制服のズボン裾をまくりあげて、すっかり遊ぶ気満々だ。
子どもたちはキャアキャアと騒いでいる。そのうちに中の一人が何か別のものに興味を引かれたらしく、噴水を離れて木立のほうへと駆けていく。
あの中に混ざるのは少し恥ずかしいかもしれない。わざと綱吉がもたもたしていると、子どもたちは皆、噴水から出てしまった。木立のほうに駆けていった子どもが大きく両手を振りながら、仲間の子たちを読んでいる。
「やった! 貸し切りだぜ、ツナ!」
小さく声をあげるなり、山本は噴水へと駆け出していた。
噴水からあがった子どもたちは、木立のほうへと我先に駆け込んでいく。一人残らず子どもがいなくなったことで少しばかり気の大きくなった綱吉は、手早くズボンの裾を折り上げて、山本の後を追った。 噴水の水を大きく跳ね上げて、山本はバチャバチャと足踏みをしている。
「おー、冷てぇ!」
気持ちよさそうに目を細めて山本が言うのに、綱吉は無邪気に笑った。
「本当だね」
水遊びの子どもたちを思い出して、山本のほうへと水を跳ね飛ばしてみる。
「冷て!」
咄嗟に山本は腕でガードしたものの、飛沫が髪を濡らした。ポタポタと頭から水滴を滴らせる山本が、どこか困ったような顔をして笑っている。
「わ、ご、ごめん、山本……」
言いながら綱吉が近づこうとすると、ニヤリと山本が笑う。
「返り討ちだ、ツナ!」
そう言うと山本は、勢いよく水を飛ばした。
「うわっ……!」
気付くと二人ともびしょ濡れの姿で、噴水池に座り込んでいた。
ズボンの裾をまくりあげていても意味がないということに綱吉は、ふと気付いた。全身濡れ鼠だ。水をかけあっているうちに足をとられた綱吉は、池の中で尻餅をついていた。ひっくりかえる瞬間に慌ててさしのべられた手を引いてしまい、山本も道連れにしてしまったのだ。
「やべえ、ずぶ濡れだ」
楽しそうに笑いながら、山本が言った。
「ごめん、山本」
綱吉が謝るのに、山本はケラケラと笑っている。
「いいって、いいって。それよか、楽しいよな」
そう言って山本は、パシャン、と水面を叩いて水を跳ねとばす。
「わっ、やめろよ」
そう言いながらもふざけあって水をかけ合っていると、獄寺の声が聞こえてきた。
「十代目ーっ!」
獄寺の声に気付いた山本が反射的に顔を上げる。
「おー、獄寺ー!!」
はしゃいで両手を大きく振る山本は、子どものようだ。
綱吉も同じように手を振って、獄寺を呼んだ。
綱吉が呼ぶと、すぐに獄寺は駆け寄ってきた。
ボンゴレ十代目の右腕としてはこれしきのことは当たり前だと言わんばかりの自慢げな表情が、どことなく可愛らしい。
「水が冷たくて気持ちがいいよ」
そう言って綱吉は、手に掬った水をパシャリと獄寺にかけた。
「うわっ……」
驚いたような、それでいてどこか嬉しそうに獄寺は、綱吉が跳ね上げる水飛沫から逃れようとする。
獄寺が逃げようとするのが楽しくて、綱吉はつい調子に乗ってふざけてしまった。
バシャバシャと飛沫をあげて、獄寺に水をかける。
「十代目、ちょ、タンマ……」
困ったように獄寺が噴水池から離れようとするのに気付いた綱吉は、素早く手をさしのべた。
「ダメだよ、獄寺君」
そう言うと、ぐい、と獄寺の手を引き寄せる。
そう力を入れる必要もなかった。獄寺はいつだって綱吉には従順だったから、そのまま無防備に池の中にはまりこんだ。
「あっ!」
一瞬のうちに獄寺の足は噴水池に踏み出していた。
「おお、仲間、仲間」
嬉しそうに山本が茶化すのを、獄寺は素早く睨み付けた。
「うるせー!」
眉間に刻まれた皺がいつもより深いのは、気のせいではないだろう。
「あ……」
山本に対する獄寺の様子に、綱吉は自分がふざけすぎていたことに気付いた。獄寺の腕からゆっくりと指を一本一本はがしていくと、殊勝な表情で口を開く。
「ごめん、獄寺君」
自分が悪ノリしすぎたことを綱吉は素直に謝った。
獄寺は、どう思っているのだろうか。そう思って整った顔を見つめると、眉間の皺はとうに消えてしまっていた。
「いえ、大丈夫です、十代目」
言いながらも獄寺は、衣服の袖やポケットなどをしきりと気にしているようだ。濡れるのがそんなに嫌なのだろうかと考え、ふと綱吉は気付いた。ダイナマイトだ。どこに隠しているのかいまだに綱吉もよくわからないが、獄寺のことだ。きっと、衣服のいたるところに隠したダイナマイトが濡れるのを気にしているのだろう。
「なにやってんだよ、獄寺。少しぐらい濡れたってヘーキだろ」
大雑把なのか、山本はケラケラと笑って両手で水を掬うとバシャバシャと獄寺にかけ始める。この様子では、きっとダイナマイトのことに気付いていないのだろう。
「あ、ちょっと山本、待って──」
慌てて綱吉は山本を止めようとしたが、遅かった。ひときわ大きく山本が腕を振った先に綱吉は飛び込んでいく。バシャ、と音がして、目を開けると、自分も改めてずぶ濡れになっていたが、獄寺のほうも頭から水をかぶってずぶ濡れになっていた。
「おい、てめぇ……」
引いたと思っていた獄寺の眉間の皺が、さっきよりも深くくっきりと見えている。こめかみがピクピクとしているのを目にして、慌てて綱吉は、山本と獄寺のちょうと中間あたりに割って入った。 「ごめ……獄寺君、ごめん……」
そう言って綱吉は、獄寺の頬を伝い落ちる水滴を手のひらでぐい、と拭ってやった。
「楽しすぎて、悪ふざけが過ぎちゃった。ごめんね、獄寺君」
綱吉の言葉ひとつで、獄寺の雰囲気がふとかわった。
まだ少し怒っているようだっだが、それでも心底怒っているようには見えない。ぐっと怒りの感情を抑え込むと、綱吉に気にしないようにと告げた。
噴水池の縁石に腰をおろした三人は、着ていたものが乾くまでぼんやりと時間を過ごした。
そのうちにじっとしていることに飽きてきた山本が、公園の隅の自動販売機へと向かって駆けだしていった。喉が渇いたから何か買ってくると言っていた。
そんな山本に手を振って、綱吉は笑う。
「少しは乾いた?」
綱吉が尋ねると、獄寺は少しだけ困ったように眉を寄せた。
「はあ……まあ、だいたいは」
やはりダイナマイトを気にしているのか、獄寺の歯切れはあまりよろしくない。
いったいどこに、どれぐらいの量を隠し持っているのかは知らないが、これまで見てきたところから推測すると、かなりの量のダイナマイトを獄寺はいつも持ち歩いているのではないだろうか。それが、今の悪ふざけでダメになったかもしれないと思うと、申し訳なくて仕方がなかった。しかしそれをはっきりと口に出して伝えたなら、獄寺のことだからきっとたいしたことではないと、綱吉から一歩退いたような態度を取るのではないだろうか。
「あ、靴下は乾いた? スニーカーは?」
綱吉の問いかけに、獄寺は穏やかに返した。
「まだ少しぐしょぐしょです」
ほら、と、獄寺はスニーカーを手にして困ったように笑う。
「本当にごめんね、獄寺君。あ、それとも俺ンちで着替えて帰る?」
体格的には綱吉よりも獄寺のほうが大きかったが、タンスの中を探せば着ることのできるものも出てくるだろう。
どうする? と、眼差しで問いかける。
「いや……あの、このまま帰ります。もうだいぶん乾いたし、これだけ乾けば……」
言い訳がましい獄寺の言葉に、綱吉は少しだけムッとした。
「そう?」
手を伸ばし、するりと獄寺の足首に指を這わせた。
さりげなく触れた足首は、思っていたよりも細かった。綱吉よりも体格のいい獄寺のことだから、もう少しがっしりしているように思っていた。水に濡れたせいか、肌は冷たくてさらりとしている。
「ズボンの裾、まだ湿ってるよ。風邪ひくから、うちに来なよ」
強引に言うと綱吉は、勢いよく立ち上がった。
「今から、うちに行こう」
獄寺の手を取り、ぐいぐいと引っ張って歩き出す。
「あれー、ツナ、ジュースは?」
のんびりとした山本の声が背後から聞こえてくるのに、綱吉は手を振って返した。
「ごめん、山本。用事思い出したから、先に帰る」
獄寺を連れていて用事もなにもないだろうと思いながらも綱吉は、その時には都合よく言い訳を思いつくことができなかった。
手に触れた獄寺の足首の感触が残っており、体がほんのりと熱かった。
体が火照っているせいだと気付いたのは、獄寺の手を引っ張って家に辿り着き、掴んでいた手首を離してからのことだった。
END
(2009.9.9)
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