タイトル:ちょっとはオマケしてくれよ?
アイテム:脱ぎたてのTシャツ


「ちょっとはオマケしてくれよ?」



  脱衣場でエースはシャツを脱いだ。機械油にまみれた服は、すっかり汗くさくなっている。脱いだものをまとめて洗濯機に放り込み、スイッチを入れた。
  洗濯機が回っている間にシャワーを使い、さっぱりとした。
  一日が終わったと実感できる瞬間だ。
  パジャマがわりのスエットに着替え終わったところで洗濯機のブザーが鳴った。ちょうど洗濯機が停止したところだった。中のものを取り出してバスルームに干そうとすると、サンジがやってきて手元を覗きこんでくる。
「やめとけ。夜干しは縁起が悪いんだぞ」
  ジジコンのサンジに言われて、エースは洗濯槽から洗い上がった衣類を取り出す手をはたととめた。
「そうなのか?」
  尋ねると、そうだとサンジは返す。それなら、と、エースは洗濯機の蓋を閉めた。別に、今すぐでなくともいい。明日の朝、干せばいいではないか。
「そんなことより、飯、できてるぞ」
  飯と聞いて、さっそくエースの腹が鳴った。
「ネギたっぷりの牛肉の味噌炒めだ」
  うまく話をすり替えられたような気がしないでもないが、洗濯物のことなどすっかり頭の中から追い払ったエースは、いそいそと部屋に戻った。
  ちゃぶ台に並ぶ夕飯は、エース一人きりの夕飯時とは比べようもないほどに豪華だ。
「ウマそうじゃん」
  細く切った白いネギを掻き分けると、牛肉を一切れつまんで口の中に放り込んだ。
  甘辛い味噌の味に、胃がキリキリするほど空腹を訴えてくる。
「当然だ。肉、オマケしてやるから、冷めないうちに早く食えよ」
  どこか誇らしげにサンジが言った。



  このところ、二人の関係が少しずつ進展してきたような気がするのは気のせいだろうか。
  お互いに相手のことを意識しているのがはっきりと感じとれた。
  それなのに、どうしてこんなにも、相手への距離は遠いのだろう。
  エースの部屋にサンジが訪れるようになって、同じ食卓で料理を食べるようになった。指先や肩先がぶつかって、思い出したようにキスをするようにもなった。
  それでもまだ、二人の距離は遠いままだ。
  いつになったら、二人の関係は先へと進みはじめるのだろう。
  こっそりと溜息をついたエースは、ちらりとサンジの横顔を盗み見る。
  整った顔立ちのサンジは色白で、幼い頃はボーイッシュな女の子に見間違えられることがあった。それが元でだろうか、今は顎の先に髭をうっすらと生やしている。
「やっぱりウマいな、サンジの手料理は」
  箸の先で肉だけをより分けながら、エースは呟く。
  幼い頃から祖父の元で料理の修業をしてきたサンジにとって、これぐらいはどうということもないだろう。それでも、日頃はカップ麺やレトルト食品、コンビニ弁当に頼ってばかりのエースにしてみれば、サンジの手料理は充分に豪華な食事だった。
「当たり前だ」
  誇らしげに返すサンジは、エースが肉ばかりでなく他の料理にも箸を向けるよう、さりげなく別の皿を勧めてくる。
「ほら、どんどん食え。こっちもウマいぞ」
  言われるがままに料理を平らげていくと、そのうちにビールが出てきた。よく冷えた缶ビールが目の前に出される。
「ジジイんところに届いたお中元に、ビールのセットがあったから……」
  言い訳がましくサンジは告げた。
「あ、じゃあ、一緒に飲もうぜ」
  エースが言うのに、サンジは小さく首を横に振る。
「一口ぐらいなら大丈夫だろ?」
  プルトップの蓋を開け、一口、ビールを飲む。そのまま缶をサンジのほうへと押しやって、エースは笑いかけた。
「ほら、遠慮するなって」
  エースがそう言うと、サンジは躊躇いがちに缶ビールに手を伸ばした。
  飲む前からなんとはなしに、サンジの顔が赤いのは気のせいだろうか。じりじりするぐらいにゆっくりと缶ビールに手を伸ばすサンジは、うつむき加減に下を向いている。
「な、この肉、ビールに合うよな」
  そう言ってエースは、屈託なくサンジの口元に肉を差し出した。
「食べ物を手で掴むな」
  ムッとした表情でサンジが呟く。
「ほら、食ってみろ」
  ぐい、とサンジの唇に、エースは肉を押しつけた。指にあたる唇の感触は柔らかくて、ぷるんとした弾力がある。
  途端にキスしたくなったのは、酔っているからだろうか。
  半ば強引にサンジの唇をこじあけ、肉を放り込んでやった。
  うっすらとひらいた唇の向こうにちらとだけ見えた舌は赤く、まるでエースを誘っているかのようだった。



  食事も終え、片付けをすませてしまうと何もすることがなくなる。
  二人で黙ってテレビを見た。
  缶ビールを手にしたエースは、テレビをぼんやりと眺めるフリをしながら、サンジを横目でチラチラと盗み見ている。
  今日はどうするのだろう。泊まっていくのだろうか。もっとも、泊まっていくにしても同じベッドでただ眠るだけだから、どうというわけでもない。よりを戻してつきあいはじめたとは言え、どちらかというと友達づきあいの延長のような関係が続いている。手を繋いだり、キスをしたり、その程度の接触しかないままでいるから、余計に相手のことを意識してしまう。きっとサンジも同じ気持ちでいるはずだ。さっきから言葉少なにチラチラとこちらを窺っている気配が感じられる。
  どうしたものかと考えていると、エースと同じようにテレビを眺めるフリをしていたサンジが、思い出したように呟いた。
「な、あ……」
  居心地悪そうにもぞもぞとしながら、サンジは煙草を口にくわえる。
「いちいち通ってくるの面倒だし、俺もここで一緒に住もうか?」
  煙草に火をつける手が、微かに震えているのが見えた。驚くと同時にエースの胸の中に、何とも言えない感情がこみあげてくる。
  照れたように明後日の方向をむいているサンジに触りたくて、エースは手をぎっゅと握りしめた。
「どうしよう」
  思わず、エースは呟いていた。
「どうしよう、サンジ。今、お前のこと押し倒したいぐらい、嬉しいんだけど」
  サンジのほうからこんなことを言いだしてくるだろうとは、思ってもいなかった。
  どことなくストイックなサンジは、なかなか自分からかエースに触れてくることもない。手を繋いだり、キスをしたり、肩を抱いたり、抱きしめたり。そういったことはたいがい、エースのほうから行動を起こしていた。
  それが突然、一緒に住もうとは、どういった心境の変化があったのだろう。
「じゃあ、押し倒せよ……」
  ポツリと呟いたサンジを見ると、頬だけでなく、耳の先や首筋までもが真っ赤になっていた。



  サンジの気がかわらないうちにと、エースはそそくさとちゃぶ台を片した。広くない部屋だから、それだけでも少しは空間ができたように見える。
  ベッドなんてない、殺風景な部屋だ。
  いそいそと布団を敷くと、部屋の隅でしゃっちょこばってじっとしていたサンジの手をエースは強く引いた。
「うわっ……」
  引き寄せられ、咄嗟に布団の上に手をついて四つん這いになったサンジの背中をぎゅっと抱きしめる。
  灯りを消した部屋は薄暗かったが、窓から入り込んでくる月明かりがぼんやりと二人の影を浮き上がらせていた。
  Tシャツの裾から手を差し込み、サンジの脇腹をなぞり上げた。腹筋がヒクン、と引きつり、サンジが息をのむ気配が感じられる。
「つきあってるっていってもこういうことするの初めてだから、お互い緊張するよな」
  耳元にエースが囁きかけると、サンジは身を竦めた。くすぐったいのか、きゅっと首を縮こめて、息を殺している。
  サンジのTシャツを脱がしてしまうと、枕元にポイ、と投げ捨てる。自分もTシャツを脱ぎ捨てて、サンジにキスをした。
  ちらりと枕元に視線を向けると、脱ぎたてのTシャツが、脱いだそのままの形で影を作っていた。エースはシャツの影に小さく笑いかけてから、視線をサンジに戻した。
  キスをした。唇から顎の先、頬、額、髪……また唇に戻って、耳たぶを甘噛みする。
  体を重ねるのは初めてだから、大切に抱きたいとエースは囁いた。
  恥ずかしいのだろうか、サンジは何も返さない。指で唇に触れると、ふっくらとした唇は頑なに閉ざされていた。
  指の腹で唇をなぞり、前歯に触れた。
「ん……」
  鼻にかかったサンジの声を耳にした途端、エースの腹の底に熱い塊が集まりだす。
  下着ごしにサンジの下半身に触れてみると、硬く膨らんでいるのがわかった。自分も同じ状態だということを示すため、エースは下半身をサンジにぐいぐいと押しつけていく。
「ん、ん……」
  唇の柔らかさを感じながら、前歯をなぞる。こじ開けるようにして指先でぐい、と歯を押しやると、あっさりと口腔内に招き込まれた。
「お前の口の中って、こんなに熱いんだな」
  確かめるように口の中を指で探りながら、エースが呟く。
「ぅ、ん……」
  唾液が、口の端からたらりと零れそうになっている。サンジの口の端に唇を押し当てて、指のかわりに舌を差し込んだ。
  男にしてはなめらかな舌が、おずおずとエースの舌にまとわりついてくる。
  優しく吸い上げて、宥めるように華奢な体を抱きしめてやる。
  サンジは、こうなることを望んでいたのだろうか。いったいいつ頃からエースに抱かれたいと思っていたのだろう。
  指先でゆっくりと細い体のラインを辿ってやった。指の腹でなぞりおり、また戻り、乳首の先をツン、と弾いてみた。声を殺しながらもサンジは抵抗しようとしない。嫌がるどころか、エースにしっかとしがみついて、離れようとしない。
  エースの指がゆっくりとサンジの下腹部を辿っておりていく。下着ごとハーフパンツを引きずり下ろすと、サンジの体がブルッと震えた。
「熱っ……」
  掠れた声で、サンジが呟く。
  その呟きを唇で奪い取り、激しく舌を絡め合った。
  熱いのは、エースも同じだ。体中の熱が、出口を求めて血液の中を駆け巡っている。開放される瞬間を求めて、まるで嵐のように体の中で暴れている。
「やっと、アンタのものになれる──」
  挿入の瞬間、サンジは誇らしげに言った。



  目が覚めたのは、体が火照っていたからだ。
  男二人がひとつの布団で寄り添って眠っていたら、さすがに暑いだろう。
  早朝とはいえ、すでに気温はあがってきていた。肌がじっとりと汗ばんで、気持ち悪い。
  目を開けて布団の中でゴロリと体勢をかえると、枕元に目がいった。
  今まさに脱いだばかりですといった様子のTシャツが二枚、畳の上に投げ出されている。夕べ、エース自身が無造作に投げ捨てたシャツだった。
「うわっ、恥ずかし」
  小さく呟いて、エースは布団の中にごそごそと潜り込んだ。
  まだ眠っているサンジがゴロンと寝返りをうち、エースの頭を胸に抱きかかえてくる。
  逃げたくとも逃げることのできない体勢に、エースは眉間に皺を寄せた。嬉しいのは嬉しいのだが、この体勢は苦しいと、もぞもぞと身じろぎをする。起こさないようにそっとサンジの腕の中から抜け出そうとすると、腹の上にぐい、とサンジが乗り上げてきた。
「なに逃げようとしてる?」
  目元を赤く染めたサンジはしかし、意地悪くニヤニヤと笑っていた。
「やっと俺に手ぇ出したな、エース」
  確信犯だと、ふとエースは思った。
  これまでサンジがウブに見えたのは、あれは錯覚だったのかもしれない。まだ早い、まだ子どもだと思っていたサンジだったが、そうではなかった。いつ頃からかサンジは、エースが手を出してくるのをずっと待っていたのだ。
「アンタがいつ俺を抱いてくれんのか心配してたんだぜ、これでも」
  胸の上で頬杖をついたサンジが、嬉しそうに微笑む。
「あんまり待たされたら俺、ジジィになっちまうところだった」
  そう言いながらサンジの手が、するりとエースの頬のラインをなぞった。細い指が頬を辿り、顎をくい、と引き上げる。恥ずかしそうにサンジは、エースの唇に自分の唇を重ね合わせた。
  いつもサンジが吸っている煙草の香りが、エースの鼻の中にふわんと漂った。
  サンジの腰を優しく抱き寄せ、エースは黙っている。一言でも言葉を口にしたなら、みっともないことになりそうで、恐かった。
「なあ。こんだけ待ったんだから、ちょっとはオマケしてくれよ?」
  気の強そうな笑みを口元に浮かべ、サンジが告げる。
「何を?」
  困ったようにエースは、枕元のTシャツにちらりと視線を馳せた。



END
(H21.8.3)

BACK



『溶ける方程式〜2009ASコラボ企画〜』参加作品

BACK