『擬似的遊戯』
明け方の海はいつになく肌寒かった。
皆が起き出すまでに、まだ少し時間がある。
ゾロは物音を立てないように男部屋を後にすると、甲板へと上がっていった。
空は、濁っていた。夜の紺色と、明けのグレー、それに朝焼けのオレンジ、緋色などが入り交じっている。
静かで穏やかな朝だった。
悪くないなと思い、うーん、と大きく伸びをした。
息を吐く。
吸い込んだ空気は凛として鋭く、心が澄み渡っていくかのようだ。
喉の渇きを覚えてゾロは、キッチンへと足を向けた。
まだ、誰も起きていない時間。
もう少ししたらサンジが起きてくるかもしれない。コックはいつも、朝食の用意で朝が早いから。
コップを手にするのも煩わしく、ゾロは流しの水に口をつけて直に飲んだ。
喉を鳴らして水を飲んでいる最中に、どこかから物音が聞こえてきた。
「──なんだ、早いな」
不意に背後から声がかかった。
水を飲み終えたゾロは、腕でごしごしと口元を拭っているところだ。
「あ……?」
がっくりと肩を落としたままゾロは振り返る。まだ、早いと思っていた。部屋に戻ったらサンジの寝顔を見ることができるだろうと楽しみにしていたのに、あんまりだ。
上目遣いにちらりとサンジを見ると、彼は楽しそうに腕まくりをはじめている。これから朝食の準備に取りかかるのだろう。
「珍しいな、こんな時間に」
今にも鼻歌を歌いだしそうなご機嫌な様子で、サンジは冷蔵庫をごそごそと点検している。
「う……」
どう答えたものかとゾロが迷っていると、サンジは冷蔵庫の中から小さなカップを取り出し、それから、ゾロにはわからない何かを探し始めたようだった。何をしているのかと思いながらもキッチンを出ていこうとすると、かすさずサンジの声が引き留めにかかる。
「ベンチに座って、少し待ってな」
そう言われると、大人しく待つしかない。ゾロはベンチに座ると、頬杖をついてぼんやりとサンジの後ろ姿を眺めることにした。
今朝のサンジは、すこぶる機嫌がいい。いつものサンジは早起きなのは早起きだが、あまり機嫌がよくないような気がするのだが、今朝はどうしたのだろうか。肩のあたりが心なしかリズミカルに揺れているのが、ゾロの目にははっきりと映っている。
「……」
何か言おうとしてゾロは、口をパクパクさせた。何か言いたいのだが、言葉が出てこない。どう言葉にすればいいのかがわからず、しばらく悩んだ末に諦めて、口を閉じた。
ゾロが黙りこくっていると、ニヤニヤとした笑いを浮かべたサンジが後ろ手に何かを隠して言った。
「目、閉じて」
言われたとおりにゾロは目を閉じる。サンジは何をするつもりなのだろうかと頭の隅では疑問に思いつつも、言われるとつい従順にしてしまう。
「他のヤツらには内緒な」
耳元で囁かれると同時に、唇に冷たいものがあたった。
「まだ、目は開けるなよ」
うっすらと唇をあけると、隙間から冷たい雫が流れ込んできた。
ほんのりと桃の味のする……アイスキャンディ?
「……舐めてみろ」
そうサンジは言った。
ゾロは目をとじたまま、舌をつきだしてアイスキャンディを舐める。
ひんやりとした甘い汁が、口の中にさっと広がって溶けた。
「このまま舐めるのか?」
尋ねると、「そうだ」と返された。
ヒチャ、ヒチャと音がする。
アイスキャンディを舐める音だけがキッチンに響いて、ゾロはどことなく落ち着きのない様子で拳を握ったり開いたりしている。
少し上向き加減の姿勢で、アイスキャンディを舐める。
サンジの意図するところがわからないので、ゾロは言われたとおりにするしかなかった。断るという選択肢もあっただろうが、最初に声をかけられた時点でサンジの言うことを聞いてしまっているので、断るに断れなくなってしまっていた。
「口の奥まで入れないと、溶けてくるぞ」
少し掠れた声で、サンジ。
ゾロは言われたとおりにアイスキャンディを口の中に入れる。そんなに長くはなかったが、目を閉じて口にくわえていると、どうも別のことを思い出してしまいそうになる。
「うまいだろ?」
サンジが尋ねる。サンジの声がどこか上擦っているように聞こえるのは、これはゾロの気のせいだろうか。
それとも、もしかしたらサンジのほうもゾロと同じように……?
サンジの反応を確かめたくて、ゾロはわざと口をあけ、アイスキャンディを口に頬張った。チュウ、と音を立てて溶け出した甘い蜜を吸い取った。蜜を絞り出すように口を窄めながら、上下に扱いてみせる。
「うわっ……」
サンジが声をあげた。
「てめ、エロすぎ」
やっぱりそうだったかと思いながらも、ゾロはそのままアイスキャンディを舐め続けた。
今更、やめられない。ここでやめたら、しかけた自分が馬鹿みたいだ。そう判断したゾロは、片目をあけて、サンジにニヤリと笑いかけた。
サンジの頬が、急速的に赤味を帯びていく。
それから、今度はゾロは両目をあけて、しっかとサンジの目を見据えたままでアイスキャンディの先端をペロペロと舐めた。
時折、チロチロと舌を蠢かして誘うような仕草を見せると、サンジがごくりと唾を飲み込む音が聞こえてきた。
アイスキャンディの汁がポタリポタリとテーブルの上に落ち始めたところで、ゾロは潮時かと顔を離し、二口、三口であっという間に平らげてしまった。
「──俺も、して欲しいんですケド……」
恐る恐るといった様子でサンジがポソリと呟く。
ゾロは、サンジの言葉を無視した。アイスキャンディの棒をシンク脇のゴミ箱に入れると口の回りを水で洗った。何か拭くものは……としばらくキョロキョロしてから、拭くものは諦めてシャツの裾でガシガシと顔を拭いた。
「あのぉ……剣豪さん……」
惨めたらしくサンジが声をかけてくるのに、ゾロは小さく笑ってから振り返った。
「一回だけだぞ」
そう宣言すると、サンジはわかっているという風に大きく頷いた。
テーブルに寄りかかったサンジの前を、床に跪いたゾロは丁寧にくつろげてやる。
半勃ちになったサンジのものが下着の中で窮屈そうにしているのが見て取れた。
「なあ、こんなになってる……」
顔をあげて報告してやると、サンジは恥ずかしいのか、照れ隠しにか煙草をくわえ、何とも言えない表情でゾロを見つめ返した。
「早く……」
言われてゾロは、サンジのものを下着の中から取り出した。赤黒いものの先端には、すでに先走りの液が滲み始めている。
先ほどのアイスキャンディを脳裏に思い浮かべながら、ゾロは舌を先端に押し当てた。先走りの青臭いにおいが、つんと鼻をつく。窪みの部分を、舌で抉るようにして舐めると、頭上で行為を眺めているサンジが大きな息を吐くのが感じられた。
早いこと終わらせてしまおうとゾロは、口全体でサンジのペニスをきゅっ、と締め上げた。そのまま唇を窄めて大きく上下にスライドさせると、サンジのペニスに浮かび上がった筋が、ドクン、ドクンと脈打つのが伝わってきた。
このまま昇天させて終わりにしてやるとばかりに舌をきつく絡めつけ、ザリザリとペニスを舐めあげた。
「ん……」
あまり色っぽくないサンジの声が聞こえてくる。
もう一息とばかりにぐっと喉の奥まで銜え込んだところで、無理矢理頭を引きはがされてしまった。
「あ?」
どうかしたのかと尋ねようとした途端、煙草をくわえたままのサンジの手が、ゾロの腕を強く引いた。
「やっぱ、入れてぇ」
そう言われて、やっぱりそうきたかとゾロは肩を落とした。
「一回だけだと言ったはずだ」
言い返すと、ニヤリと笑って流される。ずる賢いコックは、言葉遊びがすこぶるうまいのだ。
「入れるのが、一回」
人差し指を立てて、サンジは笑った。
嫌な笑いだなと思いながら、ゾロはボトムを膝までずり下ろす。片方だけ脱ぐと、もう片方は足に引っかけたままでサンジに背を向けた。
To be continued
(2007.8.7)
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