『擬似的遊戯』



  男の自分が、尻を放り出していったい何をしているのだろうか。ゾロはいたたまれない気持ちになって俯いた。
  面倒だから上も脱がなかったのは、時間が時間だからだ。もう少ししたら、皆が起き出す時間だ。たいして時間もないのに、全裸になることはできなかった。
「チッ……色気のねぇマリモだな」
  そう言ってサンジは、携帯用のアッシュトレーに短くなった煙草を押し付ける。
  シャツの上からゾロの背中にキスをする。手のひらで脇腹を掠め、シャツに隠れて見えない腹の筋肉に触れた。乳首をキュッ、と摘み上げると、ゾロの身体が不安そうに身じろいだ。
  サンジの手がゆっくりとした動きでゾロの腹筋を滑り降り、下腹部へと近づいていく。
「ん……っ……」
  溜息のような鼻にかかった微かな声を、ゾロが発する。
  背中に鼻を押し付けてサンジは、ゾロのにおいをかいだ。
「このまま、挿れてもいい…か?」
  その前にと、サンジは確認の言葉をかける。普段は、ゾロの中に入れる時には避妊具を使っている。男同士なら必要なさそうなものだったが、生で出されるのをゾロは嫌がった。格納庫でする時だろうと、陸に上がってどこぞの安宿でする時だろうと、避妊具は必需品だ。ゾロが、でなければしないと宣言したからだ。
  サンジの声が背中越しに響いて、ゾロの背筋がゾクゾクとなる。
「ん…ん、今日は、いらね……このままで……」
  ゾロの手が、下腹部に触れるサンジの手を掴んだ。自分の口元に持っていくと、人差し指と中指をまとめて口の中に入れた。
  コックの指は、ほっそりとして節くれ立っている。その指の関節を確かめるように、ゾロは舌を這わせた。第一関節を舌で舐めあげ、第二関節を前歯で軽く噛んだ。爪の間を舌先で舐めると、サンジの親指がゾロの顎をそろそろと撫でてきた。
  サンジは、ゾロの口の中にあった指を引き抜いた。たっぷりと唾液を絡めてもらった指先は、てらてらとぬめっている。
  ゾロの尻にサンジは指を押し当て、一気に指の第二関節まで挿入した。
「っ……!」
  ゾロの膝がカクンとなって、よろけそうになる。
「足、開いて?」
  そう言いながら、サンジは指を動かし始めた。内壁を擦るように、くちゅくちゅと音を立てながら指の出し入れを繰り返す。
  ゾロは言われたとおりに足を軽く開いた。
「座れよ」
  何でもないことのように、サンジはさらりと言ってのけた。



  ズルズルとサンジの指が身体の中から引きずり出されていく。その感覚でゾロの腕には鳥肌が立ち、思ってもいなかった鼻にかかるような声が洩れてしまった。
「あ……ぁ……」
  膝を震わせ、それでもゾロは立っていた。
「ほら、座って」
  促すように、サンジは言う。
  ゾロがゆっくりと腰を下ろしていくと、焦れたサンジの腕がゾロの腰をぐい、と引き寄せる。
  ゾロの裸の尻にサンジのペニスがあたり、なすりつけられた。先走りでヌルヌルとした感触のものが、尻から腰のあたりでビクン、ビクン、となっている。もしかしたら、着ているシャツにも精液がついてしまったかもしれない。あとで洗濯をしないといけないなと、ゾロは思う。いっそサンジに洗濯をさせようか。
「挿れるぞ?」
  そう言ってサンジが、ゾロの腰を心持ち浮かせる。
「──…早く、挿れ…ろ……」
  ゾロは言った。
  早くしないと、夜が明けてしまう。皆が起きてくる前に事を終わらせて、何もなかったように見せかけなければならない。
  ともすれば快楽に流されてしまいそうになる自分の理性をどうにか抑えつけ、ゾロはサンジを待っている。
  そしてサンジは、ゾロの思惑に気付きもせずに、先ほどまで自分の指で弄んでいた狭い部分にゆっくりと侵入を果たした。



「ん……くっ……」
  ゾロの声は、あまり色気のない声だ。気分が乗ってきても、そういった声はなかなか聞かせてくれない。自分と比べるとあまりにもこの男はストイックすぎる。
  自分の膝の上で身もだえている緑色の髪の男の肩口を見て、サンジはこっそりと溜息を吐いた。もうちょっと色気のある声を出してくれれば雰囲気も出るだろうに、どうしてこの男はこんなに冷めているのだろうか。
「声、聞かせろよ?」
  そう言ってゾロの腰を強く揺さぶってみても、「あ」とか「う」とか、たいして色気のない声を聞かせてくれるだけで、なんとも味気ない。
「もっと……色っぽい声、出せねえのか? そんな声じゃ、勃つモンも勃たねえだろ」
  と、含み笑いでサンジが言うと、ゾロが首を巡らせてギロリと睨み付けた。
「うっせ……こっちは、それどころじゃねえんだ……」
  ゾロの言葉に、わかっているとばかりにサンジは頷く。
  それからサンジは、ゾロが自分のほうを向いているのをいいことに、目尻のあたりにキスをした。
「さっきいい顔してたみたいに、たまにはいい声も出してみろよ」
  たまには雰囲気を楽しんでみたいのだと言外にサンジは匂わせてみるが、ゾロはまったく意に介さずといった顔をしている。
  それならばと、サンジはゾロの喉に指を這わした。指の腹で、弧を描くようにゆっくりとした動きで唇を探し当てる。
「んっ……ぅ……」
  下唇を軽く押して、ゾロの口の中に指を入れた。
「噛んでもいいが、傷はつけるなよ」
  サンジの言葉に、ゾロは頷いた。
  喋る余裕など、今のゾロにはなかった。口の中に潜り込んできたサンジの指は、我が物顔でゾロの舌をつつき、なぞり、唾液を掬った。まるで犯されているかのような感覚に、ゾロの身体の芯がカッと熱くなる。
「んっ、ん……」
  声をあげた瞬間、ゾロは意識することなくキュッ、とサンジを締め付けた。
  口の中で蠢く指は、いつの間にか二本に増えていた。



  口の中でサンジが指を動かすと、クチュクチュと湿った音がした。
  その水音に併せて、ゾロは自分から腰を動かしていく。自分の口を犯していくサンジの指が、いつもよりいやらしく感じられた。
「ん……む……」
  心持ち顔を上向けて、サンジの指を喉の奥近くまで飲み込んだかと思うと舌を絡めて吸い上げる。口元から涎がポタポタと零れ落ちていくところが、サンジの目にも見えた。
  ゾロの指は、サンジの手を捕らえ、奉仕するのに夢中になっている。
  ふと、さきほどアイスキャンディを舐めていた時のゾロの様子を思い出したサンジは、微かに身震いをした。あの時、ちらりと見えた赤い舌は官能的で、ひどく艶めかしかった。今もきっと……。
  正面からゾロの様子を見ることが出来ないのがもどかしくて、サンジは強く腰を押し付けた。
「んんっ、っ……」
  サンジは、ゾロの顔が見たかった。
  今、どんな表情をしているのかを確かめたかった。
  さんざん指をねぶり倒したゾロは、ようやくサンジの手を解放した。もしかしたらゾロも、サンジと同じように思っていたのかもしれない。身体をずらして、サンジの顔を見ようとしてくる。
「ん? どうした?」
  尋ねた時にはすでに身体を半分ほどサンジのほうに向き直っていたゾロが、自分で足を持ち上げ、向かい合わせの格好になろうとしていた。
「わっ、無茶するなよ、クソマリモ」
  それでも、ゾロと向き合えるのが嬉しくて仕方がないサンジは、ぎゅっ、と筋肉質な身体を抱きしめた。
  それからサンジは、本格的にゾロを追い上げ始めた。
  惜しみなく声をあげるゾロの口の間に見える赤い舌が、サンジをさらに煽った。



  結局サンジは、ゾロの中ではイかせてもらえなかった。
  直前になって気が変わったのか、ゾロはサンジの上からさっさとおりてしまい、足の間に跪いて今にも弾けそうなペニスを口に頬張った。
「おい、どういうことだよ、ああ?」
  髪を引っ張ってサンジが怒鳴りつけると、ゾロはペニスに歯を立てた。
「うあっ……」
  キリキリと噛みついた歯を軋り合わせ、サンジを攻め立てる。
「おい……おい、やめろ!」
  焦ったサンジがぐい、と緑色の髪を引っ張ると、目だけでゾロはニヤリと笑いかけてきた。不敵な笑みだ。
「全部飲んでやるから、黙ってろ」
  鬱陶しそうにそう告げるとゾロは、サンジに見せつけるように口を窄めてペニスを舐めた。
  そうしながらも、自身も達したいのだろう、ゾロはあいているほうの手で自分のものを扱いている。だったら素直に向き合ったままでイけばよかったのにと、サンジはそんなことを考えた。
  間もなくして腹の底から熱の塊のようなものが沸き上がってきて、サンジはゾロの喉の奥に迸りを叩きつけた。髪を掴んで頭をぐい、とペニスに押し付けると、くぐもった呻き声が聞こえてきた。ゾロも、自分の手の中に出したらしい。
「なんだよ。そんなことするなら、俺に乗っかったままでもよかったんじゃないか?」
  ふう、と溜息を吐いてサンジが言う。
  ゾロはまだ、サンジのペニスに舌を這わせている。サンジが出したものを喉を鳴らして飲んだだけでは飽きたらず、未練たらしく先端の窪みに滲んだ残滓を舐め取っているところだった。
  サンジの思いを知ってか知らずしてか、ゾロの口のあたりがニヤニヤと笑っている。サンジの気持ちなど、先刻お見通しなのだと言わんばかりだ。
「挿れるのは、また今度な」
  さらりとそう言うと素早く身支度を整え、ゾロはサンジに背を向けた。





END
(2007.8.11)



      

SZ ROOM