散々キスを交わし合い、互いの唾液を啜り合った。
サンジの唾液は彼のにおいと同じで甘かった。
「んっ……ぁ……」
キスの合間にサンジが洩らす少し鼻にかかった声を耳にしていると、ウソップの身体の奥に広がった熱が腹の底で燻りはじめる。
止めなければ、と思いながらも、止めることの出来ない自分がいた。
ウソップの手は、彼の意志に反してゆっくりとサンジのシャツをたくし上げ、その中へするりと侵入を果たす。滑らかなサンジの肌にぎこちなく指を這わし……
止めなければと、頭の隅でウソップは思った。
しかしウソップの心とは裏腹に、手が、勝手に動いていく。
白い肌を辿り、胸元の淡い翳りに触れてやると、サンジは深い溜息を吐いた。ふんわりと、甘い香りが漂ってくるかのようだ。
「あの……あのさ、サンジ。これ以上こういうことしてっとさ……」
機嫌を窺うかのようにウソップがサンジの顔を覗き込むと、鋭い眼差しでぎろりと一睨みされた。
「クソッ。こういう時にそういうことを言うと萎えるだろ、長っ鼻」
口を尖らせて言うが早いか、サンジはウソップの額めがけて頭をぶつけていく。
ガッ、と小気味よい音がした。
「ぐだぐだ言ってねぇでさっさと脱げよ、ああ?」
いったい自分は、何をしているのだろうか。
深夜のキッチンで、男と向かい合って、抱き合っている。
癖の強い焦げ茶の髪が頬にかかるのを、ウソップは首を振って払った。
その仕草に気付いたサンジが片手でウソップの髪をかき上げる。
サンジの優しい手つきに、ウソップは恥ずかしいような照れ臭いような気持ちを感じた。
今までウソップが恋人ごっこの延長のような関係を保ってきたのは、サンジの本心がわからなかったからだ。わからないままに好きになり、関係を築いた。
気紛れなサンジに、ウソップは始終振り回されっぱなしだった。
それでも構わなかった。
サンジと一緒にいると楽しかったし、彼のあの強気な態度は、ウソップにも何らかの影響をいい方へと与えていたようだ。
悪くはない取り合わせだと言ったのは、真っ先に二人の関係を見抜いたロビンだった。次にナミが気付き、それ以降は誰が気付いたとしても気に留めないようにした。何となくだが、気にすることが馬鹿馬鹿しく思えたのだ。
それから何度か、キス以上の関係へと進展しかかった。
キス以上へと進もうとするのはいつもサンジのほうからだ。
キス以上の行為が嫌なのではない。もちろん怖いというわけでもなく、ウソップはキスだけでも充分に満足することができたのだ。
もっとゆっくりでもいいと、ウソップは思っていた。
何かを求めるあまり性急になりすぎるサンジを愛しいと思う反面、持て余し気味に思うウソップがそこにはいた。
ナミに言わせれば逃げているだけだと逆に怒られてしまったが、逃げているのではない。ただ、いとしすぎて大切にしたくて、キス以上の行為に及ぶことができないでいるだけなのだ。
その気持ちを正直に言葉にしたことはなかった。そうすべきだということはわかっていたが、なかなか言い出すことが出来なかったのだ。
「おい、何考えてんだ?」
床の上で胡座をかいたウソップの太股に乗り上げ、サンジが尋ねかけてくる。
「えっ……あ……いや、あの、その……」
しどろもどろになってウソップがまごついていると、鼻先に軽くキスをされた。
サンジはかろうじてシャツだけを身に纏っていたが、前は大きくはだけている。スラックスははいているものの、隙があれば今すぐにでも脱いでしまいそうな勢いだ。ウソップも似たようなものだ。オーバーオールの肩ひもはだらしなく腕にひっかかっており、へそのあたりまで引きずりおろされている。
「あの……おおお、俺さ、やっぱ……」
後方へと身を引くウソップの肩口をふんわりと抱きしめたサンジは、それ以上は何も言わせないよう、強引に唇を合わせていく。
ちゅ、と湿った音がした。
キスの合間にウソップが薄目をあけると、サンジの蒼い瞳がさも愛しそうな優しい笑みを浮かべて時折、こちらをちらちらと窺っている。
「もっとちゃんとキスしろよ」
ウソップの視線に気づいたサンジが言う。
「……おう」
オーバーオールの下で燻っているウソップのものにわざと尻を押しつけてくるサンジは、まるで悪ガキのように悪戯っぽく口元をにやりとつり上げた。
「早くオトナになれよ、長っ鼻」
もう一度だけそう言って、サンジは唇をはなす。
離れていく唇の感触が名残惜しい。もっと触れていたかったのに。ウソップは、サンジの唾液が残る自分の唇をペロリと舐めた。
ほんのりと甘い香りが、煙草のにおいに混じってウソップの鼻腔をくすぐった。
結局その夜は、それ以上は何もないままに二人で寄り添って過ごした。
その前にウソップは、見張り台の不寝番にあたっているゾロに差し入れの夜食を差し入れるのも忘れずに手伝った。
それから二人で、男部屋のソファと床とに別れて転がった。ルフィもチョッパーもとうの昔に熟睡しており、ちょっとやそっとの物音では目を覚ますこともないだろう。
いつもは饒舌なウソップはどことなく黙りがちで、気まずくはないのだが、それでもどこか会話がかみ合わない。不自然な空気。ウソップはいつもより口数が少なく、サンジはおとなしかった。
それでも、二人でいられることがウソップには嬉しかった。
この、もどかしい感じも、微かに聞こえるサンジの呼吸も、何もかもが愛しくてたまらない。
ソファにごろりと横になったサンジの手が、床に転がるウソップの目の前にだらりとおろされる。
「……手」
サンジが言う。
ウソップが手を差し出すと、指と指とを絡め合わせてサンジは満足そうに目を細めた。
「──お前の誕生日に、俺をやろうと思ってたんだけどな……ほら、ちょっと古風な感じで、いいだろ? それで、少し前からそうしようと思ってたんだけどな……」
掠れた低いサンジの声が、男部屋の暗がりにポソリと響く。
ウソップはじっとサンジの目を見ている。暗がりの中で、蒼い瞳が悪戯っぽくきらりと光った。見間違いかと思ってウソップが目をしばたたかせると、すこぶる真面目な顔でサンジが言葉を続けていた。
「さっきのお前見てて、阿呆らしくなってやめたんだ」
「なんでだよ」
絡まり合った指に軽く力を入れて、ウソップが尋ねる。
「お前、そんなにガツガツしてねぇからさ」
と、絡めた指先に唇で軽く触れて、サンジ。
「じっくりと、時間をかけて俺好みに慣らしていくことにしたんだよ」
俺好み。そう言った瞬間、サンジはにやりと口元を歪めた。ウソップを流し見る蒼い眼差しが、色っぽい。
ああ、この眼に惚れたんだなと、ウソップはこっそりと思った。年上らしい分別のつけ方も、さりげない気配りや優しさも、何もかも全部好きだ。鷹揚な態度も、荒っぽい言葉遣いの裏側で密かに相手を心配してくれているのも、サンジらしくていい。女好きは度を越すと興醒めだが、最後にはウソップのところへ戻ってきてくれるのが何とも愛しい。先に好きになったのはサンジからだったし、キスを仕掛けてきたのもサンジだ。キスから先へ進もうとしたのもサンジなら、土壇場でウソップの意志を尊重してくれたのもサンジだ。
「な……慣らしてって……」
喉の奥で乾いた笑いをあげると、ウソップは恐々とサンジを見つめた。口の中に溜まってきた唾を飲み込むと、ごくりと音がした。
「慣らすんだよ、俺に。キスをしても、服を脱がしても、途中でビビッて逃げ出さないように俺がしっかりと教育してやる。それからセックス。お前が上で、俺が下。手取り足取り、一から十まで何もかもすべて教えてやるから、クソありがたく思えよ」
にやりとサンジは笑った。
嬉しいのだか嬉しくないのだか、ウソップは複雑な気持ちで口元を歪める。
本当はウソップだって、キスから先のことに対して興味を持っている。ただ、そこまで気持ちが追いついていっていないというだけで。
「嬉しいか? もちろん嬉しいだろ? 誕生日プレゼントだからな。当然、嬉しいに決まってらぁな。しかも期限は無期限ときた。ご機嫌だろう」
どこか脅迫めいたサンジの有無を言わさぬ言葉にカクカクと頷き、それからウソップは小さく溜め息を吐いた。
自信に満ちたあの蒼い瞳で睨まれるとどうしても、うん、と答えてしまいそうになる。本当は自分のほうから口にすべきなのではないかと思っている言葉まで、サンジは先回りして言ってしまう。年下の恋人としてはサンジと対等に渡り合えるぐらいに成長しなければと思うのだが、なかなかそこまで行き着くことができない。
もっともサンジにしてみれば、年相応の反応を返すそんなウソップが可愛くて可愛くて仕方がないのだが。
「ま、あれだな。あまり深く気にするな。てめぇのケツが危ねぇ、ってわけじゃないんだからよ」
そう言ってサンジはケタケタと笑った。
ウソップの好きなあの蒼い瞳が、嬉しそうにこちらをじっと見つめている。
「お……おうっ」
返したウソップの声は、はっきりとわかるほどに震えていた。
END
(H16.3.14)
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