好きというキモチ1

  好きだという気持に気付いた。
  アイツが…あの、ひょろりと鼻の長い、どこかおちゃらけた感じのする奴が自分は好きなのだと、気が、ついた。
  告白は、した。
  キスもした。
  どちらも自分がきっかけを作ってなかば脅かすようにしてのことだった。
  だからいつまでたっても先に進まないのだ。
  キスから先に進みたいと心底願っているのに、これっぽっちも進みやしない。
  キスの先はというと、当然のようにセックスしかない。それぐらいは、ヤツに主導権を握ってもらいたいものだ。
  告白もキスも、きっかけを作ったのはサンジのほうからだったから。
  だからこそ、ヤツの方から触れてきてほしい。
  抱き締められたいと、そんなふうに柄にもなく思ってしまうのは、惚れているからだ。
  あの長っ鼻に、サンジは心底惚れ込んでいるのだ。
  おそらく、ウソップも気付かないほどに自分は強くヤツに惚れている。それだけは自信がある。
  まだ幼さの残るあの声を聞くだけで、胸がほわんとなるほどに、惚れている。もっともそれは、サンジ一人の秘密なのだが。
  今も、そうだ。今もキッチンの外では、ウソップの声が響いている。
  見張り台から陸地が見えたと大声で報告するウソップの声に、サンジは内心したり顔だった。
  陸に上がれば、うまくいけば二人で宿にしけこむことができるかもしれない。
  さて、どう料理してやろうか──そんな風にほくそ笑むと、金髪のコックはキッチンでの仕事を手早く片付けていく。
  一段落してサンジがオレンジ色の髪の美人航海士の指示に従うべく甲板へ飛び出していく頃には、甲板での作業も終わっており、誰もが陸に上がるのをうずうずして待ち構えているところだった。
「あら、サンジくん。ちょうどいいところに来てくれたわ」
  そう言うとご機嫌な航海士嬢は、サンジににこりと微笑みかける。
「……夕方にはここを発つから、それまでに買い出しをすませておいてほしいの。次の港までは少し日数がかかるみたいだから、たくさん買い込んでおいてね」
「お任せください、ナミさん。この船の食糧は、このオレが責任を持って……」
  勢いづいてサンジが返すと、ナミは分かっているというふうに頷いた。
「じゃあ、よろしくね、サンジくん」



  ゾロとルフィ、それにロビンが船番としてメリー号に残ることになった。
  チョッパーは薬の調達に、ナミはショッピングを兼ねた情報収集でそれぞれ出かけていくのを見届けてから、サンジはウソップを連れて食糧の買い出しに出かけていく。
  さっさと買い出しをすませることができたなら、後は自由だ。夕方までに船に戻ればいいのだから、買い物の後でならどこで何をしようが、仲間たちも文句を言うことはないだろう。
「さて。どうするかな」
  呟き、サンジは胸ポケットから煙草を取り出した。
  紫煙を吐き出すと、すぐ隣りを歩いている男にちらりと視線を馳せる。
  すらりと伸びた長い鼻。人のよさそうな真っ直ぐな笑み。少し臆病なところも、すぐにおちゃらけるところも、何もかもひっくるめてサンジは気に入っている。他の仲間たちのように怪物じみた強靱さを持っているわけではないが、そこがいいのだ。少しでも足手まといにならないように、他の連中に追いつこうと必死になっている姿を目にすると、ついつい何かと構ってやりたくなる。
  自分より年下だというのがまた、いい。
  これが、庇護欲をかき立てられるということなのだろうか。
  女性を恋愛の対象として見る時とはまた違った見方をしている自分にも、サンジは気付いていた。庇護欲は確かにある。しかし、相手を自分と同じ男、仲間として見ると、ただ守ってやりたいと思うだけの気持ちだけではない、何か別の気持ちが存在することもまた事実で。
  そんな言葉では言い表せない不思議な感情が、サンジは気に入っていた。
  必要とあらば、自分はこいつのことが好きなのだと、胸を張って口にすることもできる。自分の正直な気持ちを理解した上で、だからキスよりも先の行為に進みたいのだと、悶々としているのだ。
  ウソップに言わせれば、まだ早い、と。まだ、キスだけで充分だと言われるのだが。
  お互い、そういうことを意識していないわけではない。ただ、機会に恵まれないだけなのだ。ウソップだって、心の奥底ではキス以上のものを求めているはずだ。それはお互いわかりすぎるほどよくわかっている。
  見かけによらずロマンチストな長っ鼻野郎は、セックスに対して夢を持っている。
  初めての時はそれなりのホテルでそれなりの料理を食べて、それなりの部屋で甘ったるい言葉のひとつやふたつも口にして…──なんてことを考えているのだ、あの阿呆は。
  サンジに言わせれば、阿呆としか言いようがない。
  自分は女性ではない。柔らかくていい匂いのする、そこにいるだけで甘ったるい雰囲気で場が和むような、そんな貴重な存在ではないのだ、自分は。
  自分は、年上で、口の悪い一人の男なのだから──



  ここと決めた何カ所かの店で買い物を済ませてしまうと、出発の少し前に船に荷を搬入してもらうよう手筈を整える。
  夕方までは自由時間だからと、二人で港近くの町をのんびりと闊歩した。
  まるでデートのようだと言いかけて、サンジは不意に押し黙る。これは、れっきとしたデートなのだ。ここで水を差すようなことを自ら口にすることはないだろう。
  歩きながら、いつしか二人は互いの腕が触れ合うほど近くに寄り添っていた。雑貨屋のショーウィンドウを覗きこむウソップは、真剣な顔つきで何事かブツブツと呟いている。幼さの残る浅黒い横顔は、グランドラインに入ってここしばらくのうちに、随分と精悍な顔つきになったものだ。
  これからこの男は、もっともっといい男になるだろう。そう考えただけで、サンジの顔はにやけてくる。なにしろ、将来有望株の部類に入る男の一人が自分のものなのだから。そう思うと、それだけで嬉しくなってしまうのだ。
  考え事の延長でサンジがぼんやりとしていると、ポツポツと頬に冷たいものがあたった。
  雨だ。
  ウソップもサンジとほぼ同時に気付いたようで、タイミングよく顔を見合わせる。
  あっという間に滝のような勢いの雨が降り出し、激しく地面を叩きつけはじめる。濃い雨のにおいがあたりを満たし、目の前は降りしきる雨と、雨の粒に跳ね上げられる土埃ばかりの世界になった。
  悲鳴や驚きの声をあげながら、人々は屋根を求めて駆けだしていく。
「こっちだ…──!」
  そう言ってウソップの手が、戸惑うことなくサンジの腕を掴んだ。
  走りながらいつしか二人は手を繋いでいた。指と指とを絡め合い、港の方へと走っていく。
  メリー号は、まだ見えない。
  突然のスコールで、表に出ていた人たちは皆、建物の中や船の中に入ってしまったらしい。人っ子一人見えない港を駆けていくと、船と船との間にちょうど雨宿りができそうな空間が見つかった。
「ここでしばらく休んでいこうぜ」
  そう言ってサンジはさっそく胸のポケットから煙草を取り出し、濡れていないかを確認してから火をつけようとする。
「あ、ちょっと待った」
  サンジの腕を軽く押さえるふりをして、ウソップがオーバーオールのポケットをごそごそとまさぐる。
「目を閉じてみてくれよ、サンジ」
  と、ウソップは、手の中で何やらカサカサとさせた。
「はい、それじゃあ口を開けて……」
  見るなよ、と念押しをすることも忘れないウソップの声は、悪戯をする時の子供のように無邪気で真剣だ。
  言われるままに目を閉じ、口を軽く開けたところに、ツンと香る甘いものが転がりこんでくる。
「どうだよ、サンジ。これぞ必殺、ミント星」
  へへへ、と頬を朱色に染めて、ウソップが告げた。
「ん……ああ、甘いな」
  ミントキャンディを口の中で転がしながら、サンジは返した。
  涼しやかな甘さが口の中いっぱいに広がっていく。
「たまには煙草じゃなくて、こういうのもいいだろ?」
  確信犯的にウソップは笑った。
「そうだな、いいかもしれないな」
  頷いたサンジの唇の端に、ウソップは軽くキスをする。吸い慣れた煙草の香りではなく、キャンディの甘く爽やかな香りがした。
  一瞬、スコールの音が弱まると共に、どちらからともなく唇をはなした。目元をほんのりと朱色に染めたウソップが、照れ隠しにか、ぷいと横を向く。
「な、な、もう一回……」
  嬉しそうに破顔して、サンジがねだる。
「二度は出来ねぇ」
  耳まで真っ赤になってウソップがそっぽを向こうとするのを、サンジは無理に自分のほうへと向き直らせた。
「……もう一回」
  真剣な表情でサンジが告げると、ウソップも諦めたのか、黙ってサンジを見つめ返したのだった。



To be continued
(2007.7.31)



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