好きというキモチ2

  唇と唇を合わせると、サンジの舌がするりとウソップの口の中に入り込んできた。
  驚いてウソップが舌で舌を押し返そうとすると、ミントキャンディが口の中に転がり込んできた。さきほどサンジにやった、キャンディだ。
「んっ……」
  抵抗しようとするウソップを、サンジは力でねじ伏せた。
  舌をきつく吸い上げ、唾液を流し込むと、ゴクリと音を立ててウソップはそれを飲み込む。宥めるようにサンジの舌がウソップの舌を軽くつつき、口の中にある一個のキャンディを二人で舐め合った。最後に、キャンディを自分の口の中に取り返してからサンジは唇を離した。
  どちらのものとも知れない唾液が、名残惜しそうに二人の間で透明な糸を引いている。
  唇を離したサンジは溜息を吐くと、ニヤニヤとウソップを見つめた。
「あ……あの、さ……」
「キモチよかっただろ?」
  舌でペロリと唇を湿らせ、サンジは尋ねる。
「あ……え……う……」
  答えに窮してウソップがおたおたしているのをいいことに、畳みかけるようにしてサンジが囁きかける。
「どこか、二人きりになれるところに行こうぜ?」
  安宿でいいからと、熟れた声をウソップの耳元に吹き込んでやった。
「俺は…──」
  まだ赤い顔をしたままでウソップは、驚いたようにサンジの顔を見あげる。
  珍しくその気になっているようだが、それでもウソップはまだ心を決めかねているような様子をしている。この、どこかしら禁欲的なところも実はサンジは気に入っている。
  こちらの言葉にホイホイとついてくるような阿呆なら、とっくの昔に嫌気がさしていたかもしれない。こうやって年上である自分の軽率なところを時に諌め、修正してくれる真っ直ぐさが、サンジには心地よかった。
「二人きりになれるところに……」
  ぽつりと、掠れた声でウソップが呟く。
「そう。さっきの通りを一本向こうに入れば、そういうところがいくつかあるはずだ」
  サンジが示唆してやると、ウソップは恐いほど真剣な眼差しになった。ぎゅっと両の拳を握りしめたままサンジの目を覗き込んでくる。
  ウソップがどう返すのか、サンジは興味深く見守った。そろそろ、ウソップに「うん」と言わせてみたかった。二人きりの濃密な時間を持ちたいと願うのは、正常な恋人同士ならおかしいことではないだろう。
「俺は……」
  掠れた、切羽詰まったようなウソップの声は明らかに欲情している。
  言え。言っちまえ。そのまま、「うん」と一言、頷けばいいだけだ。そうすれば、二人とも楽になれる。キスよりも先の、気持ちイイ時間が待っているんだぞと、サンジは心の中で呟いた。



  心を決めたのか、ウソップの体が不意に小さく揺らいだ。
「俺は、行かねえ」
  はっきりとそう告げると、ウソップはくるりと踵を返した。
「戻ろうぜ、俺たちの船へ」
  いっそ清々しいほどの物言いに、サンジは目をパチクリとさせる。一瞬、何を言われたのかもわからなかったほどだ。
  呆然として立ち尽くしていると、おずおずとウソップが、手を繋いできた。
「あー……今日は、ダメだ。ダメなんだ」
  そんなわけのわからない言い訳をして、ウソップはそっぽを向く。
  顔だけでなく、耳まで赤いということは、先ほどのサンジの言葉を頭から否定しているというわけでもなさそうだ。
「何がダメなんだ?」
  きゅっ、とウソップの手を握りしめて、サンジは尋ねた。
「ワケを聞かせろ」
  そう言ってサンジは、そっとウソップに寄り添う。
  腹の中では、返答次第では蹴り殺してやるなどど物騒なことを考えているのだが、そこは年長者の強みでうまく表に出さないよう取り繕ってみる。
  ウソップは躊躇いがちに、口を何度かパクパクさせ、最後に大きく息を吸い込んでからゆっくりと一言一言区切るように、言葉を放った。
「ダメじゃねえけど、今日はダメなんだよ、とにかく」
  ちらりと横目に見た顔は、口を横一文字に引き結んだ、きりりとした男の顔だ。嫌がっているわけではない。男同士だからという引っかかりを感じて、キスより先に進みたくないというわけではない。それぐらい、サンジにだってちゃんと理解できる。
  しかし、それなら……。
  それならば、理由までは説明してもらえないのだろうかと少々残念に思いながらもサンジは、ほぅ、と息を吐き出した。
「じゃ、ま、今回はオマエの言うとおりにしてやるよ」
  握りしめたウソップの手を自らの口元に持っていくと、骨張った手の甲に唇を押し付ける。
「一回ツケとくから、覚えとけ」



  唇を離して顔を上げると、ちょうど雨足が遠のいていくところだった。
  やってきた時と同様、唐突にスコールはどこかへ逃げていってしまったらしい。
  小降りになった雨が完全にやんでしまうのを待って、二人は顔を見合わせた。
「帰ろうぜ」
  言葉少なにサンジが呟く。
「……おう」
  小さくウソップは頷いた。
  船と船との間の小さな秘密の隠れ家から出ようとサンジが一歩前に足を踏み出す。
「あ……ちょっと待った」
  ウソップにぐい、と腕を強く引かれたサンジがよろけたところを、ウソップの腕が素早く受け止める。
「なんだよ」
  怒ったふりをしてサンジが軽く睨み付ける。
「さっきのキス、もっぺん……」
  最後のほうはもごもごと、口の中に飲み込んで、ウソップ。
  耳まで赤くなっているのに、今回は真っ直ぐにサンジを見つめている。こんなことは、これまでになかった。赤くなるとたいてい恥ずかしいのか、顔を背けたり目を逸らしたりしていたのだから、このお子様は。
  一瞬、驚いたものの、サンジはすぐににこりと笑みを浮かべた。
  触れるだけの軽いキスを、唇に落としてやる。
「これで、OK?」
  悪戯っぽく尋ねると、拗ねたようにウソップは鼻を鳴らした。
「満足したか?」
  逆に尋ね返され、ああ、とサンジは思う。
  触れるだけのキスだけではなく、もっと親密なキスがほしかったのだ、と。
「まだ、満足してねえ」
  駄々をこねるように、サンジは告げる。
  すぐさま、目の前の男の唇がミントの香りをさせながら合わさってきた。キャンディはなくなっていたが、舌がするりとサンジの口の中に潜り込んできた。
  ドキドキという心臓の音が聞こえてきそうな気がするが、これはどちらの心臓の音なのだろうか。
  ウソップの肩に腕をかけるとサンジは、そっと目を伏せた。



END
(2007.8.1)



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