LOVE IS 2−2

  どこにいても、フーシャの城では物音が聞こえてくる。
  音の絶えることのない世界に来てしまったかのようで、サンジにはそれが不思議でならなかった。
  バラティエのしんと静まりかえった冷たい空気とは違う、あたたかなフーシャの空気をしかし、サンジが不快に感じることはない。
  ウェストランドではあんなにも気に障った物音が、ここフーシャでは心地よいと思えるのだ。
  明け透けな物言いの男たちは気さくで、豪気な者ばかりだった。
  かつてのバラティエを思い出させるような雰囲気に、それまで張り詰めていたサンジの気持ちも穏やかになりつつある。
  陰鬱な空気はどこにもなく、城内を行き交う人々の足音や喋り声、獣畜の鳴き声がどこかしらから聞こえてくる。
  困ったことに、ここの空気はエースの空気にも似て、あたたかかった。
  そういえば、はるか昔、エースとルフィの兄弟がバラティエに亡命中の頃に、サンジは初めて外の世界への興味を示したのだ。エースの話してくれるフーシャは未熟な若い国で、常に争乱の絶えない土地だった。しかし逆にそれが目をひいたのだろうか、サンジにとって、フーシャは憧れの地となった。
  つい先日、フーシャの大地に立ったサンジは、バラティエとはまた違った風土を目の当たりにした。
  昔、エースから聞いていた憧れのフーシャとは大きくかけ離れていたし、亡命の旅の途中で前知識としてナミやウソップから聞いていたのとも少し、違う。
  それでも、フーシャの賑やかなところは馴染みやすかったし、好ましい。
  いつか、サンジがバラティエに戻った時には、こんな国にしたいと思うようなことがあちこちに溢れている。
  いつか、バラティエに──。
  そう考えて、サンジはふとゾロのことを思い出した。
  いつか自分がバラティエに戻る時には、隣にゾロがいてほしいと思わずにはいられない。
  石牢のように冷たく陰鬱なバラティエを逃げ出したサンジを守りながら、ゾロはここまでの旅を完遂した。そのゾロに、帰路を辿る旅に出る時には一緒に来てほしいと頼むことは、できないだろうか。
  あてがわれた部屋のバルコニーのはるか向こうに見える北の山脈を懐かしそうに眺めながら、サンジはぼんやりとそんなことを考えていた。



  午前中の大半を、サンジはベックマンと一緒に過ごすことが多かった。
  城で待機中のゾロは、たいていは中庭に出て武術指南の助手を務めていた。傭兵としてシャンクスに雇われているゾロは、ここにいる限りは衣食住に困ることはない。それに、フーシャは常に戦いの中にある。衣食住だけでなく仕事に困ることもないとくれば、ゾロのような男が居座るのも当然かもしれない。
  武術指南の手伝いがない時のゾロは、嬉々として城門の外へ飛び出していき、あちらの紛争からこちらの紛争へと、領土内を駆け回っている。たいていはそうやって外に出かけていることのほうが多いかもしれない。
  ゾロと会えない期間のサンジは、何でもした。自分にできることはおおよそ何にでも手を出した。できないことは、ベックマンをはじめとする周囲の人たちの手を借りながら、少しずつ覚えていった。
  いつか、バラティエに帰る日のために。
  その思いだけで、サンジは日々を過ごしている。
  幼い頃にバラティエで過ごしたエースとルフィの兄弟も、今のサンジと同じようなもどかしさを感じていたのだろうか。自分の弱さや小ささに、苛つくことがあったのだろうか。
  一日も早く故国に戻り、今の自分から抜け出したい、変わりたいと思いながら、日々を過ごしていたのだろうか?
  深い溜息をひとつ吐くと、サンジは手元の本に視線を戻した。
  続く戦乱のために、フーシャの城は荒れていた。
  男だけでなく、女性の手も足りなくなっていた。仕事は山とあり、男も女も、年寄りも子どもも関係なく、働くことができる者が働いた。
  午前中は図書室に保管されている数少ない書物の板書や掃除、洗濯をし、午後になると戦場から戻ってくる者たちのために厨房で食事を作る。それがサンジに割り振られた一日の仕事だった。
  少しずつ慣れていけばいいと言われ、板書の手伝いからサンジは始めることにした。
  そのうち、城に出入りする子どもたちに読み書きを教えることもサンジの仕事となった。
  子どもなど苦手だと思っていたサンジだったが、実際に教えだしてみるとそうでもなかった。
  小さな手が、必死になってサンジの教える字をぎこちない手つきで写し取る。この小さな頭で、子どもたちがいったい何を思い、何をしようとしているのかを考える時、サンジの口元は自然と綻んだ。
  こんなにも穏やかな気持ちになることができるのは、やはりここフーシャの空気のおかげかもしれない。
  食事の手伝いも、なかなかに楽しかった。
  バラティエでは、ゼフ王が自ら厨房で料理をすることがあった。それは、サンジが熱を出した時だったり、むくれて手のつけようがないほどに荒れた時であったり、何か特別な時だったりしたのだが、厨房に入るとサンジは、ゼフ王のことを思い出さずにはいられなくなる。
  王は、幼い子どもには高すぎるテーブルの端にちょこんとサンジを座らせると、自らマフィンを作ってくれた。王の作ってくれるあたたかな蜂蜜入りのホットミルクが、サンジはことのほか好きだった。
  そういったことを思い出しながら料理を作るのは、楽しかった。
  きっとこれがホームシックのようものなのだろうと、そんなことをサンジはこっそりと思ったものだ。



  そんな穏やかな日々が何日も続いた後に、伝令が飛び込んできた。
  伝令は、エースが負傷したことを伝えていた。ウソップが一緒だったらしく、簡単な経緯の書かれた書簡がシャンクスの手に届けられたのは夜も更けた頃のことだった。
  ちょうど、ウェストランドからの商人がゼフ王からの手紙を携えてきた日のことだった。
  たまたまサンジは、シャンクスの部屋にいた。バラティエの近況を、シャンクスとベックマンが交互に説明するのに耳を傾けていたところだった。
  詳細が書かれたウソップの書簡は、心配する必要はないと締めくくられていた。何にせよ、明日の朝には城に凱旋するのだから、心配している暇もないはずだ。
  伝令のせいでブツブツと文句を言い始めたシャンクスを尻目に、ベックマンから早く自室に戻るようにと目配せをされ、サンジは慌てて部屋を退室した。
  心配ではあったが、こういう時のウソップの言葉に、嘘はない。書簡と一緒に届けられたサンジ宛の手紙にも、不安になるようなことは何一つ書かれていなかった。
  それでも、怪我をした者の心配をしてはいけないなどと言う者はいないだろう。
  自室に戻る気にもなれずサンジは、ゾロの部屋へと向かった。
  真夜中の城内は薄暗かったが、ボソボソと言葉を交わす声や、廊下を行き交う足音、赤ん坊の泣き声などが聞こえてくる。
  そっとゾロの部屋のドアに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
  滑り込むようにして部屋に入ると、後ろ手に鍵をかけた。
  寝台で大の字になって眠る男の影がぼんやりと見えている。
「なんだ、靴も脱がずに……」
  小さく笑ってサンジは枕元に近づいていく。
  微かないびきの音が聞こえてくる。
「ゾロ……」
  そっと、名前を呼んだ。
「ゾロ、起きろよ」
  声をかけ、男の肩に手をやると、不意にその手を掴まれた。
「何しに来た? 夜這いか?」
  鋭く尋ねられ、サンジは男の唇をやんわりと指で押さえた。
「さっき、伝令が着いたのは知っているか? エースが怪我をしたらしい」
  口に出して告げた途端、サンジの中の不安がふっと表面に浮き上がってきた。書簡の文面からはたいしたことはないということしか窺うことはできなかったが、本当に大丈夫なのだろうか。もしかしてウソップが、あの書簡に嘘を書いているということはないだろうか?
「ああ……どうせ掠り傷だろう」
  そう言ってゾロは、サンジの体を引き寄せた。



  男の裸の胸の中に倒れ込んだサンジは、あたたかな温もりに安堵した。
「本当に?」
  小さな声でサンジが問いかけるのに、ゾロは鼻を鳴らして笑う。
「アイツは、殺しても死ぬようなタマじゃねえだろう」
  そう言われても、サンジには今ひとつピンとこない。
  ゾロの知っているエースと、サンジの知っているエースとでは、どうやら隔たりがあるようだ。
「そんなに心配なら、心配じゃなくなるようにしてやろうか?」
  そう言うとゾロは、ゆっくりとサンジの体に手を這わせた。胴衣の隙間からするりと手を滑り込ませると、白い素肌を撫でさする。
  サンジの体がゾクリと粟立ち、ゾロの筋肉質な体にぎゅっとしがみついた。
「ゃ……」
  首を横に振りながらも、サンジの体はゾロの手を誘っている。すべらかな肌を剣ダコのできた手のひらがなぞると、微かにサンジは震えた。
「嫌じゃないんだろう?」
  尋ねられ、サンジはさらに強い力でゾロにしがみつく。
「嫌じゃねえけど、エースが……」
  言いかけた唇を、唇で塞がれた。
  ざらりとした舌で下唇をつつかれ、サンジはつい口を開けてしまった。すかさずゾロの舌が潜り込んできて、サンジの舌を吸い上げる。
「んっ……」
  抵抗しようと両腕をつっぱねると、肌を這い回っていたゾロの手がきゅっと胸の先の尖りを捻りあげた。
「ん、ん……」
  鼻にかかるサンジの声は、甘えるような響きを含んでいる。
「やめ……ゾ、ロ……」
  微かに身を震わせたサンジは、体の中が疼き始めたのを感じていた。
  疼きは、誰かに抱かれるまでおさまることはない。バラティエの牢獄のような部屋の中で、そういうふうにサンジの体は調教されてしまっていた。
「やめていいのか?」
  からかうようなゾロの言葉に、唇を噛み締めたサンジは、微かに首を横に振った。
  腹の底に、燃えるように熱いものが集まり始めていた。



  悔しくて泣きそうになりながらもサンジは、男の肩口にしがみついていく。
  体のそこかしこが火照っていた。
  完全に薬が抜けきっていない体は、いまだに浅ましく男を求めている。
  こんなふうに抱かれることに慣れてしまった自分は、いったいどうなってしまうのだろうかと思わないこともない。
  バラティエに戻る時には、この熱のような欲望に浮かされることもなくなっているのだろうか?
  おざなりにはだけただけの衣服が体にまとわりついているのが、もどかしくてたまらない。男の唇を激しく求めながら、サンジは着ていたものを覚束ない手つきで脱ぎ捨てていく。
「慌てるな」
  掠れた声が、耳元で囁く。
  鼻を鳴らしてサンジは耳元にかかる吐息をやり過ごすと、男の下唇をやんわりと噛んだ。
「早く……欲しっ……」
  唇の隙間から声が洩れる。
  触れてほしいところはそこではないと、ごつごつとしたゾロの手を取って、下腹部へと導いた。
  もうすぐ、この声も啜り泣きにかわるだろう。
  なかなか与えられない快楽に焦れて、いつも最後は男に泣かされている。
  目の前が真っ白になるまで喘がされ、目眩を感じながらイカされる。気を失うほどの焦れったさが長引けば長引くだけ、サンジの体は熱く燃えた。
  すべて、薬のせいだ。
「早く、ゾロっ──」
  うわごとのように呟くサンジの腰を引き寄せたゾロは、解すこともせず後孔にぐい、とペニスを突き立てた。
「あ、ああっ……」
  ぐい、と反らされた白い肢体から、百合の芯のようなきついにおいが漂ってくる。
「なんだ、もうイッたのか」
  まだ何度も擦っていないサンジの性器がビクビクと震え、先端に白濁した残滓を滲ませていた。放出された精液は、ゾロの腹の上にぶちまけられていた。
「や……まだ……」
  首を大きく左右に振るとサンジは、ゾロの体に乗り上げるようにして四つん這いになった。
「もっと……」
  そう言って、サンジは鼻先をゾロの胸の傷に押しつける。
  黙ったままゾロは、サンジの尻に手を回した。解していない後孔の縁をゆるゆると指でなぞってやると、気持ちがいいのか、艶めかしい動きでいい場所を探そうとする。
「もっと、奥だ……」
  言いながらサンジの尻の筋肉が、きゅっとゾロを締め付けた。
「掻き混ぜて、ぐちゃぐちゃにしてくれ……」



To be continued
(2008.11.12)



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