花を手折る

「まったく、あなたという人は……」
  プリプリと怒りながらもジャーファルは、風呂上がりのシンドバッド王に近付いていく。
「さっさと服を着てください」
  均整の取れた裸体を直視しても揺るがないだけの自信はあるが、慎み深くジャーファルは視線を落としつつも湯から上がったばかりの王の体を亜麻布で手早く拭いていく。日に焼けて赤銅色に近い肌のあちこちに残る小さな傷跡は、彼のこれまでの功績を物語っている。
  いつになく機嫌の悪いジャーファルは王の体から水気を拭き取ってしまうと、手元に用意しておいた着替えのチュニックを手渡そうとする。
「すぐに脱ぐことになるのに、着せるのか?」
  からかうような口調でシンドバッドが尋ねてくる。途端にジャーファルは眉間に皺を寄せた。
「着てください。脱がなくていいですから」
  ムッとしてジャーファルが言い返すと、服を受け取ると見せかけて手首を掴まれた。さらに易々と腕を捻り上げられ、裸の男に背後から抱きしめられる。ジャーファルが手にしていたチュニックがパサリと音を立てて床に落ちる。
「天の邪鬼だな、お前は」
  喉の奥で低く笑うとシンドバッドは、ジャーファルの耳にふぅ、と息を吹きかける。部下であるジャーファルの機嫌が悪いのは、承知の上だ。勝手に別行動を取った挙げ句、深酒が過ぎて居眠りをしている間に身ぐるみ剥がれてしまったのだから。身に着けていた金属器もすべて、だ。そのせいでさっきからジャーファルは、機嫌が悪かった。
「心配していましたと一言口にすればいいものを」
  くくっ、とシンドバッドが笑う。
「……心配していましたよ、私は。マスルールだって口には出しませんが、あなたのことを──」
「わかってるよ、ジャーファル」
  ジャーファルの尻のあたりに股間を押し付けながら、シンドバッドは返した。
「心配で心配で、たまらなかったんだろう?」
  そう言いながら抱きしめる手を微かに動かすシンドバッドは、ジャーファルの肉付きの薄い脇腹や胸のあたりを性的な意味を込めて意地悪くなぞっている。
「あ……当たり前です! 金属器をすべて盗まれて、あんなみっともない格好をして……あなたには一国の王としての自覚が足りなさす、ぎ……っ」
  不意にビクッ、とジャーファルの体が大きく震える。
「んっ……」
  シンドバッドの手が、いつの間にかジャーファルのチュニックの胸元から侵入し、肌の上を這い回っていた。大きな、骨張った手が肌の上を滑ると、それだけでジャーファルの体は甘い疼きを感じてしまう。
  こんなことは、あってはならない。仕えるべき王に触れられるのを期待するなんて、いけない。そう思いながらもジャーファルの腰が、淫らにくねる。背後から股間を押し付けられると、体温が跳ね上がりそうだ。
「悪かったな、心配をかけて」
  耳元で優しく囁かれると、それだけでジャーファルの体から力が抜けていってしまいそうになる。
  怒らなければ。主の不注意を諫めて、二度とこのようなことのないようによくよく注意しなければと思うものの、舌が顎に張り付いてしまったのか、言葉が出てこない。
「心配かけた詫びだ。たっぷり可愛がってやるから、好きなだけ甘えるといい」
  嬉しそうに宣言されてしまえば、否やと口にすることもできない。
  ジャーファルは諦めたように体の力を抜くと、自分を抱きしめてくる男の腕にそっと手を重ねた。



  いつの間にか、ジャーファルの頭を覆っていたカーフィーヤが外されていた。ついでチュニックも剥ぎ取られ、床の上に無造作に落とされる。
  寝室に辿り着くまでに、着ていたものはすべて剥ぎ取られた。
  男の手は横暴で強引で、そして優しかった。
「ずる、い……シン、あなたは……」
  なんて横暴な王なのだろう。この男が自分の主なのだと思うと、ジャーファルの胸はドキドキと、まるで小娘のようにざわめき出す。
「甘えろ、ジャーファル」
  歌うように、うっとりとシンドバッドが告げる。
  手を取り、一人で眠るには広すきるベッドに引き上げられたかと思うと、そのまま押し倒された。火照った背中に、シーツが心地よい。
「俺に縋りついて、甘えて、いい声で啼いてくれ」
  ほっそりとしたジャーファルの肌は、きめが細かく滑らかだ。同じ年頃の男たちからすると少しばかり痩せているかもしれないが、抱き心地がいいのは惚れた欲目だろうか。シンドバッドは目を細めて、青年の肢体をじっくりと眺める。
「……あなた、結構恥ずかしいことを平気で口にするんですね」
  呆れたようにジャーファルは、自分の上にのしかかってくる男の顔を見上げる。
  とは言うものの、この男が好きなのだ、ジャーファルは。こんなふうに恥ずかしいことを平気で口にする、強引な男が好きだ。
  じっと男の顔を見つめていると、唇が下りてきた。
  チュ、と軽やかな音を立てて唇を啄まれる。
「蜜の香りがする」
  言いながら男の唇が、ジャーファルの首筋に押し当てられる。チュ、チュ、と唇がそこここを這い回り、鎖骨の窪みをやんわりと唇が吸い上げる。
「んんっ……!」
  ビクン、とジャーファルの腰が跳ねるのを、シンドバッドは膝でやんわりと押さえ込んでしまう。既に勃起していた二人の性器が時折触れるのがもどかしい。
「あっ、ぁ……」
  ジャーファルが腰を揺らすと、シンドバッドの性器が腹に擦れる。その感触が気持ちよくて、いっそう淫らな気持ちにさせられて、ジャーファルは赤い舌をひらめかせ、見せつけるようにしてペロリと自分の唇を舐めた。
「煽るな」
  困ったように微かな笑みを口元に浮かべると、シンドバッドはジャーファルの白い肌をこね回していく。大きな手がジャーファルの肌の上を滑り、胸の先をつん、と弾いていく。
「はっ……ん」
  シーツをぎゅっと握りしめたジャーファルの目元はほんのりと色づいて、艶めかしい。
「あなたは……アラックのにおいがしてます」
  掠れる声でジャーファルが呟いた。
  夕飯の時にシンドバッドが飲んだ酒は、蒸留酒をリンゴの果汁で割ったものだった。口当たりがいいものだからついつい深酒をしてしまった自覚はシンドバットにもある。別に果汁で割らなくても構わなかったのだが、ジャーファルと一緒にこの芳しい香りを愉しみたいと思ってしまったのだ。
  もっとも、飲んでいるうちにそう思ったことをすっかり忘れてしまい、途中からはいつものように出てくる酒に片っ端から口をつけてしまったのがいけなかった。ジャーファルに酒が過ぎると叱られ、酔いが醒めると追い立てられるようにして風呂に押し込められてしまったのだから。
「酔っぱらいは嫌か?」
  尋ねると、ジャーファルは小さく笑った。
「すぐに深酒をする人が今さら何を言ってるんですか」
  いくら言っても聞きやしないくせにと、ジャーファルは続ける。
  酒が好きで、根っからの風来坊を気取るこの王の側にいれば、退屈とは無縁でいられる。余計なことは何も考えずにいられる。男の逞しい背中に腕を回すとジャーファルは、甘く囁いた。
「……今日だけはあなたに甘えてあげてもいいですよ」
  フン、と鼻先で笑ったジャーファルは目尻をいやらしくすーっと細めた。シンドバッドの官能を揺り動かす、麻薬のように見る者を惹き付ける眼差しだ。
「まったく……」
  年下の男にこんなふうに丸め込まれてしまうなんてとシンドバッドは苦笑した。
  そばかすの散った鼻先に唇を寄せ、ピタリと体を重ねる。
  重いです、と青年が文句を言うのを嬉しく感じ、シンドバッドはさらに体重をかけていく。ぎゅう、と抱きしめると、背中をドン、と拳で叩かれた。その拳すら愛しくて、暴れる体に唇と舌とで触れて回る。唾液でべたべたになるくらい肌を舐め回し、乳首を吸い上げる。クチュッ、と音を立てて吸い上げれば、ジャーファルの白い肢体はこれ以上ないぐらいに反り返り、シンドバッドの背中にもどかしげに爪を立てようとする。
  そばかすのせいで幼く見える顔立ちをちらりと盗み見てからシンドバットは、唇で肌に触れていく。脇の下や腹、臍の窪みも舐め上げて、ゆっくりと下を目指していく。
  緩やかに勃起したジャーファルの性器は、シンドバッドのものと比べるとほっそりとして、色も薄い。滑らかな亀頭を指の腹でグリグリと擦ってやると、腰がビクビクと震えるのが面白い。いつもは口うるさいジャーファルが唇を噛み締め、声を上げるまいとする姿はある種のストイックさとエロチックさを兼ね備えているようにも思える。
「もう、こんなに濡れそぼっているな」
  足を大きく左右に広げさせ、勃ち上がった竿をきつく握りしめて扱いてやると、食いしばった歯の間からくぐもった呻き声が洩れる。色っぽくてたまらない。シーツをぎゅっと握りしめ、顔を背けているが、確かにジャーファルはシンドバッドの手淫に感じている。時折唇の端から洩れる掠れた声は、部屋の中に甘く響いている。
  そこらの娼婦とも、生娘とも違う生々しい男の色気に、シンドバッドは股間が痛いほど張りつめていることに改めて気付かされた。
  自制を促すために溜息をひとつつくとシンドバットは、ゆっくりと手を動かす。ジャーファルの竿がピクピクと震える。先端の鈴口に滲み出た先走りがトロリと竿を伝い落ち、シンドバッドの手を濡らしていく。
  何もかもが淫靡だった。
  部屋の隅に置かれた香炉からゆっくりと立ち上がる煙が甘ったるいにおいを満たしていく。その煙のせいでうっすらと靄がかかったようになったベッドの上で、男であるジャーファルを自分はこれから犯そうとしている。
  別にこれが初めてというわけではない。
  酒に酔った勢いで何度か抱き合ったことがあるし、酔っていない時でも雰囲気に流されてということもあった。ただ、普段は口うるさい部下である男を犯すことに、どこかしら常とは違う空気を感じて、肌がピリピリとしている。緊張しているのか、それともこれから二人で過ごす濃密な時間のことを考えて興奮しているのか、どちらだろうか。
「あ──シ、ン……」
  ヒクッ、と喉を引きつらせて、伏し目がちにジャーファルは主を睨み付ける。
  どこかの部屋からか聞こえてくるガムランの音や、人のざわめきが気になって仕方がないのに、甘くくぐもった香のせいで頭がぼんやりとしている。
「シン……」
  はふ、とジャーファルが息を吐き出すと、シンドバッドはそれを見て微かに笑った。
「どうした、甘えないのか?」
  甘やかすのもたまにはいい。獣のように激しく犯すのもいいが、今はそんな気分ではない。
  たらたらと溢れ出す先走りの雫を指の腹で掬い取るとシンドバッドは、ジャーファルの尻の奥へと指を滑らせた。
  窄まった部分に指を突き立てると、クプリと湿った音がした。
  抵抗らしい抵抗を受けることもなく、シンドバッドの指はジャーファルの中へと埋め込まれていく。
  ジャーファルの窄まりは、節くれ立った男の指に内壁を擦られ、しどけなく解されていった。



(2012.8.30)
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