花を手折る 3

  ジャーファルの中が狭いのはいつものことだ。
  どれだけ丁寧に中を解そうとも、どれだけ執拗に奥を突き上げてシンドバッドの形を馴染ませようとも、次に肌を合わせる時にはまたしても処女のように固く窄んでしまうのだ。とは言うものの、解せば内壁は潜り込んだものを慎ましやかに締め付け、奥へ奥へと飲み込むような淫らな動きをしてもくれる。
  今もそうだ。
  突き立てたシンドバッドの竿を飲み込むようにしてジャーファルの内壁はうねうねと蠢き、奥へ、奥へと誘おうと収縮を繰り返してしている。
「ぁ……く、ぅ……」
  しがみついた男の首筋にかぷりと歯を立てたジャーファルは、もどかしそうに喉の奥で呻く。歯型の残る皮膚を猫のようにペロリと舐め上げると、少しだけ顔の位置をずらして男を見上げた。
「気持ちいいか?」
  わかっていても、シンドバッドは訊かずにいられない。
  喉の下を指でくすぐるようにして掻いてやると、剣呑な眼差しでギロリと睨み付けられる。ジャーファルの目尻はほんのりと朱色に染まっている。
「甘やかしてくれるのではなかったのですか?」
  挑戦的につん、と顎を上げて尋ねてくるものだから、シンドバッドは応戦するようにその顎を鷲掴み、やや乱暴に唇を吸い上げた。
「ん、ふ……」
  唾液ごと舌を強く吸い上げると、淡い甘い花の香りが鼻先を掠めていったような気がしてシンドバットは思わずくちづけを解いていた。ゆっくりと顔を上げ、部屋を見回してみる。
  部屋の隅の香炉から立ち上る煙はむせ返るほど甘ったるく、鼻先を掠めた花の香りにはほど遠い。
「私を前にしてよそ見ですか?」
  頬を両手で挟んだジャーファルが、拗ねたようにシンドバッドの顔を自分のほうへと向き直らせた。
  ジャーファルの怒った顔はなかなかに綺麗だ。シンドバッドは満足そうに目を細めて、もう一度、とばかりにジャーファルのふっくらとした下唇に食らいついていく。
「ん、ぁ……」
  鼻にかかった甘い声をあげながらジャーファルは、腰を揺らした。結合部がグチグチと湿った音を立て、シンドバッドの腹にはジャーファルの固くなった性器が押し付けられている。
「ああ……いいな。締め付け具合がたまらん」
  感極まったようにシンドバッドが唇の隙間から低く呟くと、ジャーファルは思わせぶりに腰をぐるりと回して竿を締め付ける。昼間の清廉さからはほど遠い淫らな様子を知る者は、自分以外に誰もいない。どす黒い優越感にシンドバッドは、口元をわずかに歪めた。
  綺麗なものを汚す瞬間の、仄暗い陶酔感のようなものを、もしかしたらシンドバッドは感じているのかもしれない。
  男にしてはほっそりとしているジャーファルの腰を両手でがしりと鷲掴みにすると、下から激しく突き上げる。何度も、何度も、細くて硬いジャーファルの後孔を貫き、犯した。



「あ…あ……」
  ヒクッ、と喉を鳴らしてジャーファルが大きく息をつく。
  目尻が赤く色付き、瞳は潤んだ翡翠のように妖艶な色を放っている。
「辛いか?」
  声をかけたものの、シンドバッドにはジャーファルを許してやるつもりはこれっぽっちもない。好きなだけ甘えるといいと言った手前、約束は守らなければと思う。たっぷりと甘やかして、泣かせて、善がらせてやりたい。
「ん……もっと……」
  シンドバッドの肩口にしがみついたジャーファルは、掠れた声で囁く。
「もっと、衝いてください」
  甘い声だ。媚びるような甘さはなく、かといって昼間のジャーファルのような事務的な響きでもない、優しい声。
「どんなふうに?」
  わざと焦らすように突き上げを止めてやると、ジャーファルはもどかしげに腰を揺らした。駄々をこねる子どものように、さらに強い力でシンドバッドにしがみつき、恥ずかしげもなく腹に性器を擦り付けたりしてくる。
「奥……いちばん奥を、シン、あなたので衝いてください」
「それだけか?」
  ん? と潤んだ目を覗き込むと、憎たらしそうに睨み返された。
「早く、シン……」
  震える唇が、カプリとシンドバッドの唇に噛み付いてくる。
  唇の隙間から舌を差込み、きつく吸い上げてやる。時折洩れる、鼻にかかった甘い声が、シンドバッドに続きをねだっているように聞こえないでもない。
  唇を離す寸前、クチュ、と湿った音がした。
  追いかけるようにジャーファルの舌が突き出され、シンドバッドの下唇をペロリと舐める。
「中に……欲し……」
「何が欲しい?」
  わざとらしく尋ね返すのに、涙目になりながらもジャーファルははっきりと告げた。
「熱いの……シン、あなたの精液が…中に、欲し、ぃ……」
  シンドバッドの腹になすりつけられるジャーファルのペニスが、ヒクヒクと震えている。先端からはトロトロと先走りが溢れ出し、そのせいで淫らな湿った音がシンドバッドの腹のあたりから聞こえてきている。
  可愛いと思った。
  いい年の大人の男を相手にと思わずにいられないが、それでもこんなふうに素直なジャーファルを、シンドバッドは可愛いと思うのだ。
「そうか。では、中にたっぷり注いでやる」
  鷹揚に、シンドバッドは返した。



  ジャーファルの白い太股を押し上げ、ベッドに仰向けに押し倒すと大きく足を開かせる。
  今しがたまでシンドバッドの性器を受け入れていた後孔がふるりとヒクつき、熱い塊を欲している。中の襞がめくれ返って鮮やかな緋色がのぞいているのを目にして、シンドバッドは口の端をつりあげて微かに笑った。
「シン……シンドバッド、早く……!」
  腰を捩り、ジャーファルが訴えてくる。
  ヒクつく窄まりを指の腹で確かめてから、シンドバッドは一気に後孔を貫いた。
  女のものではない、狭くてきつい筒のような器官を、自らからのもので拓き、やや強引に鰓の張った部分を押し込んでいく。
「く、ぅ……」
  体の下で、ジャーファルが微かに呻く。
  痛みよりも快感の勝る恍惚とした表情で声を押し殺す様に、ひどく隠微なものを感じる。
「気持ちいいか?」
  脇腹に手を這わせ、肌をなぞりながら声をかけると、ジャーファルはうっすらと目を開けた。
「気持ちい……に、決まってる……」
  はあっ、と息をつき、ジャーファルはシンドバッドにしがみつく。ピタリと重なった体の奥で、互いの鼓動がまるで共鳴しているようだ。
  くちづけを交わし、唾液を交換しあうと下腹部の熱がいっそう高まっていく。
「……動いて、ください」
  ジャーファルの足が、シンドバッドの腰にしっかりと絡みつく。
  ゆっくりとシンドバッドが腰を揺らすと、きゅうぅ、とジャーファルの後孔が締まった。
  二度、三度と抜き差しをして、ジャーファルの様子を確かめてからシンドバッドは、大きく腰を打ちつけ始めた。
  ズルズルと竿を引きずり出すと、ジャーファルが全身でしがみついてくる。そのタイミングを読んで中を擦り上げると、内壁がぜん動しながら竿を締め付ける。気持ちいい。シンドバッドは荒い息を吐き出し、また腰を動かす。
「あっ……ああぁ……」
  甘えたようにしがみつくジャーファルの爪が、シンドバッドの二の腕をガリ、と引っ掻く。その甘い痛みに、シンドバッドは浮かべていた口元の笑みを大きくする。その瞬間、花の香りがふわりとまた、シンドバッドの鼻先を掠めていく。
「……甘い、な。ジャーファル、お前のにおいだな」
  ポツリと呟いたシンドバッドは、得心したようにジャーファルの首筋に鼻を押し付けた。全身から匂い立つのは、淡い花の香りだ。さきほどから香っていたのはこの匂い……もしかしたらジャーファルの匂いだったのかもしれない。
  鼻先を押し付けたままシンドバッドは、ゆっくりと舌でジャーファルの肌を舐めた。時折、チュ、チュ、と音を立てながら首筋から鎖骨のあたり、それから肩口や脇のあたりをゆっくりと唇で触れながらさまよった。その間に、腰の動きはゆるゆるとしたものへと変わっていく。
「や……ぁ……」
  うわずった声をジャーファルが上げると、そのたびに腰を強く揺らし、奥の深いところを突き上げてやる。互いの体が密着して、腹の間に挟まれたジャーファルのペニスがヒクヒクと脈打っているのまで感じられる。
  甘くて、可愛くて、たまらない。
  シンドバッドは喉の奥で低く笑うと、今度こそ本気でジャーファルの最奥を目指して腰を打ちつけ始めた。



  痺れるような快感が、ジャーファルの体を支配している。
  頭の先からつま先まで、シンドバッドの動きに支配されているような感じだ。
「あ……あ、あ、ぁ……」
  必死になってシンドバッドという名の現実にしがみついているというのに、気が付けば快楽の海に溺れてしまいそうで、怖くてたまらない。いつもいつも、そうだ。男の愛撫に翻弄されて、我に返ると何もかもわからなくなっている。ただ男の動きに合わせて腰を揺らし、女のように嬌声をあげることしかできない。
  自分も同じ男なのに、それが少しだけジャーファルは悔しくてならない。
「シン……シン、早く!」
  程よく筋肉のついた背中に手を回して、爪を立ててしがみつく。
  両の太股で男の腰を挟み込み、尻の筋肉に力を入れると後ろがキュウキュウと締まるのが自分でも感じられる。
  シンドバッドの突き上げが激しさを増し、結合部からは湿った淫猥なグチュグチュという音が大きく響いてくる。
  ジャーファルの頭の中は真っ白になりかけていた。
  何も、考えられない。
  ただ快楽だけを追いかけて、シンドバッドにつがりつくばかりだ。
「っ……も、イく……」
  しがみついたまま、精一杯舌を伸ばして、男の唇を求める。
  唇が合わされ、深く舌を絡めあう。クチュリと音を立てて男のざらついた舌を吸い上げると、口の中に唾液が溢れた。ジャーファルのものと、シンドバッドのものと。
「……ん……ふ」
  喉を鳴らして唾液を嚥下すると、もっと、と男を求める。口の端から飲みきれなかった唾液が溢れるのも構わずに、上体をわずかに起こし、唇を寄せようとする。
  自分を見下ろす男の目が、優しく笑っていた。
「こうまでお前に求められると、男冥利に尽きるな」
  その瞬間ジャーファルは、男のペニスがぐん、と嵩を増したのを感じた。膨張して、ジャーファルの中をさらに圧迫する。
「ひっ、ぁ……!」
  背を大きく逸らし、快感に耐えようとする。シンドバットの背に回した指が、爪を立てて何度も男の肌を引っ掻く。
「あ、あ……」
  腹の間がなまあたたかい感触に包まれ、いつの間にかジャーファルは達していた。ヌルヌルとした感触と共に、花のような、アラックのような不思議な香りが立ち上ってくる。
「……ぁ…シン」
  掠れた声で名前を呼ぶ。
  グチュ、グチュ、と湿った音が次第に大きくなっていく。シンドバッドの動きが激しくなるに連れ、ジャーファルの締めつけもいっそう強くなっていく。
「イッて……シン、あなたもイッてください!」
  うわごとのようにジャーファルが懇願する。
「くっ……」
  眉間に皺を寄せて、シンドバッドが低く呻く。
  と、同時にジャーファルは、体の中に男の精液が放たれるのを感じていた。
「シンドバッド……」
  愛しい男の名前を呼ぶと、ぎゅうぎゅうとその体を抱きしめる。
  今だけは、この男は自分のものなのだと思える。男の耳元にくちづけ、汗のにおいを鼻腔いっぱいに嗅ぎ取る。
「……あまり心配をかけさせないでください、我が王よ」
  わかった──と。
  ジャーファルの愛しい王は、そう嬉しそうに返したのだった。



(2012.11.26)
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