ツイで仲良くしてもらってる、さやぐさん元ネタのじじたぬです。
  先にラストが思い浮かんだのですが、繋げるのが大変でした。次は何も考えずに書こうと思いました。


いつか二人で盃を・1

  正直なところ、仲間が何を騒いでいるのか、三日月宗近にはよくわからなかった。
  戦に出ていた第二部隊が戻ってきたと思ったら、本丸はあっという間に慌しさに包まれた。
  留守を預かっていた短刀たちが駆け回り、手拭いやらさらしをかき集めて手入れ部屋へと向かうのが不思議で、宗近はいつもののんびりとした足取りで同じように長い廊下を渡って手入れ部屋へと向かった。
  戻ってきた部隊の誰かが怪我をしたのだろうが、本丸がここまで騒がしくなったことはこれまで一度としてないように思う。よほど酷い傷を負ったのだろう。
「騒がしいな。何かあったのか?」
  廊下の端から顔を覗かせて尋ねると、すぐ近くにいた秋田藤四郎が今にも泣き出しそうな顔でこちらを振り返った。
「同田貫さんが……」
  告げる端から目のふちに大きな涙の粒がぷっくりとこみあげてくる。
「……折れちゃったんだ」
  放心したように、掠れた声で加州清光が呟いた。
「アイツ……部隊の中でいちばん弱いくせに、敵の前に飛び出していったんだよ」
  連れて行った三頭ののうち二頭の馬を駆って同田貫をこの本丸に連れ帰ったのは、加州と秋田藤四郎の二人だった。残りの者は、徒歩で後から戻ってくるはずだ。
  途中でさらに敵に追い討ちをかけられ、本丸に戻ってきた時には同田貫の呼吸は止まっていた。
  審神者が手入れ部屋に同田貫を運んだものの、その頃には同田貫は人の姿ではなく、刀の姿に戻っていた。その間にも折れた刀身からはほろほろと刃の欠片が零れ落ちていたらしい。廊下を見ると、ところどころ白く光っているように見える。
「まさか……たぬが?」
  そんなことがあるはずがないと、宗近は笑い飛ばした。
  自らの手で審神者の鍛刀を手伝った日のことが宗近の頭の中に蘇ってくる。
  あの日、普段は滅多なことでは手伝わない鍛刀を、宗近が率先して手伝ったのは何かの予感があったのかもしれない。三日月宗近の気紛れはその名の通り月のように気紛れだが、この本丸に数々の刀剣男士を招致していた。
  その中でも同田貫は、いちばん最後にやってきた刀剣男士だった。
  日に焼けた浅黒い肌に、体のあちこちに残る無数の傷跡が喋りかけるのを躊躇わせることもあったが、なかなかに気のいい男だった。最初の頃は怖々接していた短刀たちともあっという間に打ち解けて、戦に出るようになった。
  誉を取った日は一日中嬉しそうに頬を緩めていたし、ちょっとしたことで子どものように嬉しがってた。
  宗近が名を呼ぶと、弾かれたように顔を上げて、それから少しはにかむような笑みを浮かべてやってきたものだ。
「たぬが折れるはずがないだろう。もうすぐ特もついて、俺と一緒に戦に出る約束をしていたのだぞ」
  約束をしていたのだ。特がついたら一緒に長篠の戦いに出陣しよう、と。
  同田貫が約束を破るような男ではないことは、鍛刀をした宗近自身がいちばんよく知っている。
「でも……!」
  拳を握りしめた加州が押し殺した声で何か言いかけたが、不意に口を噤んだ。
  手入れ部屋の障子が静かに開き、中から審神者が出てきたからだ。
  近侍の歌仙兼定も一緒だ。
「主!」
  加州が声をかけると、短刀たちもわらわらと審神者のそばへと集まっていく。
「皆、下がるんだ。主は疲れておいでだ」
  いつになく厳しい歌仙の声色に、集まった一同は、不安そうな表情をしている。
「同田貫は……もう、僕たちと一緒に戦うことができなくなった」
  歌仙が重苦しい口調で告げた。
  皆が口々に思い思いの声を上げる中、審神者はぽそりと「すまないね」と呟いて、自分の部屋へと引き上げていく。手入れ部屋で力を使い果たしたのだろう、覚束ない足取りで肩をがっくりと落としたその姿が、同田貫とはもう会えないことを物語っているかのようだ。
「……そんな!」
  乱藤四郎が小さく声を上げる。
「せっかく仲間になったのに、僕も残念だ……」
  掠れた声でそう言うと歌仙は、ちらりと手入れ部屋を振り返る。
「なんで? 手入れ部屋では駄目だったの?」
  乱が尋ねるのに、歌仙は微かに頷いた。
「ここへ到着した時に既に折れてしまっていたからね、彼は。うちの本丸には馬だって三頭しかいないし、お守りを持たせるだけの余裕もない。折れてしまったら、おしまいなんだ」
  言いながら歌仙は目元をそっと拭う。
「部隊の残りの者たちが戻ってきたら、せめて立派な葬式を出してやろう」
  肩を落とした歌仙の言葉は、宗近には奇妙な響きの音にしか聞こえなかった。



  悲しそうな顔をした者たちが手入れ部屋から四方八方へと蜘蛛の子を散らしたように離れていく。
  宗近は、そっと手入れ部屋の中を覗いてみた。
  誰もいなくなった部屋の中の真ん中には、折れた刀がぽつんと取り残されている。
  同田貫だ。
「──…たぬ」
  静かに宗近は声をかけた。
  部屋に入ると、表から入り込む陽射しの向きがわずかに変化し、刀身に光を投げかけた。
  きらきらと刀身が光を放ち、まるで宗近に話しかけてきているようだ。
「なんだ、たぬ。お前はちゃんとここにいたのではないか」
  ふふっ、と小さく笑うと宗近は、折れた刀を愛しそうに抱き上げた。
「たぬ、戦はどうだった? 誉は取れたか?」
  優しく尋ねかけながら、宗近は自分の部屋へと足を向ける。
  腕の中の同田貫は、鍛刀されたばかりの頃のように軽く、小さかった。
  だが、確かに同田貫は自分の腕の中にいる。そんな確信を宗近は得ることができた。
「怪我をしたと聞いたが、大事はないか?」
  加州も秋田もついていたのになと、宗近は忌々しそうに呟く。
  本丸の中で最も錬度の低い同田貫を連れて行くのに、加州と秋田は適任だと思ってた。それがこのざまだ。次の戦には俺もついて行くからなと囁きかけると、折れた刀がまたきらりと光りを放つ。
  同田貫が喋らないのは、傷を負ったからだと宗近は思い込んでいる。
  いつもの同田貫なら、うるさいほどに宗近に喋りかけてきてくれただろう。だが、今はきまりが悪いのだろう。特をつけて帰ってくるぞと大きな顔をして出かけていったはいいが、これでは合わせる顔がないとでも思っているのだろう。
「手入れ部屋であらかた治っただろうから、後はこのじじいの部屋でゆっくり傷を癒すがいい。なに、心配はいらん、すぐによくなる」
  うん、うん、と一人で頷きながら宗近は、自分の部屋の刀掛けに錦の布を敷き、その上に折れた刀をそっと乗せた。
「そうさ、すぐによくなる。そうしたら、祝言を挙げよう」
  言いながら宗近は、懐から小さな袋を取り出した。
「ほら、お前の好きな金平糖だ、たぬ。今日の戦の労いだぞ」
  宗近は袋の口を開けると、折れた刀身へと金平糖をぽろぽろと零した。ひとつ、ふたつ、みっつ……桃、黄、白、緑と色とりどりの金平糖が、錦の布の上に零れ落ちる。
「さあ、どうした。そう遠慮せずに」
  たぬ、と宗近は囁いた。
「それとも麩饅頭のほうがいいか? 最中もあるぞ?」
  そそくそと菓子を用意しながら宗近は、折れた刀へと目をやった。
「たぬ……俺の、たぬき。こっちを向いて、何か喋ってくれないか? 何か、一言でも……」
  声を聞かせてくれとねだりながら宗近は刀掛けのほうへと向き直る。すると、またしても刀がきらりと光りを放った。
「ああ……そうか、たぬ。やはりそうだったか。誉を取れず、怪我を負ったことがそんなにも恥ずかしかったのか。だが、心配するでない。この次は俺が一緒に戦に出よう。誉など、いくらでも取らせてやる。すぐに特だってつくようになるさ」
  そうすれば、宗近と同じ第一部隊で一緒に戦うことができる。そのうち、遠征に出ることだってできるようになるだろう。
「すぐだからな、たぬ。お前の怪我など、すぐに治してやる」
  そう言うと宗近は、手元の湯呑みを引き寄せた。冷え切った茶が中には少しばかり残っていたが、それで唇を湿らせる。
「そうだ、祝言の時に着る着物を用意せねばならんな。お前は白無垢がいいか?」
  頭の中で宗近は、同田貫に似合いそうな花嫁衣裳をざっと考えてみる。艶やかな柄の引き振袖もいいが、白無垢姿も見てみたい。万屋で取り寄せてもらおうか、それとも一から仕立ててもらおうかと、あれこれ考えてみる。
  さぞかし口の悪いやんちゃな花嫁になることだろうと思うと、つい頬が緩んでくる。
「まあ、いい。それはまた明日にでも考えようか」
  楽しそうに宗近は、同田貫へと声をかけた。
  重傷だったとはいうものの、同田貫はこうして自分と一緒にいてくれる。今はまだ拗ねてるから言葉をかけてくれることはないが、それでも、嫌がることなく宗近の部屋でこうしておとなしく言葉を聞いてくれることが嬉しかった。
「可愛いたぬ、今夜は俺と同衾するか?」
  祝言はまだだが、それでもこんなふうに二人は気持ちを交わしあっているのだ。
  後先が逆になったとしても、誰も文句を言う者はいないだろう。
「それともやはり、祝言を先に挙げたいか?」
  お前の望み通りにしてやろう、と宗近は刀をまじまじと見据えた。
「お前は、どうしたい?」
  手を伸ばして、宗近は折れた刀身に指先を滑らす。
「祝言を挙げて、今夜、俺のものになるか?」
  神妙な顔をして宗近が尋ねると、折れた刃先がきらりと煌めいたように思えた。



(2015.6.6)


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