愛がなきゃ!2


  衝動的に部屋を飛び出したものの、同田貫に行く先はない。
  あてもなくふらふらと商店街をうろついた。
  パチンコ屋で一時間ほどスロットゲームに興じた後に、ファストフードで腹を満たした。鶴丸にあんなことをされたから結局食べそびれてしまったいたが、部屋に戻った時には朝食を食べるつりだった。今月の出費が嵩むのは、鶴丸のせいだ。男だか女だか知らないが、ラブホ代わりに人の部屋に次から次へと連れ込んで、まったく腹立たしい。
  いっそ追い出してやろうかとも思うのだが、惚れた弱みからか、「出ていけ」の一言を口にすることができない。
  なんて厄介なヤツを好きになってしまったのだろう。
  はあぁ、と溜息をつくと同田貫は、大学の構内に足を踏み入れた。
  今日は一日、部屋でゴロゴロしているつもりだった。行く当てがなくてここへ来てしまっただけだ。研究室には近付く気もなかったから、適当に面白そうな講義を選んで出席することにした。教授の話をぼんやりと聞き流しながら、同田貫はその日の午前中を過ごした。
  午後からはバイトだ。
  時々、短期で入れている土方のバイトは割がよかった。
  作業現場のオヤジたちは勤労学生の同田貫を可愛がってくれるし、給料日には飯屋で奢ってもらうこともあった。
  口は悪いし手は早いしですぐに喧嘩をおっ始める荒っぽい連中だったが、同田貫は彼らのことを嫌いになれないでいた。過干渉もなく、適度に距離を取ってくれるこのオヤジたちと一緒にいるのは、同田貫には苦ではなかった。最初から相手が年上だとわかっているから、たとえ子ども扱いされたとしても嫌な気はしない。
  カラーコーンを抱えた同田貫は、指示されたエリアに等間隔にコーンを並べていく。
  バイトの最中は無心になれる。仕事のことだけを考えて、鶴丸のことなど忘れてしまえる。だからいつもよりもいっそう熱心に同田黄は作業に当たった。
「兄ちゃん、精が出るな」
  あんまり真面目すぎるのも疲れるだろうと、誰かが言った。
「いやぁ、そんなことないっスよ」
  ニッと笑って返しながらも同田貫は、気が緩むとついつい鶴丸のことを考えそうになる自分を叱咤する。
  日が暮れて、体がヘトヘトなった頃になってようやくバイトの時間が終わった。



  部屋に戻ると、中は朝と同じ状態のままだった。
  部屋の隅に追いやられた布団と、使用済みコンドームやティッシュのはみ出たごみ箱、それにひっくり返ったちゃぶ台が、目の前にはあった。
  鶴丸だけがいなかった。
  きっと遊びに出かけたのだろう。   泊まるところがなけば、そのうち帰ってくるはずだ。
  うんざりとしながら部屋を手早く片付ける。明日は生ごみの日だったはずだから、ごみ箱のゴミも手早くまとめて玄関のたたきの隅に置いておく。
  レンジの中も鍋の中も、何もなかった。残っていた料理は鶴丸が食べたのだろう。
  仕方なく同田貫は、カップ麺を夕飯代わりに食べることにした。朝のパチンコ屋の景品だ。
  割り箸の一方を歯で噛んでぱきりと箸を割ると、「いただきます」と手を合わせてからカップ麺をすすった。
  あまり美味くないのは、一人だからだろうか。
  味気なく、寒々しい空気が部屋には漂ってた。
  鶴丸がいないと寂しいと思うように、自分はなってしまっていた。鶴丸もそうだったのだろうか? 自分が大学の研究室に泊まる夜は、寂しかったのだろうか?
「……まさか、な」
  呟いて、同田貫は苦笑する。
  あの男が寂しいはずがない。何人もの取り巻きを引き連れて、いつも楽しそうに笑っているあの男が、寂しいわけがない。そんなのは、同田貫の勝手な思い込みに過ぎない。
  カップ麺一個では物足りなかったが、今から何か作るのも面倒だったので、同田貫はシャワーを使った。さっと汗を流して、部屋に戻る。こんな日はさっさと寝てしまうに限る。
  パジャマがわりのジャージを着て、布団を敷く段になってふと同田貫は気付いた。この布団で鶴丸は、自分の知らない不特定多数の男や女と寝ていたのだ。ここは自分の部屋だというのに、ここで鶴丸はセックスをした。
  そう考えると、不意に怒りのようなものが込み上げてきた。
  胃がムカムカして、とにかく腹が立って仕方がない。
  と、同時に腰のあたりが熱くなってきた。腹の底がむずむずとして、ふと見ると勃起しているのか、股間が膨らんでいた。
「なっ……」
  眉間に皺を寄せながらも同田貫は、畳の上に胡坐をかいて座る。
  鶴丸がいないから悪いのだ。アイツがいないせいだ。そう口の中で何度も言い訳がましく呟いて、下着の中に手を差し込む。
  直にペニスに触れると、待ち構えていたかのようにビクン、と竿が震える。
「っ……」
  片手で下着ごとジャージのウェストのゴムを引っ張りながら、もう一方の手で竿を扱いた。
  目を閉じると、瞼の裏に何故だか鶴丸の顔が浮かんでくる。
  こんなのは違う、間違っていると思いながらも同田貫は手を動かし続ける。
  竿を上下に扱くだけの単調な動きだが、それでもそこそこの快感を得ることはできる。
  適度に気持ちよくて、腹の底に溜まった熱を吐き出すことができさえすればそれで充分だ。
  鶴丸のようにいろんな男や女を摘まみ食いして、ただ気持ちいいことだけを追求するような、そんな軽薄なことをする必要はない。
「あ、ぁ……」
  クチュ、と湿った音が下着の中から聞こえてくる。
  先走りを亀頭になすりつけ、カリの裏を擦る。先端の小さな孔からぷつ、と先走りが滲み出てくる。それを指で掬ってまた亀頭に擦り付ける。
  青臭いにおいが鼻先を掠めていく。
  前傾した背中が少し痛い。背を丸めて、何度も竿を扱き上げているうちに、頭の中でガンガンと耳鳴りのような音がしだす。目の前が暗くなったり白くなったりして、鼓動が激しくなってくる。
「ん……くっ、ぅ……」
  ブルッと体が震えた。
  もう少しでイケる。後、少しで……。
  そう思った瞬間、ドアの外で足音がした。カチャ、と鍵の回る音がして、ドアが開く。どうやら鶴丸が帰ってきたらしい。
  それでも同田貫の手は止まらなかった。今はもう、精を吐き出すことしか同田貫の頭にはなかった。
  鶴丸が帰ってきて、同田貫のあられもない姿をじっと観察しているということも気にならないぐらい自分の快感を忠実に追いかけるばかりだった。
「う……」
  グチュ、グチュ、と湿った音がする。先端から溢れる先走りはたらたらと竿を伝い、同田貫の陰毛をしっとりと濡らしている。
「あ……あぁ……」
  はっ、はっ、と息を荒げながら同田貫は、すぐ目の前に立ち尽くす男の影にようやく気付いた。



  顔を上げ、同田貫は影の主へと視線を移した。
  ぼんやりとした虚ろな眼差しに正気が戻ってきたのか、数秒で同田貫は鶴丸の姿を認識した。
「なかなか可愛らしい声を出すんだな」
  言いながら鶴丸は、同田貫の唇をペロリと舐める。
「おまっ……」
  我に返った同田貫が尻だけで後ろへずり下がろうとするのを、鶴間は素早く唇を合わせて引き留めた。
「んっ、んー……」
  鶴丸の唇が同田貫の唇を塞いだかと思うと、ほっそりとした白く長い指が股間の高ぶりをやんわりと握り締めてくる。ぐい、と竿を握られて、同田貫は喉を鳴らした。
「んぁ……っ、やめっ……」
  逃げられないのは、竿を鶴丸に握られているからだ。下手に抵抗をすると、鶴丸は竿を握る手に力を加えてくる。確信犯だなと同田貫は思う。こいつは、こういう男だったのだ。綺麗な顔をしたただ優しいだけの男かと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
  息継ぎの合間に、同田貫は何とかして竿を握る鶴丸の手を外そうとした。
  だが、無理だった。
  ほっそりとした華奢な見かけによらず、鶴丸はなかなか力が強かった。
「ほら、もっといい声で啼いてみせろよ、同田貫」
  低い声で耳元で囁かれ、それだけで同田貫の竿がびくびくと震えた。
「も、触ん、な……」
  唸るように歯の間から言葉を絞り出す。精一杯の虚勢を張って鶴丸を睨み付けると、逆に鼻で笑われた。
「触ったら、どうなるんだ?」
  鶴丸は手を大きく動かした。竿を握る手が激しく上下して、同田貫の下腹の奥のほうがムズムズとした熱でいっぱいになった。
「あ、ふ……ぅ……」
  片手で口元を抑え、もう片方の手で同田貫は鶴丸の手を掴んだ。
  これ以上触られたら、本当にみっともないことになってしまうだろう。
  先端の小さな孔からはだらだらと先走りが滴り、鶴丸の手を濡らしていく。トロリと零れた滴を、鶴丸はなんとも嬉しそうな顔をして竿に塗りこめていく。
「やめっ……」
  胡坐をかいたままの足の付け根に力を入れる。膝をもぞもぞと動かして鶴丸の手淫から逃れようとするが、どうにもままならない。
  ゾクゾクとした感触が背筋を駆け抜け、足先まで痺れが走ったと思ったら、あっという間に追い上げられて同田貫は精を吐き出していた。
  膝が跳ねて畳にぶつかると同時に、ほんのりとあたたかい白濁が鶴丸の顔に飛び散った。
  青臭いザーメンのにおいと、自分一人の乱れた呼吸に、同田貫はいたたまれない気持ちになっていく。
「……驚いた」
  ぽそりと一言、顔に精液をつけたままの鶴丸が放心したように呟いた。



(2015.3.15)


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