VS乙女心 1

  クリスマスにハルのほうから熱烈な告白を受けて流されるようにつき合いを始めてしまった綱吉だったが、後悔はしていない。
  毎日のように下校時間に待ち合わせて、商店街のパーラーでデートをするのにも慣れてきた。
  ただ、いまだに女の子のことがよくわからなくて困っている。
「……でね、……それで……ツナさん? ツナさんってば、ハルの話、聞いてますか?」
  今日もそうだ。
  少し強い語調でハルに尋ねられたものの、ぼんやりとしていた綱吉には、ハルが何を喋っていたのかこれっぽっちも見当がつかない。
「ええと……あの……」
  どう返そうかと口ごもっていると、「もうっ!」とハルは頬を膨らませる。
「ひどいです、ツナさん。来週のことなのに……」
  目をウルウルさせながら怒るハルは、可愛い。怒っている本人にこんなことを言ったりしたら余計に怒りそうだから口にすることはないけれど、最近、こんなふうに何気ない拍子にハルのことを可愛いと思う瞬間が増えたような気がする。
「ごっ……ごめん」
  ただ、こんな時にどう返せばいいのかが、綱吉にはわからない。
  夕べもリボーンやビアンキに、自分の女心に対する鈍感さを散々指摘されたばかりだというのが辛いところだ。
「それで……あの、来週のこと、って……?」
  恐る恐る綱吉が尋ねると、ハルは唇を尖らせた。
「バレンタインです! せっかく張り切ってチョコレートを作ろうと思っていたのに……」
  やっぱり、怒っている顔も可愛い。目尻に溜まり始めた涙が、キラキラと光って見える。
「ああ……バレンタインか。その日は前日から母さんたちがいないから、オレはチョコよりお弁当のほうがいいな」
  言ってもいいものかどうか迷いながら綱吉は、ポソリと呟いた。
  商店街のくじ引きで温泉旅行を引き当てた母は、バレンタインの前日からビアンキとチビたちを引き連れて、一泊二日の温泉旅行に出かけることになっている。作り置きがあるから食事時にレンジで温めればいいのだが、さすがにお弁当はコンビニで買ってねと言われてしまった。その分の小遣いは渡されているから別に問題はないのだが、日頃から母の手料理を食べ慣れた綱吉にしてみれば、コンビニ弁当はあまり好んで食べたいものではない。
「はひ……お弁当ですか?」
  小首を傾げ、きょとんとした表情のハルもなかなか可愛く見える。くりくりとした瞳は表情豊かで、怒ったり笑ったり、まるで子猫のように忙しい。
「……うん」
  頷いて、ハルの目を覗き込む。
  チョコはチョコで欲しいのが正直なところだが、お弁当と両方欲しいと告げるのは欲張りだろうか?
  不安に思いながらもハルを見つめていると、彼女は少し考えてから口を開いた。
「わかりました。それならハルが、ツナさんのためにお弁当を作ってあげます」
  任せてください、とドン、と胸を叩いたハルは自信満々に微笑んだ。
「ツナさんの好きなものをたっぷり詰め込みますね」
  そう言ったハルのポニーテールが、ピョン、と跳ねる。襟足からちらりとのぞく首の細さに綱吉は、ドギマギしながら頷き返した。
「うん。楽しみにしてる」



  バレンタイン当日の朝は、いつになく慌ただしかった。
  いつもは家にいる母やリボーン、ビアンキにチビたちがいないものだから、うっかり寝坊をしてしまったのだ。
  着替えもそこそこにトーストを囓りながら家を飛び出すと、通学路途上のいつもの場所でハルが待ってくれていた。
「グッモーニンです、ツナさん」
  重箱を手にしたハルが笑いかけてくる。
  ポニーテールを結わえるリボンは制服のリボンと同色で、いつもよりちょっとだけ大人びた雰囲気がしないでもない。
「おはよう、ハル」
  遅刻間際で気忙しく声をかけると、風呂敷に包んだ重箱をぐい、と押しつけられる。
「約束のお弁当です、ツナさん。あと……これ、チョコレートです。バレンタインだから……」
  照れ臭そうに頬をほんのりと染めながらハルが告げるのを見ているうちに、どうしてだか綱吉も気恥ずかしくなってくる。頬が熱い。
「あ……うん。わざわざありがとう、ハル」
  素直に感謝の気持ちを伝えると、ハルは大きく微笑んでからクルリと身を翻した。
「じゃあ、行ってらっしゃいです、ツナさん!」
  見ているこちらが恥ずかしく思えるほど大げさに手を振るとハルは、自分の学校へと向かって駆けだしていく。綱吉は、翻ったスカートの裾がひらひらとハルの足にまとわりつくのをしばらく眺めていた。
  出だしは順調だと思った。
  放課後はいつものように二人で待ち合わせて帰るから、その時に改めてお弁当とチョコのお礼を言えばいいだろう。
  重くなった荷物を提げ直すと綱吉は、自らもまた、学校へと向かって走り出した。



  お弁当はおいしくいただいた。三段重ねの重箱を渡されてあまりにも多かったから、山本や獄寺にもお裾分けをして三人で平らげた。チョコに関しては、帰宅してからゆっくり食べようと思い、まだ手をつけていない。それに、いくら仲がいいとは言え、山本や獄寺に知られるのはどことなく恥ずかしかった。もっともハルのほうは、そういった羞恥心とは無縁なのか、それとも周囲の視線など気にならないのか、すぐに綱吉にベタベタと懐いてくるのだが。
  空になった重箱を手に提げた綱吉は学校を後にすると、いつもの場所へと足早に急ぐ。ハルが待ってくれているのではないかと思うと、それだけで歩くスピードは速くなる。
  会えば照れ臭いしすぐに喧嘩になることもあるのだが、それでも、彼女に会いたい。
  顔を見たらまずは「ありがとう」と「ごちそうさま」を言おうと綱吉は思う。
  知らす知らずのうちに駆け足になるのは、気持ちが逸っているからだ。
  歩いて、歩いて、早歩きをして。待ち合わせの場所が見えてくると、ハルが神妙な顔をして綱吉を待っている姿が見えた。
「ハル!」
  声をかけた綱吉は、とうとう抑えきれなくなって走り出してしまう。
  手に提げた重箱が邪魔だったが、そんなことを気にしているような余裕はない。
「あっ、お帰りなさいです、ツナさん」
  嬉しそうにハルも、声をかけてくれる。
  駆け寄って綱吉は、ハルの髪にそっと触れた。
「今日はお弁当ありがとう、ハル。ごちそうさま」
  そう言ってハルの額に掠めるようなキスをする。
「あわわっ……!」
  驚いて後退ろうとするハルの腰に軽く腕を回すと綱吉は、ほのかに甘い香りのする彼女の耳元に囁きかけた。
「美味しかったよ」



(2014.2.19)
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