久しぶりの恋人との逢瀬に、綱吉の気持ちはウキウキしていた。
まるで子どもみたいだなと思わずにはいられなかったが、それでも仕方がない。本当にハルと顔を合わすのは久しぶりのことなのだ。
フルフェイスのヘルメットを手に、自宅マンションの地下の駐車場へと向かう。
ハルは嫌がるだろうか、予告もなしにいきなりデートに誘ったりしたら。
駐車場の一角に停車させておいたナナハンに跨ると、エンジンを吹かす。腹の底に響くような重低音が心地良い。
仕事先までバイクで迎えに行くのはアウトだろうか? 怒られるだろうか?
少し気になりながらも綱吉は、駐車場をバイクで飛び出した。
学生の頃は二人でよくデートをした。
大人になってからは互いに少し距離を取るようになっていったが、そもそも綱吉がボンゴレファミリーの十代目だというところに問題があった。
好きな人を危険に巻き込みたくないという杞憂が、自然とハルから距離を取らせるようになっていった。
いつもいつも自分がハルを助けられるとは限らないし、もしかしたら望むと望まざるに関わらず、事件に巻き込まれてしまうこともあるかもしれない。そうなったら後悔しきれないと思い、綱吉のほうから距離を取ったはずだが、いつの間にかハルとの距離はまた、近づいていた。
今のこの距離感は、心地良い。
互いの時間が合えばデートをして、時間がなければ電話をして、気持ちを繋げる。
こんなに気持ちが満たされているのは、いったいいつ以来だろう。
見知った街をバイクで駆け抜け、ハルの職場近くに到着する。
退社の時間には少し早いが、もうしばらくしたらハルはこの近くを通るだろう。彼女が職場と家との行き来にこの道を使うことは、綱吉も知っていた。
ハルを待つ時間さえも、楽しくてならない。
彼女は今日は、どんな格好をしているのだろう。少し前にプレゼントしたルージュは、使ってくれているだろうか。
そんなことを考えながら、恋人を待つ。
横断歩道の向こう側に、最近の彼女にしては珍しくポニーテールにしたパンツスーツ姿のハルが、颯爽と歩いてくる姿が見える。
軽く手を振ってみせると、すぐにハルも気がついたようだ。
小走りに横断歩道を渡りきると、綱吉のほうへと駆け寄ってくる。
「ツナさん、どうしたんですか?」
髪を結わえているリボンは、昔、綱吉がプレゼントした縁飾りにレースのついた薔薇色のリボンだ。リボンに合わせたのか、唇は淡いピンク色をしている。
「あー……ええと、その……時間が空いたから、食事でもどうかなと思って」
予備のヘルメットを出してハルに差し出す。
「今から、いい?」
綱吉が尋ねると、ハルは躊躇う様子もなく、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、乗って」
綱吉の言葉に従い、ハルはタンデムシートに跨ったすぐに。ハルの腕が綱吉の腰に回される。
背中に当たるのは、ハルの胸だ。回された腕がぎゅっと体を抱きしめてくるのを感じて、綱吉の体温が急上昇する。
こんなに密着したら、離れられなくなりそうだ。
「どこがいい?」
「竹寿司でなければ、どこでもいいです」
言いながらハルはますます強い力で綱吉にしがみついてくる。
今、自分が考えていることと同じことをハルが考えてくれていればいいのにと綱吉は思う。あまりロマンチックなデートはしたことはなかったが、たまにはドラマのようなデートをしてみたい気分の時もある。
「この間、草壁さんが教えてくれたお店があるから、そこに行こうか」
仕事の関係で、草壁に教えてもらった店だ。雲雀のお気に入りの店でもあると聞いた。落ち着いた雰囲気の店で、空きがあれば個室に案内してもらうこともできる。本当は二人きりで食事ができればどこでもいいのだが、ちょっと見栄を張ってみたい時もある。
「じゃあ、そこにしましょう!」
ハルの返事で綱吉は、ハンドルを件の店へと切った。
綱吉にしては珍しく、背伸びをしてみた。
大人びた雰囲気の料亭にハルをエスコートして、二人で食事をした。
淡いピンクのリップが自分の名前を呼ぶたびに、綱吉はくすぐったいような気分になる。 いつもは可愛く見えるハルが、店の雰囲気に染められてか、大人の女性に見える。ちょっとした仕草や、食べ物を租借する口元がどこかしらエロチックだ。箸を持つ指先までもが、色気づいて見える。
「お料理、とってもおいしいですね」
いつになくしおらしい様子でハルが告げる。
「うん。ここの料理はおいしいよね」
だけどいちばんおいしいのは、やっぱり恋人の手料理だ。
「……この後、時間ある?」
さらりと尋ねると、ハルは頬を赤く染めて俯きがちに頷いた。
耳たぶから首のあたりまでがパッと鮮やかな緋色に染まり、影になった頬から顎にかけてのラインがとても綺麗に見える。
中学時代から恋人のつき合いをしてきた。くっついたり、離れたりの期間はあったものの、体の関係ももちろんあった。
「じゃあ、お酒は飲まないほうがいいか」
冗談めかして綱吉が言うのに、ハルはますます顔を赤くした。
来た時と同じようにバイクに跨り、綱吉の家へと向かう。
今は親元を離れた綱吉は、駅近くのマンションで一人暮らしをしている。
男の一人暮らしなんてあまり人に見せられたものではないけれど、やはり恋人に訪ねてきてもらうのは嬉しい。それに、その後のなにがしかの期待もある。
ハンドルを握りながらも綱吉は、胸の鼓動がドキドキしてくるのを感じている。
ハルと恋人同士の夜を過ごすのは、久しぶりだ。
無意識なのか、わざとなのか、背中に押しつけてくる胸は、行きよりも密着度が高いような気がする。
いくつかの信号を過ぎて、曲がり角をやり過ごし、マンションに着く。
そのまま地下の駐車場に入ると、エレベータで部屋のある階まで直行だ。
「ツナさん、今日はいつもより格好いいです」
ポソリとハルが呟く。
「え?」
不意打ちだろ、と綱吉は胸の内で思う。
エレベータのドアが閉まると同時にハルの肩をぐい、と引き寄せ、少し乱暴に唇を奪う。クチュ、と音を立てて舌で唇をなぞると、甘いような苦いようなルージュの味がする。
「ん……ふ」
舌先で唇を割って歯列をつつくと、すぐにハルは口を開き、綱吉の舌を口の中へと招き入れてくれる。
肩口にしがみついたハルの手に、ぎゅっと力が込められた。
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