意地悪しないで1

「はひ……もう少し大きくなりませんかねえ」
  はあ、と深いため息をひとつつくと、ハルは鏡の前で項垂れる。
  バスタオルを体に巻きつけたハルの体はほっそりとしている。スポーツが好きだから多少の筋肉はついているものの、なかなかのプロポーションだと自分では思っている。
  しかし、気になる部分があるのもまた事実だった。
  体に巻いたバスタオルの裾をちらりと外せば、隠していたハルの胸が鏡の中に現れる。
  そんなに小さくはないはずの胸だが、やはり恋人に見られた時のことを考えると、それなりのサイズを求めてしまう。
  ふっくらとして、それでいて張りがあって、乳首はツンと上を向いていて、両手で包み込んだときに見映えのする形がいいと思う。
  恋人との体の関係はこれまでにも何度かあるが、明るいところでの行為を避けるのは、胸の形や大きさに、今ひとつ自信を持つことができないでいるからだ。
「このままじゃ、おつきあいを続けることができなくなってしまいます」
  肩を落として呟くハルの意識の隅っこで、玄関のドアが開閉する音が聞こえてくる。
  行かなければ。帰宅した恋人を出迎えなければと思うものの、足がすくんで動くことができない。
  明るい場所での自分の裸に自信が持てないということは、だ。もしかしたら一生、明かりの下や昼間には、恋人とくっついたり、イチャイチャしたりすることができないということかもしれない。
「そうだ、下着をつけたままとか……あとあと、水着姿ならいいんですよ!」
  力強く拳を握りしめたハルが、自分自身に言い放ったところで、バスルームのドアがバタン、と開いた。
「ハル? 何やってるんだ?」
  裸のままで鏡に向かって握り拳を振り上げるハルの姿に、綱吉は怪訝そうな表情を浮かべている。
「はひっ……ツツツツ、ツナさんっ?」
  驚いて後退った拍子に、ハルの体に巻きついていたバスタオルがはらりと落ちていく。
  上擦った声のハルは、自分の両手で慌てて胸を隠した。
「みっ、見ないでください!」
  しゃがみこみ、バスタオルを掴もうとするも、綱吉の手がさっとバスタオルを取り上げてしまう。
「ねえ、ハル。何やってるんだよ?」
  裸なのに、とハルは唇を尖らせた。
「バスタオル、返してください」
  片手で胸を隠しながら、もう片方の手を綱吉のほうに突き出し、バスタオルを要求する。
  少し考えてから綱吉は、ハルの手を取り、立ち上がらせた。
「鏡、見てたんだ?」
  ハルの肩口を両手でがっしりと固定すると、鏡のほうへと向き直らせる。
  スーツ姿の綱吉と、裸のハルが鏡の中にいた。



  見ないでくださいと、ハルはそう小さな声で囁いた。
  恥ずかしくてたまらない。
  自分の胸はそんなに小さいとは思わないが、もしかしたら男の人からすると貧弱に見えてしまうかもしれない。
「……恥ずかしいです」
  今すぐ消えてしまいたいと、ハルは思った。
  綱吉の大きな手が、ハルの肩口を優しくなぞっていく。
「オレ、ハルの裸ちゃんと見るの、初めてかもしれない」
  低い声がハルの耳元に囁きかける。
  二の腕を伝い下りた綱吉の手は、胸を隠そうとするハルの腕をゆっくりとなぞっていく。
「……ゃ」
  掠れた声を上げると、手首を取られた。
「胸、ちゃんと見せて」
  小さな抵抗を示したものの、男の綱吉の力に叶うわけもない。
  やんわりと腕を引かれて、鏡の中のハルは胸から手を離してしまう。
「あ……」
  かあっ、とハルの頬が赤く染まっていく。恥ずかしくて見ていられない。
「顔上げて、ハル。ちゃんとハルのこと、見たいんだ」
  言いながら綱吉は、ハルの髪や耳たぶ、肩口に唇を優しく押しつけてくる。
「ここで……シたい」
  だめ? と鏡越しに眼差しで尋ねられ、ハルは微かな喘ぎを洩らした。
「でも……」
  ダメです、とは言えなかった。綱吉の、茶色がかった瞳に見つめられると、それだけで拒むことが躊躇われる。鏡の中のハルは裸のまま、困ったように黙りこくってしまう。
「ハルの裸、こんなふうに明るい場所で見たかったんだ」
  嬉しそうに呟く綱吉の表情は無邪気で、純粋で……こんな綱吉を見ていると、何もかも委ねたくなる。
「でも、たいていの男の人は大きい胸が好きじゃないですか」
  どうしても口調が拗ねたようになってしまうのは、ハル自身が自分の胸の大きさに自信がないからだ。
「そんなことないって」
  そう言うと綱吉は、ハルの乳房を自分の手で包み込む、右と、左と。大きな手が下から乳房を持ち上げ、そっと包み込んだ。
「っ……」
  あたたかくて、大きな手だった。
  てのひらで乳首を転がしたかと思うと、指の腹できゅっとつまみ、扱いてくる。
「ダメです、ツナさん」
  いたずらな綱吉の手を、ハルは押さえようとした。重なった手の下で、綱吉の手がもぞもぞと蠢いている。
「こんなに硬くなってきてるのに?」
  きゅうっ、と乳首をつのみあげられ、ハルは思わず声をあげた。痛みの奥から痺れるような快感がこみ上げてきて、ハルの背筋を走り抜けていく。
「それに……」
  おもむろに綱吉は、ハルの胸からするりと片手を離した。みぞおちから腹を指で伝い下り、三角形の濃い繁みの中に指を差し込んだ。
「ここ、もう濡れてきてるよ」
  クチュ、と微かな湿った音がした。
「やっ……!」
  綱吉の指が、ハルの下肢に触れている。繁みの奥のぽってりとした肉を掻き分けてくる。そうして、さらにその奥、太股の間にある蜜壷を指の腹でなぞられると、それだけでハルの体は歓喜に震えた。



「ダメです……」
  涙声でハルは訴えた。
  こんな明るい場所で綱吉に抱かれるのは、恥ずかしい。
「本当に?」
  綱吉の指が動き、またしてもクチュリと湿った音がする。
「こんなにしてるのに、嫌なはずないだろう?」
  そう言いながら綱吉は、ハルの片足をとらえて洗面台に膝を上げさせた。露わになった股の間が、綱吉からは丸見えだ。
「やっ、ダメ……ツナさん、恥ずかしいって言ってるじゃないですか。お願いですからやめてください!」
  いつものように食ってかかろうとしたものの、掠れた声しか出なかった。恥ずかしいのと、それからこれからする行為に対する期待と、複雑な気持ちが入り混じって、ハルの頭の中は真っ白になりそうだ。
「ほら、こんなに濡れて……さっきからヒクヒクしてるのに」
  前屈みの姿勢で洗面台にしがみつくと、鏡の中でハルの胸がたぷん、と揺れた。
「胸、そんなに小さくないと思うけど?」
  どうやら綱吉は、ハルのちっぽけな悩みなどお見通しだったらしい。愛しげにハルの胸を片手で包み込み、やわやわと揉みこんでくる。尻のあたりに当たっているのは、綱吉の高ぶりだろうか。布越しの感触が、もどかしく感じられる。
「ヤダ……」
  目尻にじんわりと涙が浮かんでくる。
  無理強いされるのは好きではない。大好きな人だからこそ、ハルの気持ちを優先してほしいと思うのに、どうして今日はこんなふうに強引なのだろうか。
「こんなに綺麗な体なのに、なんで恥ずかしいんだよ」
  そろり、と綱吉の指がハルの蜜壷を掻き混ぜた。チュク、チュク、と湿った音を立てている。奥のほうから愛液が溢れてきて、綱吉の指を濡らし、ハルの太股を伝い下りていく。
「あ、あ……」
  恥ずかしいのに、もっと触れてほしいと思ってしまう。
  無意識のうちにハルの腰が揺れて、中を掻き混ぜる綱吉の指を締めつけようとする。もっと奥を触ってほしい。もっと大きくて、熱いものでぐちゃぐちゃに掻き混ぜてほしい──
「ツナさん……ツナさんの、ください……」
  恥ずかしさよりも、快感を求める気持ちのほうが正直だった。
  ハルの唇の端からたらりと涎が零れた。



(2014.3.30)
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